第一羽②
「どこから説明しましょうか……」
少女、……いや訂正。『美少女』が思案顔でそう言った。
「簡単に言うなら、私たちは世界を救うのを生業としていて、前回の世界を救った後、こちらの世界へ転移してきました。ですが、ツバサ様はその時多くの力を消費していたので、意識を失っていたんです。そして、起きたら……。……こうなっていました」
随分と簡単に説明してくれたお陰で、詳細はさっぱりと掴めないけど、この世界へは来たばっかりで、来た瞬間俺は意識を失い、そのまま記憶まで失ったらしい。なんということだ。勇者よ、記憶を失ってしまうとは情けない。……いや、無茶言うな。
さすがに小一時間美少女に慰められたお陰で気持ちは大分落ち着いたけれど――落ち着き過ぎなきらいもあるけれど――、ともかく俺は正常な思考能力を取り戻していた。
「あなたの名前はツバサと言います。厳密に言うならば翼龍と呼ばれる龍の一体で、神に等しい力を与えられています。その力を用いて数多ある小世界の歴史を修正し、あるべき状態へ戻すのが私たちの仕事でした。ですが、今の状態でそれを続けるのは困難でしょうね。今はじっくりと休んで、記憶の回復に努めましょう」
美少女はそう言うと、俺を労るような笑みを浮かべた。
俺はというと、正直困惑していた。
いや、だっていきなり翼龍だぜ? ツバサ様だぜ? 名前はあんまり中二臭くないし、それはまぁ良いんだけど……。世界を救うのが生業って……、何処のゲームの主人公だよ。そんな仕事があってたまるか。……とまぁそれはともかくだ。
どうしてこうなったのか。これからどうなるのか。
この疑問が思考の中核になってくる。
どうしてかは分からない。この子にも分かっていないのなら、俺にもさっぱり分からんだろう。そもそも記憶がないのだから。
これからも分からない。まぁ幼女させてくれる……違った。養生させてくれるというのなら、それは大いに助かる話だ。いきなり世界を救いましょうとか言われても困るし、正直逃げていたかもしれないくらいだ。
けど、もしかしたら俺ってば、何かしらのチート能力とか持っているのだろうか。だとしたら、世界を救うのもやぶさかではない。むしろ犯らせろと言いたい……じゃなかった。やらせろと言いたい。性的な意味でなく。
「なぁ、……えっと…………」
「……?」
あれ……? なんて呼んだら良いんだろう。そういや自分のことばかりで、この美少女のことを何一つ訊いていなかった。俺としたことが失敗だ。紳士として、これではいかんのだ。
「今日和、お嬢さん(マドモワゼル)、君こそが、私のエリスなのだろうか……?」
「……? エリスじゃないですよ? 私は菊花といいますので、そう呼んでください」
胡散臭い髭面の男風に喋ってみたんだが、ツッコミがないのは少し寂しいな……。其処にロマンはあるのだろうか……。
「えっと、菊花ちゃん……?」
「そんないつも通りの呼び捨てでお願いします。……あ」
菊花はあんぐりと開けた口を、手で覆っていた。
失敗した、と思ったのだろう。さっきまで何も思い出せないことを俺が散々落ち込んでいたものだから、気に掛けてくれているらしい。
気持ちは大変ありがたいし、もちろん嬉しいのだが、もう結構立ち直っているし(菊花の献身のお陰で)、あんまり気にされるのもなんだかなぁ……。
「……はは、もう大丈夫だよ」
フ○ミ通の攻略本だよ。と付け足したくなったが、すんでの所で堪える。伝わらないボケほど空しいものはない。
仕切り直して……。
「じゃあ、菊花。一つ、聞きたいことがある」
「はい。何でしょう?」
「俺はどんな能力を使えるんだ?」
第一に訊きたいのはそれだ。
できることが分からなければ、作戦など立てようがない。
実際に世界を救うにしろ、救わずに養生するにしろ、できることは把握しておいたほうが良いだろう。
「えっと……。私も全てを把握しているわけではないのですが……。まずはペルソナの能力。これは世界に溶け込むための能力です。普段のツバサ様の人格を眠らせて疑似人格――ペルソナに切り替わり、日常生活を送るための能力です。ペルソナ時はツバサ様の能力は封印され、その世界の普通の人間と同じ体質になります。平時から戦い続けているわけではありませんからね。世界に溶け込む能力が必要だったんです」
さっき言ってたペルソナがどうこうというヤツか。
……なんだ、異世界みたいな話だったから期待してたのに、影時間もマヨナカテレビもなしくさいぞ。ちょっと残念だな……。
「ですが、今のツバサ様もペルソナ状態みたいなんですよね。前回の世界のペルソナと似た人格ですし……。ひょっとして、ペルソナが常時発動状態なんでしょうか……。だとしたら、以前の能力は封印されているのかもしれません」
な……、なん……だと……。
もしその話が本当だとすると、何のための異世界なんだって話だ。
色んな世界を巡れても、チート能力なしじゃああまりにもキツイ。オタクにはそんな高い順応力はないんだぞ? ゲームに対する適応力しか取り柄がないんだぞ?
「……ちなみに、一つ訊きたいんだけど。本来の俺なら、一体どんな異能力が使えるの?」
「空間転移から物質精製まで、やりたいことは大体できると仰っていましたけど……」
「嘘だろォッ!? そんな超異能が使えないとか、どんな縛りプレイだよ! ……いや、何かのきっかけで覚醒するはずだ。内なる俺がきっと力を貸してくれるはず……」
大体、空間転移とか物質精製とか、できると言われてもやり方が分からん。大体、物質精製だかエーテル・マテアライズだか知らないが、どこぞの戦女神かっつーの。ペルソナ状態だと発動できないらしいから多分無理だろうけど……、もしかしたらできるのかも……? まぁやり方が分からないからどっちみち無理か……。
そんな異能が使えれば、世界を救うのなんざ楽勝だろうけど、どうにも現実味が沸かない。どうしたものか。……んっふ、困ったものです。
「……まぁ、これからのことを考えるよりも、先に今日の寝床を確保しましょうか。えっと……この辺に街はないんですかねぇ……」
菊花はそう言うと、シュビっと手を振って中空にホログラムみたいのを表示させていた。
「なんだそれ!? ズルっ! そんな能力使えるのかよ! 俺も欲しい! 異能が欲しいよぅ!」
「え……? いやですねぇ、ただのメニューウインドウじゃないですか。こんなの誰にだってできるじゃないですか」
「さも当然のように!? そんな簡単にメニューとか出ねえから! お前の席ねぇから! ……って出たしっ!!」
「当たり前じゃないですか。……あ、でも確かに前の世界では出ませんでしたねぇ。あんな世界はかなり珍しいですけど」
「えぇ!? メニューが当たり前とか、ゲームのつもりかよ……」
「ああ、そういえば前回の世界ではゲームなんてものもありましたね。普通は現実世界のほうがあんな作りになってるんですけど、……ホントに珍しい世界でしたよね、……あ」
またも失敗したみたいな顔してやがる。うっかりさんめ。って、そのくだりはもう良いんだよ。確かにリアクションはいちいち可愛いけど、毎回ほっこり癒されるけど、そうではなく。
俺の知ってる世界ってのは、いわゆる現実世界だ。学校があって、社会があって、外国では毎日戦争があって、そこでは銃声や罵声が当たり前のように飛び交っている。
世界は一部を除いて比較的平和で、俺の住んでいる国は特に平和だった。その所為か、イジメや引き籠もりなんかが社会問題の一つになっていたくらいで。
人間の死因は大抵寿命か病死あたりが定番ってくらいに安全な国だった。つまりはそれが前回の世界。……そういうことか。
一体、それをどんな風に救ったのか。その辺はさっぱり分からないけどな。
「あっ! 近くに村があるみたいですよ! 早速行きましょう!」
「お、おい! ……ちょっと待てって!」
俺の制止の声も聞かずに菊花は俺の手をぐんぐんと引っ張ってゆく。
その思いの外、力強い手に引かれて、俺の異世界生活は幕を開けたのだった。
「今回は異能のお話ですね、ツバサ様!」
そうだなぁ。なんだかんだでついていけてなかったし、なんなら半分以上分からなかったまである。
「まぁ、最初ですしね。私も少し早足だったかもしれないです……すみません」
いや、謝らなくてもいいけども。
それにしても前回の世界が俺にとっての現実世界で、更にその前の世界が菊花の住んでいた世界だったんだよな?
「そうですね。まぁ、あんまり当時のことは思い出したくないんですけれど……」
う~む、そうか。じゃあ、前回の世界のことはどうなんだ?
「前回ですか? 私にとっては初めての異世界でしたが、とても新鮮でした。魔法の使えない世界、科学技術の発展した世界……。他の世界もいつかはああいった未来が訪れるものなんでしょうか」
さぁ、どうなんだろうな。魔法が発達してるとああいう世界にはならなそうだけどな。SF風になるんじゃなかろうか。それはそれで好物だけど。
「えすえふ、ですか……。あ、そういえばそういう創作物も見た覚えがありますよ! 空飛ぶ車がビュンビュン飛んでいくんですよね!」
そう、それそれ。
リチアあたりに訊けば色々と知ってそうだけどな。
「あ、でもリチアさんはしばらくこちら(あとがき)には来れないみたいですよ?」
そうなのか。
知識量的にあいつのほうがこういうのの適任な気がするんだけどな。
「話の整合性がどうのこうのって言ってました」
そういうメタ発言は禁止な。