第四羽③
ことり、と空にした器をテーブルに置いたアリシアは沈鬱な表情で呟いたのだった。
「……まずい」
「いや、美味いけど……」
「ホントですよ! 謙遜しないでください!」
「あ、いや……。それはお粗末様だ。……って、そうではなく……」
こほん。一つ咳払いして居住まいを正すと、こう言った。
「不味いと言ったのではない。このままではまずいと、そう言ったのだ。……金銭的な観点からな」
金銭。……うん、まぁ分かるよ。言わんとしていることは。
そうだよね。そりゃ困るよね。まずってしまうよね。そうだ。そりゃ仕方ないよ。
人間、お金がなきゃ生きていけないし、お金がなくて死ぬことだってある。
お金大事。命の次くらいに大事にしたいものだ。
そうなのだ。それくらいは分かっているんだ。
しかしまぁ、逆に考えてみたらどうだろうか。
お金がなければ苦しいと言うけれど、実際お金がなくたって自給自足で暮らしていくことは不可能ではない。
食べ物を作れる環境と、雨風が防げる場所さえあれば、人間は意外と生きていける。
つまり大事なのはお金ではなく、お金を使って得られるものであり、それは即ち、お金はなくたって生きていけるということの証左に他ならない。
まぁつまり何が言いたいのかというと、それはもう、単純明快に、爽快かつシンプルに導き出される回答だ。
働くたくない。
拙者、働きたくないでござる! 絶対に嫌でござる!
俺は俺の本懐を遂げるため、まずはそういう方向に会話を誘導する必要があるだろう。
まずは、お金の必要性。そこから切り崩す必要があるだろう。
「待て。まず考えてみるんだ。お金がなくたってご飯は食べれるだろ?」
「……物乞い、ということか……」
「盗み、です……?」
いやいや、二人して発想が後ろ向きすぎるだろ。パンが食べれないのならパンを作れば良いじゃない。俺ってばどんだけマリーさんの引用好きなんだろ。……それはともかく。
「自給自足って言葉があるだろ……? 食べるものも着るものも、自分で調達できれば、働かなくたって生きてけるだろう? なぁ、アリシア」
「……ふむ。いわゆる冒険者としての生き方に則してはいるのだが、……あまり歓迎したくはないな」
「食べ物だけなら調達したものでなんとかなるかもしれませんが……、それでも安定した供給とは言えないかと……」
う~ん、やっぱり無理なのだろうか……。
どうにかしたい。どうにかして働かない環境を構築したい。仕事なんかしたくない。遊んで暮らしたい。むぅ……。
「ギルドで仕事を請け負うのが、やはり無難だと思うぞ?」
「う……仕事……」
「……段々、ツバサ様が絵に描いたようなニートになりつつあるのが悲しいです」
ぶ、無礼者め。成敗してくれる。
菊花へ鋭い眼差しを向けてみるものの、にっこり笑顔で返された。……なんだこれ、逆に怖いぞ。
アリシアはというと、そんな俺たちの顔色に気づかずに説明を続けている。
「俗に言うクエストと呼ばれる依頼だな。なに、仕事だと思って肩肘張るような必要はない。今までどおりに道行く魔物を倒し、採取した素材を提供するくらいのものだ。一攫千金などとはいかないが、旅の資金くらいはどうにかなるだろう。……あくまで身の丈にあった旅、という前提はあるがな」
「ギルドというのは、一つなんですか?」
「いや、かなり種類がある。私も正確な数までは把握していないが、小さなギルドを含めれば数百はあるだろう。有名どころでは、〈西方同盟〉、〈東方連盟〉、〈北部合同会議〉、〈南部互助会〉などだな。これらはかなり大きなギルドだから、冒険者への依頼の斡旋のほかにも行商の取り纏めなども行っていて、ある種一つの国に匹敵する存在だと言えるだろう」
会議とか互助会とか、どうにもギルドっぽくない名詞まで混ざっているんだが……。
「……ふむ。その辺りは私もよく知らんな。昔からそういう名前だったし……。考えたこともなかったな」
「小さな集まりが急に力を増して、次第に大きな発言力を持つというのも、歴史ではままあることですけどね……」
そういうもんだろうか……。だったら、途中で名前を変更しても良さそうなものだが……。
「一度定着した名前を変えるのも難しいのだろう。変える意味もあまりないしな」
疑問に思うのは異世界の人間だからかもしれない。……まぁそういうもんかもな。
「とりあえず、キッカ殿と私でギルド会館へ向かおうと思う。ツバサ殿の獲得したアイテムをキッカ殿へ渡してくれないか?」
「……? 直接アリシアへ渡すんじゃダメなのか?」
「いや……、いきなり私が預かって平気なのか? 旅の道連れとはいえ、まだ出逢って日も浅い。私に預けるのは不用心に過ぎなくないか?」
「いや、気にしないし……。なぁ、菊花」
伺うと、菊花も頷いた。
「ええ、気にしなくてだいじょうぶですよ。アリシアさんはキチンと私たちの仲間なんですから!」
まぁ、街道では命を預けて戦っていたのだし、確かに今更という気はするな。
すると、アリシアは途端に頬を染める。
「そ、そこまで信用してもらえるとはな……。勇者ならともかく、貴君らに認めてもらえるというだけで、私は、その……。いや、なんでもないぞ! よし、ならば行こう。せっかくだし、キッカ殿にも会館の使い方を説明しておこうと思う。ツバサ殿は……、慣れない旅で疲れただろう。シロと休んでいると良い」
「そうですね……。シロまで連れて行くのも先方に迷惑かもしれませんし、ここは、ツバサ様とお留守番してもらいましょうか。……シロ、良い子にしているんですよ」
シロは、きゅっ! とウサギらしからぬ鳴き声で応じると、俺の隣に腰を落ち着けた。……いや、腰っていうパーツがどこらへんかは分からないけどな。全体的に丸っこいし。
しかし、俺の意見はガン無視だな……。いや、反論があるわけじゃないんだけどさ。
菊花とアリシアは連れ立って部屋を出てしまい、俺はシロと共に取り残された形だ。
さて、どうやって遊ぼうかな。
俺がシロの背中をさすってみると……。
(ああ……、そこじゃないっす。……もう少し上……。ああ、そこっす。そこがたまらないっす……)
なんだか小物っぽい声が聞こえた。
なんだろ、この売れない声優が当てた声みたいな三下感……。それに俺が撫でている動作に同調しているような気さえするんだが……。
「ま、まさかとは思うが……」
ステータス画面を確認してみる。
……熟練度が向上している。〈まるうさぎ〉の項目がランク3に上がっている。……スキル〈魔物言語〉を習得している。
更にそこから展開すると、まるうさぎの項目が明るく表示されている。
……ひょっとして。
「お前なのか、バ……」
(シロっすよっ! バ……てなんすか! オイラ以外の誰の声に聞こえるっていうんすか!?)
もちろん、バ○ツなわけがなかったが、それだけは信じたくなかった。夢であって欲しかった。
しかし、現実は小説より奇なり。
俺にできることは、思いの丈を叫ぶことしかない。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタアアアアアアア!!!」
毎度の話ではあるんだが、こういうパロディネタが通じないのは不便だよなぁ。
異世界漂流系のあるあるではあるんだろうけど。
「シャベッタアアアアアアアア」が通じないなんて、そんな世界間違ってるだろ。
「あまりにも偏見に塗れすぎた発言ですけど、そればっかりはどうしようもないかと……」
やっぱりバランス的には現実世界を知ってる人間がもうひとりくらい欲しいよな。
「う~ん、私も一応前の世界のことも知ってはいますが、そのネタに関してはちょっと……」
仕方ないな……。そういうものか。
確かに、CMに出演した子役も虐められたなんて噂も聞いたことあるしな。
ある程度時間が経過したとはいえ、あまり容易に触れるべきでもないか……。
「そうですね。配慮をお願いします。……いろいろな意味で」
……なんだろう。すごいぶっとい釘を刺されたような気がする……。
「気のせいじゃないですか?」
そうかなぁ?
「気のせいじゃないですか?」
……自動音声のような抑揚のない声が返ってきた。
この話はここで終わらせておくとするか。
「そうですね(ニッコリ)」