第四羽④
あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!
菊花が仲間にしたウサギ、シロの言葉が突如分かるようになっちまったんだ。
な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのか分からなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。
腹話術だとか超展開だとか、そんなチャチなものじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
そして、その声はというと、なんとも冴えない感じで、可愛くもないし格好良くもない。なんか小物というか雑魚というかモブというか、とにかく冴えない。
俺は驚くままにハッピーセットの中身に歓喜する子供のように、発狂したような声を上げたんだ。
たぶん明日にはニ○ニ○動画あたりにMADが上げられているに違いない。BGMはナ○ト・オブ・ナ○ツで頼む。あるいは、一番良い装備を頼む。
(そんな挙動ばかりとってると虐められるっすよ?)
余計なお世話だっつーの。誰の所為だと思ってるんだ、まったく。
あと、子供たちに罪はないだろ。虐めるならそれを指示し、あまつさえ放送を許可した大人たちをこそ虐めるべきだ。可哀相だとは思わんのかね?
はぁ……、それにしてもショックだ……。叶うなら人気女性声優が演じたような可愛い声で喋って欲しかったよ。あるいは裏をかいて、ダンディーな男性声優とかでも良かったんだが……。くっ……、よりによってこんな三下ボイスだと……。
やはり世は不景気だということか。声優さん雇うのもタダじゃないからなぁ。ちくしょう……、今からでも代役きかないだろうか。くぎゅとかはなざーさんとかあいなまあたりに頼めないものだろうか。10万くらいまでなら頑張って払うからさ。
(……なんか、失礼なことを考えているような眼っすねぇ……)
しかも誰かに似て、勘が鋭いときた。そういうとこは飼い主に似なくて良いんだよ。むしろ声を似せて欲しかった。それだけで俺は幸せになれたというのに……。
世は無情だ。世界は不条理に突き進んでゆく。俺たちはその荒波に流されることしかできない。
その流れに逆らうなんて、きっと人間には許されてはいないのだろう。ましてやただのパンピーには尚のこと。
俺たちは物語の主人公ではない。……少なくとも英雄譚に語られるような存在ではない。
そんな俺には、僅かな幸福すら望めないというのか。
そんなささやかな幸福さえ……。
……なんかウサギがじとーっとした眼で俺を見つめている。
……俺の思考ってそんなに読みやすいのかなぁ……?
「ただいま帰ったぞ」
「お待たせしました」
気まずい空気に堪えること数分、救いの手はようやく訪れたのだった。
ウサギに睨まれ萎縮する主人公の図は、あまりに表現に苦しいものがある。そんな状態をあの手この手を使って言葉巧みにおもしろおかしく描写できるような文章力はないので生憎と割愛させていただく。全く以て致し方ないことである。西尾○新じゃないんだからそんなの無理だっての。
「良い子にしてましたか?」
菊花が尋ねると、ウサギはきゅっと鳴き、菊花へダイビングする。
(間が持たなかったっす! すまないっす、ご主人!)
「あは、緊張しちゃいましたか? だいじょうぶですよ、ツバサ様は素晴らしい方ですから!」
菊花の眼は相変わらず曇りっぱなしらしい。盲目的献身は魔物相手でも揺るがないらしい。「らしい」といえば「らしい」んだが、……いつかとんでもないしっぺ返しが来そうでちょっと怖いな。まぁ気の所為であることを精々祈るとしよう。
……シロはそんな菊花を見て、一つ溜息らしい呼気を放つ。なんだか言葉が聞こえるようになってから、妙に動作が人間的に見えてしまって、どうにも変な気分だ。
聞こえなければ感情移入の一言で片付けられたというのに……。なんだかなぁ。まぁいいか。それよりも、考えるべきことがあることだし、気持ちも切り替えよう。
「それで、菊花。勇者の情報は見つかったのか? アリシアが置いて行かれてそれほど長く経ってはいないんだ。そんなに遠くにはいないだろ?」
「ああ、そうでした。それがですね、ツバサ様――」
「――情報なら手に入れている。勇者一行は賢者に会いに向かったらしい」
賢者……。
やっぱり偏屈なお兄さんなんだろうか。どうしても某賢王を思い出してしまうのは、由緒正しすぎる勇者様、アルスの所為に違いない。
「どうにも、何もしたがらない方らしいんですよ」
「無駄なことはしない、という主義らしいのだが……それを怠け者のように捉えるものも多く、周囲の人間の評価は著しく悪いそうだ。それでも彼が賢者と称えられているのは、ひとえに賢者の知恵を継ぐ一族の末裔だからなのだそうだ」
知恵を継いだ怠け者、ね……。
知恵がある故に働くことに意味を見いだせないのか。あるいは、単純に自分の理屈を重視するが故に周囲と馴染めないだけなのか。
いずれにせよ、コミュ力の高い相手ではないだろう。それはつまり、対応を誤れば力を得るのが困難になるということに他ならない。気分を損なえば協力は取り付けないことだろう。
なんともめんどくさそうな相手だ。
しかも情報は少ない。そのうえ、仲の良い相手もいなそうだし、攻略の糸口を探しようもない。結構手詰まりな感がある。
……だいじょうぶだろうか。
「さて! それじゃあ、一休みしましょうか」
「そうだな……。少し足を休めるとしよう」
「いやいやいや、ちょっと待て!」
俺は咄嗟に二人を制止した。この流れはまずい。なんとしても断ち切らねばなるまい。
何故ならば、それは俺にとってあまりにも不利な状態になりうるからだ。
こちとら、記憶も無し。常識も無し。あるのは煩悩とゲーム知識のみというどうしようもない有様なのだ。
だからこそ、譲れない。避けられない行動があるのだ。
俺は!
俺は……ッ!!
「まだ王都を全然見てないんだけど!」
だってそうだろう。タイトルを王都到着としてしまった以上、王都を描写せずに終わらせて良いわけがない! それを捨てるなんてとんでもない! ……というやつだ。
「観光したい、ということか……?」
「いっそ敢行したいくらいだ」
「うまいですね、ツバサ様! さすがです!」
……あれ? なんか馬鹿にされてる……? いや、菊花はこういうとき嘘は吐かないタイプだ。つまり本心だろう。というかツバサ様補正が掛かってるだけっぽいけども。……あるいはセンスが古いだけかもしれないけど。
……なんて考えてるとまたジト目で睨まれるかもな。ほどほどにしておこう。
まぁ、とにかく記憶もないんだ。思い出くらい作らせてくれ。できれば可愛い女の子と嬉し恥ずかしデートみたいなシチュエーションで。そして、美味しいご飯食べて、綺麗な夜景を眺めて、静かなところで互いを見つめ合った後、重なり合う影と影。そのままカメラはパンアップ。そこから時間は一気に進んで、同じベッドで目を覚ます二人。それはもう、そういうイベントがあったと匂わすわけだ。あとはご想像にお任せします的な。いやー、参っちゃうな。ほら、俺ってば色男だから。モテてモテて困っちゃうくらいだから。まいっちんぐだから。
「ツバサ様……」
やっぱり読まれてるよ! 怖いよ!
ふふん……、分かってるって。どうせ、この声も聞こえてるんだろ、菊花さんよ。
「まぁ、せっかくの王都ですし、出掛けましょうか、アリシアさん」
「……む? まぁ、そうだな。私には今更なところではあるが、観光とあれば案内しよう。私も騎士の端くれ。街の名所巡り、その役目、確かに仰せつかった」
心優しい菊花さんは俺の心を汲んでくださった。ありがたやありがたや。
だが、ここからは一瞬の油断が精子……、じゃなかった生死を分ける絶対領域だ。油断せずに冷静に、それでいて大胆に繊細に攻め込まねばならない。
この戦い、敗北は許されない。男の未来を賭けた壮大なバトルになる。……俺は輝ける明日を掴めるだろうか。
扉が開かれ、菊花とアリシアに続き、俺……とその頭上に乗っかったシロが通り抜ける。果たして俺は、男のロマンを果たすことができるのだろうか。
……やがて、戦いの火蓋が落とされることになる。
今回からシロの登場だな。
だが、安心しろ。お前の役目はそんなにない。
現に第二十羽まで到達するころにはお前は作者に忘れ去られることになるからな。
(ご主人……。この人なんか意味分かんないこと言ってるっすけど)
「だいじょうぶですよ、害はありませんから。そんなには」
おい。人を白い目で見るな。生暖かい視線もやめろ。
(心配っすよ、ご主人。これ、感染ったりしない病気っすよね?)
「だいじょうぶです! いまだかつて感染った人はいませんから!」
くそ、メタ発言に厳しすぎるよぅ。
あとがきくらい好き勝手やったっていいじゃないか……。
「ツバサ様、め! ……ですよ。安易に人を怖がらせてはいけません」
その発言のが傷つくんですけど……。
いや、まぁいい。気にしたら負けなんだ、きっと。
そういうことなんだな。
「ツバサ様……、ようやく分かってもらえたんですね!」
涙を拭うな。ここは感動のシーンなんかじゃないぞ。
そんな、ようやく努力が実を結んだ的な演出とかいらないから。
とはいえ次回はデート回か。
ちゃんとエスコートできるだろうか。
「それはツバサ様がこれからお見せしてくれるんでしょう?」
……その回答に淀みなく答えられる日がくるようには、微塵も思えないんだよな。
そして、大抵は当たっちまうんだよな。童貞の不安ってやつはよ……。
「……ツバサ様? 置いていっちゃいますよー?」