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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第二十羽(急)⑪

「さ、わたくしに着いてきてくださいます? 王様、騎士様」


 ロサーナの封印術に操られ、正気を失った様子の王者と近衛騎士。

 ロサーナは一度だけ振り返ると、〈勇者〉の姿を視線に収めた。


「ねぇ、アルス様。あなたはどこまで気づいていたんですの? わたくしがあなたたちを罠にはめようとしていたこと」


 問いかける先では、〈影武者〉と〈勇者〉が取っ組み合いの状態で戦っている。

 血の奪い合いという血生臭い争いは、思わず目を背けたくなる見苦しさだった。


 無論、返事などあるわけもなかった。


「さようなら、アルス様」


 大聖堂の崩壊は、ふたりを躊躇いなく殺すことだろう。

 そんなふたりに掛けるべき最後の言葉は、ロサーナには何もなかった。


 少なくとも、〈勇者〉に対して言葉を掛ける資格が、自分にあるとは思えなかったのだった。


 ロサーナが広場に出るのと同時に、大聖堂は崩壊した。


 〈覇者〉は先へ行ったのか、姿はもう見えない。

 巻き込まれたふたりのほうは、きっともう帰ってこないだろう。

 キャシーの亡骸も一緒に埋もれたことだろう。

 〈勇者〉と同じ死に場所なら、きっと本望だろう。


 そういえば、〈賢者〉はどうしただろう。

 同じく大聖堂の崩壊に巻き込まれたのかもしれない。


 他の魔族はどうなっただろうか。

 〈死者〉は?

 〈気狂い〉は?

 〈暗殺者〉は?


 〈お姫様〉もどこかへと行ってしまった。


 そうなれば、懸念はあとひとつだけ。


 〈王子〉はどこに潜んでいる?


 少なくともロサーナの近くにはいないらしかった。


――


 〈死者〉は手をこまねいていた。


 そもそも〈死者〉の持つ強みとは、奇襲性と不死性にあった。

 ひとりからなる軍勢――すなわち、亡者を蘇らせて戦わせるという突飛な戦闘手段と、何度剣で貫かれようとも死なない継戦能力こそが彼の強みだった。


 しかし、目の前の少女、ストレリチアはその弱点を看破していた。

 極めて強い浄化能力と一撃で仕留めきれる戦闘能力。

 このふたつを有している相手には、〈死者〉といえど迂闊に手を出せない。


 とはいえ、ストレリチア側もそれは同様だったらしい。

 急いで退避したいようだが、〈覇者〉の復活を妨げられては困るので妨害の手は緩めない。

 だが、こちらを見極めようとするその気配だけは感じ取れる。


 それゆえに戦いは拮抗していた。


 思い切って畳み掛けたいところだが、その隙を突かれるのは困る。

 それがお互いの心情だった。


 また、ストレリチアの仲間もなかなかに厄介だった。

 オオカミ娘の電撃は素早く正確だし、キツネ娘の大太刀と浄化魔法も広範囲に及んでいる。


 このままでは決め手に欠いている。

 それが〈死者〉の判断だった。


 だからこそ。

 奥の手を出すしかなかった。

 リスクを承知で、切り札を切る。


「よもやよもやであるぞ! これほどまでに追い詰められようとは! なればこそ、禁を破るしかあるまいて!」


 大太刀を納刀する。

 そして、虚空より闇がいづる。


 〈死者〉が闇を掴んだ。

 闇は広がり、やがてひとつの形をなした。

 長い柄、長い刃。


 すなわち、それは言うなれば。

 命を刈り取る死神の鎌であった。


 身構えるストレリチアの前で、〈死者〉は嗤う。

 そして、嗤いながら


 自らの首を斬り落とした。


 唖然とするストレリチアとその仲間たち。

 しかし、すぐに警戒を強めた。

 その危険性を把握したらしい。


 ――なかなかに早い判断だ。

 そうだ。これは吾輩の秘奥。


 生と死の狭間こそが〈死者〉の力の本領であれば。

 より死に近づくことで、その力の根源へと迫る。

 死の淵に迫ることで、〈死者〉は死を超越する。


『緋眼神さまより授かったこの力で、死の恐怖を教えてやろう!!』


 大鎌が、死の奔流が、荒れ狂う。


――


 ずっと待ち焦がれていた。

 愛する兄の姿を、ずっと待ち望んでいた。


 シャルロッテにとって、世界の全ては兄が与えてくれたし、世界の全ては兄のために存在していた。


 そんな兄を封印から開放することこそが、シャルロッテの悲願だった。

 今までのシャルロッテはそのためだけに生きてきたし、それだけが彼女の望みだった。


 最後のピースがようやく揃い、シャルロッテは駆け出した。

 愛する人の元へ、少女は全力で駆け抜けた。


 あまりにも長い時間だった。

 あまりにも辛い時間だった。


 すべての苦労も、すべての苦悩も、この瞬間のためのものだった。

 すべてをかなぐり捨てて、少女は走る。


 目覚めるべき場所へ。

 思い出の庭園で。


 あのときの姿のまま。

 あのときの表情のまま。


 少女は胸に飛び込んだ。

 顔に涙を浮かべて。


 その涙を拭う青年は、少女へ向けて微笑んだ。


「お兄様、やっと逢えた……」

「がんばったね、シャルロッテ……」


 青年の名はルセア=R=ノクタリア。

 〈覇者〉の血を引く青年である。


「シャルロッテ。教えてくれないかい?」


 ルセアはの声色は優しげで穏やかだ。

 だが、その一言だけは違った。

 強い覚悟と、決意を持って、言葉を紡ぐ。


「私が殺すべき相手、〈覇者〉ゼインはどこにいる?」


 歴史が、動き出そうとしていた。


――


 なぁ、面白い話があるんやけど、聞いてかへん?


 あんなぁ、それはとある神さまの話なんやけどな。

 そう、その神さまや。

 わかるやろ。えら~い神さまや。


 ほんでな、その神さまってのはな。実はふたりおったんやって。

 知らへんかったやねぇ。


 ひとりは……、ああ~ひとりって言うんかいな?

 それともひとはしら?

 まぁ、数え方はなんでもええんよ。


 ともかく、ひとりはあかい目ぇした女の子やった。

 きっとえらい可愛い子や、間違いあらへん。

 んでな、もうひとりは男の子やった。

 碧い目ぇの大人しい男の子やったんよ


 ふたりの神さまはず~っと仲良ぅやっとったんや。

 喧嘩もときどきしとったみたいやけどな。


 せやけどな、ずっと幸せなままにはならへんかったんよ。

 なんでやと思う?

 せやな。

 そういうところは人間も神さまも一緒なんかもなぁ。


 知っとる?

 世界っちゅうもんは神さまがいて初めて成り立つんやで。

 神さまが居ぃひんなったら、世界がどないなるか……。

 想像したことある……?


 ふふ、たぶん思てるのの何百倍もむごい有様やえ。

 星が消えて、空が消えて、遠い大陸があらへんなってな。

 段々段々いろんなもんが消えてゆく。

 なあんも残らへん。


 おっかないやろ。

 うちかておっかないわ。

 みんなそうやろ。


 死ぬんはおっかない。

 当たり前や。


 せやけどな、人は死ぬんや。

 人だけやない、神さまもみぃんな。


 そんで、残された神さまはどう思たんやろ。

 死にたいて思たんやろか。

 それとも、もうひとりの分まで生きよぉ、思たんかな。


 なぁんて、そんな与太話や。

 おもろいやろ。


 君に言うてんのや。

 ちゃんと聞いとるん?


 なに首かしげとんのや。

 わからへんのん?


 お前やお前。

 この文字を呼んどるお前に言うとるんや。


 ちゃんと返事しぃや。


 そや。

 ええ子やな。


 ええ子でいてくれたらまた逢えるさかい。

 元気で。

 ほな。

うち、京都弁とかようわからへんわぁ。

適当やさかい、間違いがあっても堪忍したってや。

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