第四羽②
熟練度に関しては、いくつか疑問点がある。
たとえば、俺と菊花の能力の開きだ。
ここ数日の冒険では行動に差異はほとんどないように思われる。つまり、ほとんど同じことしかしていないのだ。
もちろん、魔物を倒した回数は菊花のほうが多いし、そういった部分の違いは、まぁ分かる。
しかし、それでも不自然に思われる箇所が多数浮かび上がるのだ。
たとえば、まるうさぎ系統の熟練度。
俺と菊花のウサギとじゃれ合った時間そのものは、それほど変わらない。
にもかかわらず、その開きは決定的とすら言えるものだ。
俺が現在ランク2の状態で菊花はもう4に上がっている。
それほどの差があっただろうか。あったならばそれは一体何処に……?
要因はいくつか考えつく。
たとえば、一つの行動に対しても素養によって伸び率に影響が出るというパターン。
まぁ以前少しだけ考えた才能という結論だ。
菊花はまるうさぎに対する執着はなにげに凄い。傍目にはそれほどでもないように見せているものの、たぶん語り始めると止まらなくなる手合いだ。そして、四六時中まるうさぎと共に居ても苦にならないだろう。それを一つの才能と取ることもできなくはない。
ただ、俺はもう一つの可能性についても、考慮し始めているところだ。
それは、アクションそれぞれに対して得られる熟練度に違いがあるのではないかということだ。
実は今まで、結構戦闘シーンを端折っていたから、まったく解説をしていなかったが、実は同じ魔物と戦った場合でも獲得熟練度に僅かな違いがあったのだ。
平均は大体15ポイント。
だが、倒し方によって得られる熟練度にばらつきが生じている。
これは魔物の成長度によってばらついているんだと思っていた。大物であればあるほど獲得熟練度も大きく、小物であれば収穫は少ない、というように。
しかし。
戦い慣れてくると俺だって対処の仕方というものが分かってくる。
この魔物にはこういうパターンで攻めるとラクだとか、そういうのが馴染んでくるんだ。
するとどうだろう。慣れれば慣れるほど、獲得熟練度が上昇していった。
そして、一つレベルが上がると途端に上昇効果はなくなり、元通りになった。
正直、分からないことが多くて困ってくる。
こういうときは先達に頼るのが人の知恵だ。困ったとき、縋り付く。これ、人類の知恵。
「ふむ。私も詳しいわけではないし、そういうのは何処ぞの賢者殿にでも伺ったほうが良いのだろうが……、う~む、そうだな……」
アリシアはそう言うと、顎に手を当てて唸っていた。
そうか、やはり脳筋乙女には荷が重すぎる質問だったか……。もっと相手を慮る必要があるか……。
「しかし、一つだけ聞いたことがあるのだが、たとえば剣を振るという動作だけでも熟練度の溜まり方には差異が生じると言われている。だから、騎士団ではより熟練度の向上値が高いと言われている振り方や鍛え方を〈作法〉と呼び、指導しているのだ。つまり、振り方によって熟練度の量は変わる。それと同様に戦い方でもそういう差異は生じるはずだ。剣の振り方と違い、戦い方は一辺倒ではないから一括りにはできないが、様々な戦い方をしたほうがより早く高い成長が見込めると聞いたことがある」
なるほど……。思ってた以上に騎士様は有能だったな。脳筋とか言ってすみませんでした。ちっ、反省してまーす。
「ツバサ様ぁ……」
なんて思っていたら、菊花には筒抜けだったらしく、ジト眼で睨めつけてくる。おいおい、どういうことだよ。もしかして、俺にはプライバシーとかないんだろうか。ちょっと不満に思うくらい良いじゃないですか!
まぁ、さすがに俺の目つきだけで思考を読み取ったとはいえ、行動に移していないのに攻められないとみたのか、それ以上は特に何も言うことはなく、菊花は溜息を一つ深く吐いただけだった。
はぁ……。なんで俺はこんなに緊張を強いられているんだろうか。……いや、まぁ俺の所為だわな。うん、すみません。
とにかく、熟練度に関しては、まだ分からないことが多く、未だ判然としない。
ただ、アリシアの指摘は的を射ているように思う。もう少し実験や考察をしてみなきゃな。
さて。
そんなこんなで、木々の合間を抜け、ボスの攻撃をかいくぐった先には再び街道の姿が見受けられた。
このまま進めば王都まではすぐだ、というのはアリシアの言。
俺たちはそのまま街道の踏破へと向かうのだった。
そんな折、菊花がなんともなしに呟いた。
「なんだか、この辺りにはネコさんが多いですねぇ……」
なんだかその言外にウサギはいないのかという不満が聞こえるような気もするが、きっと気の所為だろう。
アリシアも、それに頷く。
「うむ。やはりネコは良い。見ていて飽きないし、可愛いし、それにホラ……。あ! あそこにもいるぞ! ちょ、ちょっと撫でていってもいいだろうか……?」
なんか鼻息荒いヤツがいるな。そうか、コイツはネコ派だったのか……。
「にゃーにゃー。にゃ、にゃあー」
なんかネコ語喋ってるんだけど、この人。
ネコのほうはというと、気持ちよさそうに撫でられている。
この世界のネコは、見たところ普通のネコと同じだろうか。
いや……、額に宝石みたいのが嵌まっている。飾りなのか仕様なのかは分からんし、これが特殊なネコなのかこの世界では普通のデザインなのかも分からんが、アリシアは気にした様子もない。一般的なネコの姿なのだろう。
名称は〈トパーズキャット〉。毛色は黄色で、宝石も黄色だし、纏めてトパーズ系ということなのだろうか。
今までの魔物の傾向からすると、住んでいる土地によって名前が変わっているみたいだったのに、今回は色によって種族が違うのか……?
相変わらず、良く分からん世界観だな……。
それにしても……。
ここで見掛けるネコはトパーズキャットばっかりだな。それ以外は見当たらない。
地域ごとで違うっぽいな。たぶんだけど。
無心になってネコとじゃれ合い続けるアリシアの傍らで、同様に遊び始める菊花。
二人はいつの間にやら白いポンポンみたいな綿毛のついた茎を使って、遊んでいる。
ネコは眼前で飛び交う白いポンポンを追いかけてふしゃーとか言ってる。
……なんか、俺も混ざりたくなってきたぞ。
おかしいな、俺はイヌ派だったはずなのに……。ウサギに浮気して。そのうえネコだと……? 一体どうしてしまったと言うんだ……。
しかしまぁ……。どうでもいいや。
……俺は足下で見つけた白いポンポンを付けた草を一本引き抜いた。
――30分後。
うん。ネコは良いものだ。
俺、ネコアレルギーとか持ってなくてホント、良かった。
ふぅ、満足したし、そろそろ王都へ行こうか。気づけば日も暮れてきてるし。
俺がそう思って顔を上げると、そこには白いまるうさぎを抱えた菊花がいた。
……なに? どういうことだ……?
「……ようやく気づいてくれました。さっきから何回も呼んでいたんですよ?」
「キッカ殿が〈魔物調教〉の力で、仲間にしたそうだから、このまま連れていくぞ、構わんなツバサ殿?」
「え? ああ、そう」
なんかピアノラインが光るボカロ曲っぽく返答してしまったが、俺がネコとじゃれ合っている間に物語が進展していやがった。
ウサギ……、いないんじゃなかったのかよ。
「この子……、あの時の子なんですよ……? 私たちが最初に出逢った……」
そういや、いたな。こいつ……、あの時のヤツなのか……。いち早くオオカミの接近に気づいて逃げ出したまるうさぎ……。
あの時、俺たちにも知らせてくれてりゃ、あのオオカミにも遭わずに済んだんだろうが、しかし、遭えたお陰であのジジイともお近づきになれたことを考えると、ちょっとだけ責めにくいような……。
などと、俺の思案を余所に、菊花は抱えたまるうさぎと向き合うと、朗らかに笑顔を見せる。
「それでは、よろしくお願いしますね! ツバサ様、シロ!」
……やっぱり名前はそれで行くらしい。ま、いいけど。
今回は熟練度の話だな。
相も変わらずここまでで語れなかった内容の補足ばかりのエピソードなわけだが、やっぱり現地人が仲間になると助かるな。
「そうですね。まぁ、問題がないわけでもないんですけど」
問題?
「一応私たちが異世界から来たことは秘密にするべきなんですよ。変に怪しまれるというか、疑われるというか……」
頭のおかしなやつだと思われるしな。
「そうです。余計な不和は起こさないに越したことはありません。ですが、同行するということは、バレやすくなるということにもなります」
確かにな。
助かる反面、厄介な面もあるわけか。
「はい、最悪の場合、国中から指名手配されて追い出されることだってあるかもしれません」
考えすぎにも思えるが、宗教観とかによってはなくもないのか。
「そうです。過去にもそういうことがあったと聞いたことがあります。前回の世界でも似たような展開にはなりましたし……」
ふーん。
確かに安請け合いだったかもしれないな。
もう少し気をつけるべきか……。
「いえ、気にかけていただくだけで充分かと。気をつけるのは従者たる私の役目ですし」
そうか……。
というか熟練度の話をしようと思ってたんだが、全然違う話をしてしまったな。
「あああすみませんっ! つい……!」
まぁ、話す機会は今後もあるだろうし、次で良いか。