第二十羽(急)⑭
できうる限りの全てをやった。
龍術共鳴による各種スキルのブースト。
〈翼白〉による高エネルギー出力。
〈白炎〉による味方強化と敵弱体化。
〈死の一線〉による確定クリティカル。
〈烈炎神槍〉による炸裂ダメージ。
〈索敵〉(夕凪の個人スキルだが名称はまだ未定)による分析補正。
〈無敗を誇る階〉による即死効果。
今持てる全ての力を合わせた一撃だ。
夕凪――本名は柳――の全身全霊を込めた一矢が、〈武者〉の心臓を貫いた。
貫いてなお勢いが衰えないまま、嚆矢は遥か天蓋へ飛んでゆく。
〈武者〉はゆっくりと頽れる。
終わった。
どうにかこれで終わったのだ。
全身から力が抜けると同時に、急激に身体を寒気が襲った。
立ち尽くすことすらできず、思わず膝をついてしまう。
龍術増幅の反動らしい。
俺はそのまま地面に倒れ込んでしまう。
身体中が痛い。
寄生虫が身体中に食らいついているかのような痛みだ。
声を上げることすらできない。
ただ、焼け付くような脳内で、痛みを堪えることしかできない。
動くのは、目だけだ。
そして、視界に捉えてしまう。
〈武者〉はまだ、死んではいない。
おかしな話だった。
心臓を貫かれてなお、生きているのはおかしい。
〈死者〉ならともかく、やつは〈武者〉だ。
だからこそ、おかしい。
死んでなきゃ、おかしいんだ。
そして俺は、気絶する寸前の頭で、嫌な予想が胸をよぎった。
そもそも神の領域に至った存在が、心臓ごとき弱点になりえるのか?
俺の身体が〈物質精製〉で形作られた存在であるのと同じように、神の領域にすら至った〈武者〉ならそれくらいどうにかできるのでは?
正直いやな予感だった。
だが、当然考慮すべき問題だった。
〈武者〉はまだ、……死んでいない!!
そう警戒しようにも、俺の身体は限界だった。
手足はピクリとも動かないし、目を動かす程度が限界だった。
見たところ、仲間たちも同様のようだった。
さきほどまでとは打って変わって、一気に形勢逆転といったところか。
だが、〈武者〉はすぐには動こうとはしない。
まさか本当に死んだ……?
いや、生きているのは確かなようだった。
だが、ダメージは大きいらしくすぐには動けないようだった。
この隙にどうにかできれば……!
だけど、どうやって……?
今にも意識を手放しそうな状況で、かろうじて生き繋いでいるような状態だ。
消耗が激しく、〈不死鳥〉もすぐには発動しない。
共鳴の反動による影響はやはりデカイものだった。
仕方ないとはいえ、過去の自分を恨みたい気持ちもある。
どちらが先に動けるようになるか。
そんなもんは明白だ。
こっちはそれこそ数日くらいまともには動けないはずだ。
対して敵はどうだ?
せいぜい膝をついてるくらいで、まだまだ死ぬ気配がない。
どう控えめに見たって回復は向こうのほうが早い。
頼みの綱は、リチアたちくらいか。
だが、夕凪の〈探索〉で調べる限り、すぐにこちらには来れそうにない。
〈死者〉との戦いはまだまだ激しいようだった。
〈武者〉が「コフっ!」と血を吐きながらこちらを睥睨している。
戦意はまだまだあるらしいな。
瞳はギラギラと燃え盛るようだった。
〈白式〉もうまく働かない。
身体との連携が途切れてしまったかのようだった。
身体能力に関わるスキルが軒並み死んでいるらしいな。
どうやらこれが反動のようだった。
まともに働くのはガチで〈探索〉だけらしい。
結構省エネなスキルなのかね。
別に得にもならない情報だったが。
ザリッ……。
〈武者〉は足を引きずりながら、一歩を踏み出した。
ゆっくりとした一歩だ。
しかし、明確な一歩。
俺にとっては死神の足音だ。
そのふらつきながらのゆったりとした足取りが、死へのカウントダウンを刻んでいた。
一歩、また一歩と。
〈武者〉が俺のほうへと向かってくる。
気が遠くなるような時間を感じる。
だが、実際はそんな数分も経っていないはずだ。
俺は魔法やらスキルやら片っ端から試そうとするが、身体は動かない。
魔法は発動しない。
ただ、見ているだけしかできなかった。
死が、近づいてくるのを見ていることしかできない。
〈不死鳥〉で生き返れる?
果たして本当にそうなのだろうか。
相手は神に近しい存在だ。
ならば、それを殺す方法くらい持ち合わせていてもおかしくはない。
なんなら本当にワンチャンあるかもしれない。
もしかしたら、本当に死ぬかもしれない。
俺はそんな光景を眺めることしかできなかった。
〈武者〉の影が、俺の視界を埋める。
〈武者〉の手が、俺へと伸びる。
首を押さえつけられ、俺の意識は明滅した。
どうにかしなきゃ。どうにかしなきゃ。
考えたところで頭は回らない。
身体も動かない。
そんな絶望的な状況を、覆す存在がいた。
そいつは突如現れた。
俺にわかったのは突然、呼吸が楽になったことと、シャバの空気は美味いってことだった。
あとは、救世主さまは黒髪のイケメンだったというくらいか。
俺を助けた黒髪色白の黒コートの男は、俺に背を向けたまま〈武者〉の前に立ちはだかる。
「反撃の狼煙をあげさせてもらうぞ」
……知らない顔ですね。
そんなふうに呆気にとられていたら、反対側から別の声が聞こえる。
背中側だから顔はわからんが、〈探索〉スキルで察知できる。
例の金髪魔族お嬢様だな。
「お兄様! そ、そいつはワタシを貶めたニンゲンよ! 助けるような真似はッ……!」
「シャルロッテ……、そうやって他者を見下すのは君の悪い癖だよ」
「でもッ……!」
有無を言わさぬお兄様の視線で黙りこくってしまうお嬢様。
シャルロッテちゃんにはどことなくブラコンの気配を感じるが、今は余計なことに思考を巡らせている場合じゃないぞ!
とはいえ、どうしようもできないのが現状ではあるんだが……。
「殿下……、やはりお考えは変わらないのでござるか」
「彼が何者なのかは私も知らない。だが、〈覇者〉の敵であるならば妨害するメリットもあるのではないか?」
殿下……、ってことはこいつは魔族の王子なのか……?
そして魔族の王が魔王。
じゃあシャルロッテは正真正銘のお姫様ってわけか……?
状況にまったくついていけてないが、あいにくと俺はここで芋虫のように転がり続けることしかできない。……惨めなことにな。
そしてその瞬間、空が急に闇に包まれた。
いや、違う。
そうじゃない。
闇そのもののような気配が、あたりを急激に包み込んだんだ。
〈武者〉と同等、いや、それ以上のプレッシャーだ。
おいおいおい勇者さんよ。
魔王を食い止めてくれるんじゃなかったのか?
っていうか、いつのまにこんな化け物が現れていたんだ。
〈武者〉との戦いの最中に気づけなかったのか?
気配を隠していたのか?
それとも単純に、本当に今しがた現れたってことなのか?
気配でいえば、この王子様も同様だった。
本当につい今しがた現れたとしか思えない……。
ってことはやっぱり予想は的中だったってことか。
真なる魔王が復活したってオチかよ。
最悪すぎるな、おい。
だが、王子様のほうの立ち位置がわからん。
敵じゃないのか?
ひょっとして助かる?
……なんて甘い希望を抱いたところで、俺の脳内にはけたたましいアラームが鳴り響いたままだ。
強制転移を実行しますとかなんとか。
ずっと騒がしいままだ。
助かる見込みはなさそうなんだよな。
そして、状況は絶望的。
王子様のきまぐれに賭けるしかないくらいには、詰んでいる。
〈武者〉はズルズル……と徐々に後退している。
魔王が来たから交代するつもりなのか。
そして、魔王はというと……。
はっきり言ってヤバすぎる。
神に準じるエネルギー量を誇るはずの翼龍ですら赤子のようだった。
強さの桁が違った。
明らかにおかしいだろ。
インフレが追いつかなすぎる。
ピッコ□大魔王と戦うつもりが魔○ブーと戦ってましたってくらい場違いな状況だ。
もっと紆余曲折を経てから戦わせてくれ。
いくらなんでも唐突にすぎるだろう。
「久しいな、我が息子ルセアよ。余の軍門にくだる覚悟はできたか?」
「そっちこそ自らの過ちを認める覚悟はできたか、〈覇者〉ゼイン!!」
俺のことなどそっちのけで、最終決戦が始まってしまったらしい。
凄まじい闘気がぶつかり合い、一撃一撃が空を割り、大地を砕く。
余波だけで世界が軋む音すら聞こえるようだった。
あっという間に飛んでゆき、広い空間のそこかしこで剣戟が聞こえるので、高速で移動しながら戦っているらしいことは伺えるのだが、龍の力を持ってしてもそれくらいしかわからない。
はっきり言ってヤバすぎる戦いだった。
そして、その戦いが苛烈になるにつれ、アラートもうるさく鳴り響く。
[ALERT]世界の救済に失敗しました。第二干渉点への移行を推奨します。[/ALERT]
[ALERT]世界の救済に失敗しました。第二干渉点への移行を推奨します。[/ALERT]
[ALERT]世界の救済に失敗しました。第二干渉点への移行を推奨します。[/ALERT]
そして、ついにその時が訪れてしまった。
[ALERT]猶予時間が終了しました。これより強制転移を実行します。干渉領域にご注意ください。強制転移の実行まで3、2,1……[/ALERT]
そうして俺たちは、わけもわからぬまま亜空間に飲み込まれた。
俺たちは、敗北したのだった。