第四羽【王都到着】①
腰だめに大槍を構えたアリシアは裂帛の気合いを込めて、踏み込んだ。
三倍近い体格差のある巨大なトカゲ――というかドラゴン【グラスリザード】を押し込み、動きを封じるどころか引き摺り――もとい押し擦り始めている。
体格差をものともせず、どころの騒ぎじゃない。相手にすらなってないんじゃなかろうか。見た感じは普通の女の子の腕っ節なのに。これがステータス補正というやつか。あるいは気か。そういう類か。
そして……。
「ハァッ!!」
アリシアの掛け声と共に、グラスリザードはひっくり返った。
遠目から見てるとまるで相撲みたいだな。まぁ相手は恐竜さながらのオオトカゲだし。もう一方は一見華奢な女の子だから、違和感バリバリなんだけれども。
そして、仰向けに転がされたグラスリザードが体勢を立て直して立ち上がる前に、もう一人のほうが動いている。
「飛燕、猛襲迅ッ!!」
走り抜けながらの目にも留まらぬ神速の斬撃で、グラスリザードを撃沈させる。
一撃を振るったように見えて、実は連続攻撃だったらしく、複数の傷跡と切断痕を残している。
その死に様は、無駄のない鮮やかな〈死〉だった。
どこかで聞いたことがあるが、殺しに卓越した人間は無駄な殺しをしないらしい。必要以上に屍体を傷め付けることもしないし、殺し損ねることもないとかなんとか。……思い出した、そらからくんだ。
まさしく的確な死が、そこにはあった。
……きっとやろうと思えばオーバーキルもできるんだろうけど、オーバーキルドロップでもなければわざわざやる意味もないし、この世界のシステム的に何もないからだろう、アリシアも菊花に対して賞賛の声を上げている。
「うむ。さすがキッカ殿だな。見事な手際だ。……これなら勇者一向に混じっても普通に上手くやっていけるのではないか……?」
「いえ……。私なんかじゃお役には立てませんよ。それに私にはツバサ様の助けになるという使命がありますから」
「ふむぅ……、そうか。……その使命とやらが具体的に何なのかは、やはりまだ教えてはもらえんのだろうか……?」
「……えっと……。その、すみません……」
「あいや、こちらも失礼した……」
恐縮し合う美女と美少女。
そして、俺はというと……。
……………………。
完全にあぶれていた。
「俺って、……必要なのかなぁ……?」
なんだか寂しくなってしまう。
いっそ、タイトル変えたらいいんじゃないの? 〈異世界奇譚~黒衣の菊一文字~〉でいいんじゃないの?
そっちのが絶対人気出るし。なんならランキングだって狙えると思うよ。
ふん。いいもん、別に……。可愛い女の子たちの活躍を間近で見れるのもそれはそれで楽しいもん。
ホントは寂しくなんかないんだからねっ!
……嘘だけど。
「だいじょうぶですよ、ツバサ様! たとえツバサ様が戦えなくても、私が必ず守り通してみせますから!」
「そうだぞ、安心しろ。平民を守るのは騎士の務めだからな。わざわざ其方が危険に身を投じる必要などないのだ」
咄嗟にフォローに入ってくれる可愛い従者と美しい騎士殿。
俺はなんて恵まれた境遇にいることだろう。
にもかかわらず、俺は自らの存在意義などと細かいことに意識を割いているだなんて、あまりに愚かで下らないというものだ。
……なんて思うわけないだろ。
一応俺だってゲーマーの端くれだ。
自分からゲーマー名乗るとか、ちょwwwおまwww ……とか笑いたいヤツは笑え。
いくら記憶がなくたって、俺の魂まではきっと変わらない。
個人的な情報が欠如していたって、俺の生き様までは変えられない。
たとえ、そこにゲームがなくても。プレイヤーが居なくても。俺はゲーマーだ。
遊戯を攻略する者。白き翼を携えていた、神の生まれ変わり。
〈翼白の攻略者〉。
俺は、この世界を攻略する。攻略してやる。
そんな風に意地を見せてやりたくなった。
……理由が女の子たちに負けたくないだけっていうあまりにも不純な理由だけど、この際それはどうでもいい。
俺は女の子に守られるだけなんてイヤだ。
いつかきっと、……この子たちを守れるようになろう。
……そういうものに、私はなりたい。
雨にも風にも、魔物にも魔王にも、世界にだって屈しない。
いつか、見返してやるんだ。……そんな風に思った。
……いや、そんな風に思わされた気がする。何にだ……?
「ツバサ様……? ホントに、だいじょうぶですか……?」
「……う~む、調子が良くないなら、横になっていると良い。なんなら栄養たっぷりのお粥でもご馳走しようか?」
少し思案に耽っていると、菊花は心配そうに見つめていて、アリシアはまたも惜しみない女子力を発揮しようとしていた。
……はっ! ひょっとしてこの女騎士様、俺に気があるんじゃないの……?
え、……でもこいつは勇者にホの字なんじゃないの? まさか、奪っちゃった……? 乙女のハートを盗んじゃった……?
私はとんでもないものを盗んでしまったようです。……それは貴方の心です!
「……と思ったが、どうやら大丈夫そうだな」
「そうみたいですね……。それじゃあ、先に行きましょうか」
「うむ。……とはいえ、この先にこれ以上の敵は現れないだろうがな」
「……そうですね。今のがここのヌシのようでしたし……」
あれ……? あれあれー?
おっかしいな。ついに俺に惚れてしまったアリシアと勇者による三角関係ラブロマンス篇に突入するんじゃないの?
「私はそれでも、この男と共に居たいのだ! すまぬ、勇者よ!」みたいな展開が来るかと思って、今から勇者にどういう捨て台詞を吐こうかメッチャ悩んでたのに!
「悪いな、勇者さんよ……。世界はお前にくれてやるが、こいつだけはくれてやるわけにはいかねえんだ……」とかニヒルに告げる案を採用させようかと思っていたのに!
「ツバサ様ー、置いてっちゃいますよー?」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「む、ウルフだな……」
気づけば俺の背後にはフィールドウルフが涎を垂らしながら唸っていた。
「あっぶね!!」
飛びかかろうと一瞬溜めを作っていたところへ、どうにか抜刀した剣をぶち込み、初手を俺のものとした。
そこから蹴りを食らわせて距離を離し、掲げたアイアンソードをそのまま眼下へ振り下ろす。
そのまま、ウルフは消滅し、ポップアップが表示される。
【フィールドウルフを撃破! 15の熟練度を獲得!】
「はぁ……、驚かしやがって……」
「おめでとうございます、ツバサ様!」
「うむ、無駄は多いが、今日で大分上達したな」
余計なお世話だ、まったくもう……。
菊花とアリシアが俺をみてクスクスと笑う。
笑われるのもなんだか癪だが、ついつい釣られるようにして、俺も笑ってしまったのだった。
一応ここで触れておかねばならないことがある……。
「珍しいですね、ツバサ様が神妙な顔をするなんて」
おい菊花。お前俺をなんだと思ってるんだ?
「ただの引きこもりニートですが、なにか変ですか?」
どう考えても変だろう。変なところしかないだろう。
あと、ツバサ様を尊敬してるとか、そういう設定はどうしたの? 時空の彼方に消えてしまったの?
「いえ、もちろん大事な主ですし、尊敬もしています。でもそれとこれとは話が別ですよ。ツバサ様は立派な引きニートです!」
何故胸を張る? まぁいい。微塵も良くないが良いということにしておこう。
今回俺が話したかったのはタイトルについてだ。
毎度毎度メタネタは俺担当みたいなところがあるが、今回ばかりは話させてもらうぞ。
「はい、そうですか」
何故にそんな淡白な反応……?
いや、気にしちゃ駄目だ。
ええい、とにかく!
この作品は当初〈異世界奇譚~翼白の攻略者~〉というタイトルだったんだ。
だが、なんだかパッとしないのである日、もっとシンプルに〈異世界奇譚~翼白のツバサ~〉に変更したんだ。
だからここで攻略者と書いてプレイヤーとルビを振っているのはそういう意味だったんだよ。
つまりは一度ここらでタイトルを回収しておきたかったんだよ。
「異世界奇譚は何なんです?」
これは説明すると長くなるんだが……。
いわゆる普通の異世界漂流ものだと、現代の知識とか過去とか、そういうのを異世界に持ち込んで無双するような話になるだろう?
「いわゆるなろう系というジャンルでしょうか」
それそれ。
だけど、俺の話は過去の記憶は存在しないし、いやそもそも本当はあるにはあるんだろうけどおそらく出てくることはほとんどないだろうし、もともと俺は最初から人間じゃないっていう話からスタートしているだろ?
なろう系として片付けるにはそもそも土台が少し間違っているんだよ。
「つまりそこが奇譚ということですか……」
そういうことだよ。
どうしても今回はそれを話しておきたかったんだ。
語弊があるといけないからな。
「だったら、もっと早めに話すべきだったような……」
仕方ないだろ! こっちだって不慣れな中がんばってるんだ! ずっとやってみろ! 必ず目標を達成できる! だからこそ! ネバーギブアップ!
「なんでそんな急に熱苦しくなったんですか?」
なんか途中からシジミが取れそうな気がしてきたからなんか思わず……。
ていうかこのネタが通じないところだけは異世界ものの最大の弱点だと思うんだよ。
「現実世界が舞台でもそれほど通じない気もしますけど……」
がんばれがんばれやればできる絶対に諦めるなもっと積極的にポジティブにがんばれがんばれ!
「いや、無理ですって。何なんですかそれ?」
今日からお前は、富士山だ!!