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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第二十羽(急)⑧

 改めて〈武者〉と対峙する。


 状況は実質的に一対一だ。

 仲間たちもいるが、共鳴龍術をブーストする影響で戦闘への参加は厳しいだろう。

 ……まぁ、できないわけでもないだろうけど。


 参加してもらうにしても、タイミングは見計らわなければならない。

 おっとり刀で参加させても痛い目見るだけだろうし。


 〈武者〉はまた武器を大剣に変形させて身構えている。

 今までの大上段ではないのは、武器の変形を隠す必要がなくなったからだろうか。

 強靭な防御力と、圧倒的な火力に、変幻自在の攻撃手段まで揃えられてしまっては、こちらとしても打つ手がない。


 今までは大振り、近接攻撃のみという明白な特徴があったからこそ、手段を講じられたというのにな。

 いや、講じられてはいなかったかもしれないけども。


 本来であればこういう高火力の敵に対するなら、持久戦こそが最適解だったりするんだが……。

 しかし、敵の魔力が神に匹敵するレベルともなるとそうも言ってられない。

 その膨大な魔力が尽きるまで、どれだけ掛かるのか、想像すらもつかない。

 ……下手したら数年戦い続ける可能性だってあるぞ……?


 とにかく、持久戦はダメ。

 だとしたら短期決戦しかないか。

 いや、なにもそこまで極端じゃなくてもいいか?


 だが、下手に消耗すれば手数が減る。

 なにより、仲間の体力に限界がある。

 やはり、短期決戦一択だな。


 問題があるとすれば、そのチート級の防御力だ。

 大火力の攻撃でしかダメージを与えられない。

 龍術と魔法の組み合わせで大火力の攻撃を連発するしかない。

 手数が増えれば解析が進む。

 〈凋落者の跳躍〉も撃ちやすくなる。


 つまりやることはシンプルで単純。

 全力で攻撃を出し続けるしかない。

 可能な限りあらゆる能力を駆使して。


 手数が尽きれば負け。

 手数で押し切れれば勝ち。

 それだけの簡単なお仕事だ。


 まったく、涙が出そうだ。


「いざ、尋常に……参る」


 〈武者〉が一言、告げた。

 そして、最後の戦いが幕を上げた。


――


 リチアたちが転送された先には、尖塔の入口があった。

 リチアが見たところ、大聖堂と尖塔の間にある広間のようだった。


 亡者たちは大聖堂内にすでに侵入していて至るところで騎士たちとの戦いが繰り広げられている。

 その後ろ、ゆったりと歩を進めるのが〈死者〉。

 リチアたちが相対する敵である。


「ふうん、あれが〈死者〉ね……」


 見るのは初めてだが、およそ想定通りかな、とリチアは声に出さずに呟いた。


「うぅ、……鼻が曲がりそう、です……」

「……浄化の力が役に立ちそうでございます」


 そんなふうに告げる二人をリチアはそっと手で制した。


「5分で終わらせて、ツバサくんのところに戻りましょう」


 一瞬揃ってキョトンとしたあと、二人はしっかりと頷いた。

 リチアは悠然と歩きながら、解析の目を〈死者〉へと向ける。


 低い体温。生命エネルギーはほとんど感じられず、魔力が身体に巡っている。

 分かりやすいアンデッドの特徴を持ってはいるが、そこには明白な違和感がある。


 ……操られているならば、霊気の核が存在するはず。

 だけどそれが見当たらない。

 以前相対した時、ツバサはそう言って困惑していた。


 生きていないのに、死んでもいない。

 生命の基準から外れた存在、〈死者〉。


 確かに一見すれば、それは謎多き存在に見える。

 けれど、そんな曖昧な存在は、それほど珍しいものでもないのだ。


 長い時間、多くの世界を見てきたリチアからすればそれは、既知の存在。

 ありふれた敵の、一つに過ぎない。


「こんにちは、〈死者〉さん」


 リチアは朗らかに〈死者〉の前に躍り出る。

 〈死者〉と亡者たちが取り囲み、剣呑な空気が包み込む。

 しかし、対するリチアは柔和な笑みを浮かべたままだ。


「面白い冗談よね、仮死状態で〈死者〉だなんて」


 ギロリと、〈死者〉は闖入者を睨んだ。

 しかし、リチアは動じることもない。


「仮死状態の身体を死霊術で動かす。なかなか面白い発想だけれど、種が割れれば、弱点だってわかるものよ」


 亡者が一斉に飛びかかる。

 それをナズナが雷撃で引き飛ばし、ルリが大太刀で一掃する。


 ルリの魔法〈愛の謳〉(アイゼン)を使えば筋力マシマシの大技を使えるのだが、修行したルリは〈愛の謳〉の強化状態でなくても大太刀を振り回すくらいはできるようになっていた。


 亡者の相手は、二人でも充分に務まるだろう。

 リチアは再び〈死者〉へと向き直った。


「……我が一族の秘技を看破するか。名を訊いておこう」

「ストレリチアよ」


 〈死者〉は頷くと、大太刀を引き抜いた。

 奇しくもルリと同じような大きな太刀である。

 白く美しいルリの大太刀と比べると、〈死者〉の大太刀は黒く禍々しい。

 殺意と悪意を滲ませたような、恐ろしさを抱かせる太刀だった。


「我が名はハサド。魔族は三者の一人、人呼んで〈死者〉のハサドである!」


 無音で眼前にまで迫っていた〈死者〉の大剣を、リチアは涼しい顔で躱す。

 〈死者〉の懐に入り込んだリチアは、ぶつかり合う勢いを拳に乗せて一気に振り抜く。

 打撃を心臓に浴びせる。


 白突びゃくとつと呼ばれる打撃技である。


 まっとうな人間であれば、心臓震盪を起こさせて気絶させることができる技だ。

 もちろん、強者には効かない。

 せいぜい一瞬動きを止めるくらいだろう。


 だが、〈死者〉相手ではそれすらも望めなかった。

 弱すぎる鼓動のせいで、充分な効果が発揮できなかったのだ。


 無意味な打撃を打ったリチアに隙が生じる。

 その隙を見逃す〈死者〉ではない。


 リチアの首を掴み強引に押し倒す。

 そして大太刀を振りかぶった。

 喰らえばひとたまりもない。


 リチアは冷静に対応した。

 〈死者〉の軸足を払うと、転がりつつ距離をとった。


 バランスを崩しながら盛大に地面を斬りつけてしまう〈死者〉。

 〈死者〉が振り返る頃には、リチアは次の攻撃に移っていた。


 白炎。


 暁星の覚醒とともにツバサが発動した龍術である。

 もちろん共鳴中のリチアなら、このスキルを十全に使える。


 白い炎が〈死者〉にまとわりつき、継続ダメージと魔力の吸収が発動する。


 相手にとって有利な状況ではないはずだが、〈死者〉はニヤリと嗤った。


「フフフ……、強者よな、お主は。このような戦いを望んでいた。……ずっと。我が主も喜んでいることだろう」

「主……? 魔王のことかしら……?」


 「フフフフ……」と〈死者〉は底冷えするような声で嗤うばかりだ。

 リチアは警戒する。

 嫌な予想ばかり、当たってしまう……。


「もう、隠す必要もあるまい。魔王とは〈影武者〉よ。我らの主は、そう。主こそが……」


――


「ハハハハハ!! ハハハハハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 魔王が嗤う。

 嗤いながら大剣を振るう。


 対するアルスは、魔王の猛撃を聖剣で弾く。

 〈勇者〉の象徴たる光の剣で、必死に魔王に食い下がった。


 一撃一撃が地を割り、空を裂き、海を穿つような破壊の力だ。

 アルスは全魔力を込めた聖剣でそれらの猛攻を押し返す。

 だが、一撃すら入れられない。


 魔力も、戦いの経験も、単純な膂力すら敵わない。

 わずかでも気を抜けば、一瞬で命を落とすような地獄の遣り取りを繰り返すだけ。

 届かない。絶望的な彼我が、そこには存在していた。


 ――どうしたかった……?

 勝ちたかった……?

 そのために何をしてきた……?


 アルスは自問する。


 ――世界を救いたかった……?

 滅んでも良かった……?

 本当にやりたかったことは……?


 答えは出ている。

 分かりきった答えが。

 旅に出るときに、もう決めていたことだったはずだ。


 いつだって思うのはたったひとり。

 とある青年に託した、アルスの全て。


 目を閉じれば、いつだってあの緋色の瞳を思い出せる。


 ――どうせ、抗うことのできない運命ならば……。

 死は甘んじて受け入れよう。

 けど、ひとつだけ我を通させてほしい。


 歴史はやがて〈勇者〉を〈愚者〉と呼ぶだろう。

 それでいい。

 それが真実なのだから。


 ――アリシアだけ守れればそれでいい。

 残りは全部くれてやる。

 仲間も、僕の命も、僕の心すら、――いらない。


 そんな悲壮な決意すら、飲み込むように。

 ズブリ、と。不快な音が響いた。


「素晴らしい、……戦いだった」


 魔王の大剣が、アルスの胸を貫いていた。

 即死の一撃。

 キャシーの悲鳴が聞こえた、気がした。


 ――ようやく、ここまで来れた。

 〈勇者〉の役目とも、これでお別れだ。

 残念だったな、勇者の血よ……。


 アルスの身体は力なく項垂れる。

 勇者の血が、地面に撒き散らされる。


 ロサーナとキャシーは絶句する。

 魔王も戦闘の余韻を噛み締めるように目を閉じていた。


 戦いが終わった。

 人類の滅亡が、始まった。

 誰もがそう思っていた。


 異変に最初に気づいたのは、魔王だった。


「な……ッ?! 血が、我の身体に……?!」


 例えるならそれは寄生虫だろうか。

 あるいはスライムのような粘体生物か?

 流れ出した勇者の血が、意思を持つように魔王の身体に飛びついた。


「ええい、離れろ! 何だこれは?! 何なんだこれはァァァ?!」


 まとわりついた血液が、爪の間から、毛穴から、口へ、鼻へ、入り込もうとしている!

 液体であるがゆえに、振り払うこともできない。

 抜け出すことができない。


 慌てて飛び退るが、それでも血が、侵入を続けようとしている。


「ぐぬぅ、ロサーナ! 早く封印を解け! 我のことなど気に留めるな!!」


 状況が理解できないまま、ロサーナはキャシーへと向き直る。

 涙目で呆然としたままのキャシー。

 ロサーナはナイフを鞘から抜いた。


「なんなの……これ……?」

「わたくしが分かるわけありませんわ。そして、あなたには理解する必要もありませんの……」


 狂乱の只中で、戦いは最後の局面を迎えようとしていた。

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