第五羽②
〈隠れ郷〉と称されるだけあって、そこにあった家屋は一軒ではなかった。
忘れ去られたかのように朽ち果てた家が、大木の影から出現し、中には当たり前のように人が住んでいた。
そしてそんな家が、一軒、二軒と何戸も見つかった。洞窟の中にも住んでいる人が居て、アルスたちは随分と戸惑うのだった。
「さすがは隠れ郷だな……。居住性よりかは隠密性を重視しているのかもしれない」
「一体、何から隠れてんだ……?」
「……そもそもこんな辺鄙なところで隠れる意味なんてあるんでしょうか……?」
「まるで……何かを恐れているかのようですわ」
話し合う四人だったが、相変わらずキャシーはというと、聞き流しているだけで会話には参加してこない。
時折、ふーん……とか相槌を打つくらいだ。
「それに守秘義務も徹底されてるようですしね……。詮索しないからか、誰も他の住人のことを詳しく知らないみたいですし……」
「ですが、賢者様なのでしょう? それでしたら、一番賢そうな方を探せば、辿り着けそうではありませんか?」
「……他に案もないし、ロサーナの案で行くとしよう。それでいいな、皆?」
キャシーを含む全員が頷いたので、一行の行動はすぐに決まった。
聞き込みを始めると、住人たちはこぞって一つの家を指し示した。なんでも、少し頭のおかしな若者が住んでいるという。その若者は未来や真実を見通す魔法の眼を宿しているかのように、物事をぴたりと言い当てることがあるというのだ。
賢者がいるとすれば、この男が一番それに近いだろう。
そうして、賢者と思しき男の住む家を特定することに成功したのだった。
生唾を飲み下し、アルスは扉を叩く。
開かれた扉からは、金色の髪をグシャグシャに伸ばし散らした汚らしい男が顔を覗かせていた。
「遠路はるばるご苦労様。……せっかくだし、お茶でも飲むかい……?」
蚊の鳴くような掠れた声で、男はそう問い掛けてきた。
ぞろぞろと小屋に入ったアルス一行は、案内されたテーブルに腰を落ち着ける。
座席はちょうど五人分。他の部屋から椅子を持ってきた男がそのままそこに座った。
「お茶は何がいいかな。リーティス茶なんかお勧めだけど」
「……ノースフィーレンはございます?」
「随分とお高いものをご所望だねぇ。……あるけど。皆それで構わないかな」
「……何でも構わない」
「そっか……。了解了解」
再び立ち上がった男はふんふん……と鼻歌を響かせながら茶を注いでいる。
手際に関しては、随分と手慣れているように思う。
来客が多いとは考えにくいのだが……。
「……よし、できた。……さて。答えは決まっているけれど、一応話は聞かせて貰うよ。……わざわざこんな辺鄙なところへやって来たんだ。ただの観光じゃあないんだろ……?」
「そこまで分かっているなら話が早い。貴方を賢者と見込んだうえで頼みがある。僕らは魔王を打倒したいんだ。だが、今はまだ戦力も情報も足りない。だから貴方の知恵をお借りしたい」
頭を下げたアルスを見つめたまま、男はノースフィーレン茶を注いだカップをゆっくりと飲み干した。
アルスたち一行は固唾を呑んでその光景を見守るしかない。
コト……、とカップを置くと、男は口を開いた。
「……さて、まずは誤解がないように、自己紹介からしておこうか。君たちの名前はさっき聞いた通りだね。アルス、ジェラルド、ロサーナ、アシュレイ、キャシー……だったね。僕の名前はルキウス。ご存じの通り、賢者の知識を受け継ぐ者だ。僕は師匠から知識を授かり、それを正しく受け継いでいくことを誓っている。僕はそれに抗わないし、抗えない。僕ら賢者はそういう生き物であって、それでしかない。それ以上の働きはできないし、応えられない。まずはそこを把握しておいて欲しい。……というのが前振りだ」
そこまで一気に喋ると、ルキウスは再びカップにお茶を注いだ。カップから豊満な湯気と芳香が漂い始める。
「まずは、魔王……とやらの話から聞こうか。僕はこんなところに住んでいるものでね、いかんせん、世事に疎いんだ。少し伺ってもいいかな」
「ああ、もちろんだ」
アルスは、知る限りの情報を渡した。……と言っても、その情報量は多いとは言えない。アルスも現場に赴いて情報を手に入れたわけではないからだ。あくまで聞き及んだだけの知識でしかない。
ルキウスは質問を挟んだりせず、しきりに頷きながらその話を聞いていた。
一通り語り終えると、ルキウスは一つ溜息をついた。それは諦めたようにもうんざりしたようにも感じられるものだ。
「……聞く限りだと、頭が良いのか悪いのか、良く分からないね。ただ破壊活動を行うのが目的だったらもっと効率的な方法があるはずだし、かといって無駄な破壊がないなんてこともない。……はっきり言って情報不足だねぇ。これだけじゃあ何とも言えないよ」
「共に来てもらうことはできないだろうか。そのほうが情報も得やすいだろうし、すぐに行動にも移せるのだが……」
それは正しい判断だったはずだ。アルスの意見は的を射ている。だが、不幸なことにルキウスは、ただ利口なだけの賢者ではなかった。
「……え、イヤだよ。メンドクサイし。僕は知識を受け継いで、その知識から正しく判断することが使命なわけだけど。それは別に、世界を救うことが使命だとか、そんな話をしているわけじゃないんだよ? むしろ僕はそんな大それたことはしたくないんだ。人間、中庸が一番だからね。特別になんてなりたくないのさ。それとも特別な勇者様には理解できない感情だったかな?」
「な……ッ!? 国が一つ滅んでいるんだぞ! このまま放っておけばどれだけの犠牲者が出ることか分からないんだ!」
「相手が本当に馬鹿でなければ、経済を破綻させるような大打撃は行わないはずだよ。それで世界が滅ぶことはない。そこまでは断言できることだよ。まぁ、魔族との割合は変わるだろうし、人間族そのものに対する打撃という意味なら少なからず有り得るだろうけど、まぁそれも些細な話さ。そしてもし仮にそういった経済的な打撃すら考え及ばないような相手なら、経済戦に持ち込めば勝機はいくらでもあるだろう? 内政の得意なヤツらを集めればことはすぐに解決する。いずれにせよ、僕の出る幕はないよ」
その言葉に、勇者は憤りを隠せなかった。
ドン、とテーブルを叩いて、感情のままに立ち上がる。
「貴方はこのまま座して見ていろと言うのか! 多くの人が死に、皆が悲しみに打ちひしがれているというのに……。僕はそんなもの、耐えられない!」
「……ふ~ん。……まぁ、蛮勇も勇気には違いないか……。なるほど、君の思いは伝わったよ。だから落ち着いて」
促されるままに、アルスは席に着いた。ただし、少しだけ気まずそうに咳払いをしながら。
「……ただ、情報が少ないというのは間違いのないことだ。だから君には情報収集をお願いしたい。僕は訳あってここを動くわけにはいかないからね。そうだ、これを持っていって欲しい」
そう言って差し出されたのは、ガラス玉のような透明な玉だった。
「それが僕の目となり耳となる。必要があればこちらから連絡を入れるから、君たちはそのまま旅を続けて欲しい。ああ、行き先か……。そうだね……、まずは魔王がいるという国の近くまで行ってもらえるかな。そこの話が聞いてみたい」
そうして、勇者たちと言葉を交わしたあと、賢者は窓から去って行く彼らを見送っていた。
「ようやく帰ったか……。まったく、面倒なことだよ」
そのままベッドに横になり、布団を被る。
「さて、体良く追い返せたことだし、昼寝の続きと洒落込もうかな」
大事そうにガラス玉をしまった勇者たちは、賢者の放つそんな言葉を聞いているわけもなかったのだった。
賢者について聞きたいんだよな。
「ふむ。それは構わんが、具体的に何を訊きたいのだ?」
そもそも賢者が何なのか、いまいち分かってないというか。
なんだろ、いわゆる名家ってやつなのかな。
「……だいぶざっくりした表現だが、まぁ間違いではないだろう。かつて魔王と戦い、封印を果たした者たちを三者と呼んでいるのだが、それが勇者と王者と賢者。そしてその仲間たちというわけだ」
なるほど。じゃあ勇者も賢者も、あと王者とか言われてるやつも全員が、その伝説の人物の子孫ってわけか。
「そういうことになるな。そしてそれに仕える者たちもいるのだが、まぁそれは今回は置いておこう」
んで、魔王を倒すにはその賢者の知識が必要だと、そういうことか。
「うむ。なにせ相手は強大だ。いくら勇者といえど容易に相手できる相手ではないということだ。あのただでさえ強い勇者がそういうのだから、よっぽどだろう」
その勇者とやらを見たことないから、俺にはなんとも言えないけども。
それで世界が窮地に陥っていると、そういうわけね。
(……なぁ菊花。間違いなく俺がこの世界に来た理由って、その魔王のことだよな)
(ええ、間違いないかと)
「む? どうしたのだ? 耳打ちなんかして……。そんなに魔王が恐ろしいのか? なに、案ずることはない。あの勇者に任せておけば全てが解決する。なにせ今までずっと、そうだったからな。どんな強大な敵も勇者の剣は防げない。そういうものなのだ! ハッハッハ……!!」
(……それで解決できるなら、俺はこの世界に来る必要はなかったってことだよな。……つまりは……)
(……解決しない可能性が高いからツバサ様がこの世界に呼ばれたんだと思います。〈翼龍〉はみだりに世界を亘れませんから)
……はぁ。とりあえず勇者の善戦を祈るとしよう。どうにかしてくれる可能性だってゼロではないはずだしな。
(限りなく可能性は低いですけどね……)




