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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第五羽【隠遁賢者】①

 賢いヤツと聞いて、どんな人物を思い浮かべるだろうか。

 俺なら、最初に思いつくのは、いわゆるインテリ系と呼ばれるヤツらだ。

 プライドが高く、自尊心が高く、それゆえに柔軟な思考に欠けた、つまりは頭でっかちなヤツら。

 自分の賢さに自信があるものだから、その物差しを通してしか物事の判断ができない。

 それゆえに、どこか高慢で傲慢だ。他者を見下す傾向が強い。

 中には、自分と同じビジョンを持った人物としか会話をしたがらないようなヤツらだっている。まったく、どんだけ人を見下してるんだって話だ。

 あげく、その価値観を否定されると逆ギレするか。シカトするかの二択。まったくもって度し難い。……なんか思い出すだけで腹立ってくるな。記憶はないけれど、どこからかそんな思いだけは想起される。……いっそそれくらいは無くなってくれていてもよかったんだけどな。


 次に思いつくのは、俺にとって本当に賢いと思える人間だ。

 誰かのために良いことをするのではなく、自分のために良いことをするのだと、そういう主張をする人がいる。

 それは、右のほっぺたをぶたれたら左のほっぺたを差し出す……みたいな献身的思考ではなくて。どちらかといえば確率論に近い考え方だったように思う。

 つまりは、誰かを救えば、その人から何かお返しをもらえることだってあるよね、って話だ。誰かがいればそこには需要と供給が存在している。需要と供給があるってことはそこにはお金の遣り取りが生じているということ。

 平たく言えば、儲けるチャンスだってあるって話だ。

 だったら、人助けはその可能性を水増しする行為。いわば投資だ。与えることで種を蒔いているわけだ。そして種を蒔けば蒔くほど、収穫の確立は増える。結果、自らの資産も増える。……という打算に満ちた優しさ。自分本位な救済。

 ……俺は結構それを有りだと考えている。

 だって、思いはどうあれ、それで救われる人は意外とたくさんいる。些細なことで、誰かは意外と救われるものだ。そんな些細の繰り返しで、自分すら豊かになれるのなら、それはとても素敵なことなんじゃないかと思う。

 ……まぁ、それを実践するのはなかなか難しいんだけどな。可能な限りはそれに近づきたいもんだ。


 ……さて。

 俺の思い描く賢者像と、実在する賢者様とではどのような差異があるのか。

 俺は少しだけ期待していた。

 ……期待してしまっていたんだ、愚かながら。


――


 ツバサ一行が、賢者の住む郷――通称〈砂礫の忘れ郷〉を目指し旅立とうとしていた頃。

 同じく勇者一行もその道の途上にいた。


 八本の節足を持つ巨大なクモが奇声を上げながら猛然と奔り出した。

 その疾走の先には、一人の少年がいる。

 少年は目尻に涙を浮かべながら手足を震わせている。

 視線はその巨大な相手を睨み付けてはいるものの、心に色濃く映った恐怖心は隠しおおせるようなものではなかった。

 巨大な脚を大きく広げ、威嚇するようにして、クモはその身体を持ち上げた。――誰もが想像するように、その二秒後には叩き落とされた前脚に潰されて、少年は絶命するのだと、少年自身でさえそう考えていた。

 しかし、実際にはそうならなかった。


「レイ坊には、まだ早過ぎたんじゃねーのッ!?」


 撥ね飛ばされた前脚。それが目の前の男の持つ大剣によって切り落とされたのだと、少年が気づくには若干の時間が必要だった。


「……そう言うものではありませんわ、ジェラルドさん。アシュレイくんはしっかり役目を果たしてくれています」


 大剣の男とは反対側から現れたのは短剣を持った美女だった。

 スリットの大きく入ったカクテルドレスからは褐色の肌が露出している。

 彼女が放ったと思われる風魔法がクモの巨体に無数の傷をつけている。


「ロサーナ姐さんは甘過ぎじゃねー?」


 男は、大剣を肩当ての上に乗せるとわざとらしく顔をしかめている。

 と、そこへ体勢を立て直したクモが再び跳躍をしようと身体を折りたたみ――。


「……ジェラルド、迂闊すぎ。……さっさと死んで」


 その巨体を再び跳躍させることもなく、クモは大きくのけぞった。

 マントと帽子に身を包んだ少女が、その身に似合わぬ大弓を構えて、立っていた。

 放たれた矢が、クモの胴体を捉えていたのだ。


「……おいおい。今の「死んで」はクモのこと? それとも俺のこと?」

「もちろん両方」

「かー! まったく、相変わらずキャシーちゃんは辛辣過ぎねー?」

「……無駄話は、戦いを終わらせてからだ」


 会話に割り込んだのは、また別の人物だ。

 舞い降りると同時に一太刀でクモを切り伏せる。そしてクモはそのまま霧となって消滅した。

 空高くから太陽を背に降り立ったのは、まだ年若い青年。年は二十に届くかどうか、といったところ。

 しかし、鎧は使い込まれていて、その立ち姿には一分の隙もない。勇敢な戦士がそこにいた。

 いや――、戦士というのは少し語弊があるだろうか。なぜなら、彼こそが勇者と名高い一族の末裔――。

 勇者アルスその人なのだから。


 草原は徐々に枯れ始め、丸裸の大地が一面に広がっている。

 よく見れば、一部には草木が残ってはいるようだが、随分と寒々しい光景が続いている。


 荒野を進むのは勇者たち五人組。

 先頭を行くのは大剣士、ジェラルド。どこかふてぶてしい様子を隠しきれない男で、実際の性格も見た目通り粗暴だ。しかし、情に篤く義理堅い性格のため、友好関係は存外に広い。

 その隣にはジェラルドにちょっかいを出されている少年、アシュレイ。彼はこの中では参謀役を担っていて、戦闘では主に術による援護を担当している。

 その脇を歩いているのは妙齢の美女、ロサーナ。褐色の肌と抜群のプロポーションを誇る術士で、短剣の心得もある。このメンバーの中で唯一最近加入した人物でもある。

 その後ろには大弓使いのキャシー。口数は少なく、開けば飛び出すのは毒舌という、対人関係においてはこれ以上ない不器用さを誇る。だが、その腕前は非常に高く、幼い頃より勇者と親交があったこともあり、今ではパーティの一員として活躍している。

 そして、しんがりを歩く青年こそが勇者、アルス。圧倒的な剣術と魔術、そしてその人当たりの良さから王国からの信頼も厚い。しかし、少々真面目すぎる所為か、はたまた鈍い所為か、華やかな噂は立つことがない。

 一行は穏やかなムードのまま、先へと進む。


「……にしても、なっさけねーザマだったなぁ、レイ坊。もっと男らしくしゃんとしろってんだよ!」

「僕はこれでいいんですよ! ジェラルドさんみたく脳筋体質にはなりたくないですから」

「……ほっほー! いいのかよ? ぼそり……(キャシーちゃんにいいとこ見せなくていいのかよ?)」

「なッ……なな、(……何を言っているんですか? ここで彼女の話は関係ないでしょう。今は僕の話をしていたのでしょう?)」

「いやぁ~、べっつに~。ただ、あんな情けない姿晒して、嫌われてないといいけどなぁ~」

「む、むぐぐぅ~」


 言いくるめられ、顔を赤く染めるアシュレイだったが、ちらりと視線を動かして様子を探っていた。

 その視線の先には、弓使いキャシーがそっぽを向いている。……聞かれてはいないらしかった。

 ほっと息を吐いたアシュレイに、ジェラルドが意地の悪いニヤケ顔を見せる。


「なぁなぁ、キャシーちゃんよー。さっきのレイ坊の情けない顔ったらなかったぜ。ほんっと笑えたよなぁ?」

「……気安く話し掛けないで煩い。……あと、死んで」

「辛辣に過ぎるッ! っべーわ! マジ、っべーわキャシーちゃん!」


 キャシーの眉間に皺が寄るのが見えたのでアシュレイは一歩離れた。……同時にロサーナ、アルスも離れていた。残されたのはジェラルドだけだ。

 ジェラルドが躊躇なく脚を踏み出した。それは油断しきった、隙だらけの所作だった。

 そこへ。キャシーの連撃が繰り出される。

 まず、その足を踏みつけ、すかさずもう片方の足で蹴り上げ、膝がジェラルドの煩い顎に炸裂する。そこから首へ足を引っかけて押し倒す。

 地面へ倒れたジェラルドの眉間には突きつけられた暗器の針があった。


「……さっさと死んで」

「……すみませんでした」


 一行はそんな殺陣が行われようとも、さほど気に掛けた様子はない。

 何故なら、ここまでは割といつも通りのやりとりだからだ。

 一段落の気配を感じたのか、アルスがそこでキャシーの肩を叩いた。


「さぁ、もういいだろう。賢者の住む家はこの辺りだろう。手分けして探すぞ」

「……分かった」

「……了解。……ちったぁ心配してくれてもいいんじゃねーのかよ、アルスぅ~?」

「自業自得だろ、バカ」

「……ちぇ」

今回みたいに視点変更あるとあとがき欄でのフリートークも限界が出てくるな。


「『あとがきらん』? ……というのはよく分からないが、勇者一行の話ならできるぞ。この私に任せてくれ!」


さすが除け者にされた騎士様だな。酷い仕打ちにあってもめげないところ、尊敬に値するな。


「うぅ……、傷口に塩を塗りたくられた気分だが、ええい、気になんてしていないさ! さぁ、存分に訊け!」


じゃあまず勇者から聞こうか。


「一言で言うならば、そうだな。完全無欠、といったところか」


完全無欠で仲間外れをするのか。とんだクソ野郎だな。


「な、何を言うか! きっと勇者のことだ。何らかの思惑があってだな……」


思惑があろうがなかろうが、お前を傷つけたんだろ。

その時点でクソ野郎だ。議論の余地もない。


「うっ……! 不敬だと、止めねばならぬ立場なのだがな……。だが、何故だ。そんなふうに言われるとなんだか……、胸がドキドキしてしまうのだ……」


なんでか知らないが、勝手にフラグが達成されてる気がするな。

ひょっとして俺ってば、アリシアルート入っちゃったかしら。


「ルート……?」


いや、なんでもない。

菊花が聞き耳立てないうちに、この話はやめておくとしよう。


「キッカ殿がどうかしたのか? キッカ殿ならさっきから物陰の向こうで聞き耳を立てているようだが……」


なん……だと……?

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