第二十羽(急)⑦
城壁を粉砕して現れた〈武者〉。
赤黒い甲冑を身に着けた大男が、ゆらりと大太刀を持ち上げる。
「……また貴様らでござるか。三者でもなく三使でもない……いや」
〈武者〉の眼光が鋭くなった。
こっちのメンツを見ているのか?
「三使の気配は感じられるが……、それだけではない、か……?」
三者の気配ってのはアリシアのことか?
確かルリも三使だかなんだかの良いところの血を継いでいたはず。
ナズナは……関係ないな。
「いずれにせよ、障害であるならば此処で摘むしかあるまい。ここまで拠点に近づいておれば軍師も文句は言わぬでござろう」
〈武者〉が大上段に構える。
それだけで姿が大きく見える。
まさしく、圧倒的な覇気だ。
覇王色使いなんじゃないかってくらいに。
そして、グンと圧力が高まる。
一気に来そうだ。
何が起こるかわからない以上は、サポートはリチアにぶん投げるしかなさそうだ。
生憎と仲間たちには前線を任せられないからな。
「リチア、共鳴を使うからみんなのことは頼んだ」
リチアはそれだけで意思を汲んでくれたらしく、コクリと頷きを返した。
さて、リチアに後を任せられるのなら、何の憂いもなく共鳴とやらを試せる。
共鳴龍術。
おおまかにこれは二種類に分けられる。
従者の龍術を自分の力として使う術。
そしてもうひとつは、自分の龍術を従者に使わせる術だ。
どちらもそれ自体の消費エネルギーは大したことはない。
だが、増幅させて使う場合は、その限りでない。
今回のように仲間の技量が足りていない場合、消費エネルギーを増幅させることでレベルアップした術を使えるようになる。
しかしそれには、従者や俺自身にも負担がかかる。
負担がかかればどうなるか。
たぶん、俺はしばらく戦闘不能に陥るだろう。
増幅された従者も同様だ。
今回の戦闘では使い物にならなくなる。
魔王戦には参加できなくなるだろう。
その選択は正直な話、かなりリスキーだ。
勇者がどの程度やってくれるかわからんが、〈武者〉でこれなんだ。
〈魔王〉は更に恐ろしい相手になるだろう。
だからといって、〈武者〉相手に手は抜けない。
こいつは必ずここで倒さなければならない相手だ。
だからこそ、俺は覚悟を決めた。
これでダメなら、もうしょうがない。
やるしかないんだ、と。
開放された龍の力が、俺の中で渦を巻いた。
〈翼白〉を展開。
周囲のエネルギーを刈り取ってゆく。
〈武者〉が振りまく周囲の魔力エネルギーすら食い物にしているのに、彼我の差は埋まる気配すらない。
魔力の量で圧倒的に負けている。
更に〈白炎〉を展開。
あたりに消えない白い炎が燃え広がる。
〈白炎〉は継続的な効果を持つ。
その効果は、敵の魔力減衰を俺への魔力支援だ。
そのうえ、溜まり続けた魔力量が一定値を越えると大技が発動する仕組みもある。
問題はそれを起動させてもらえるかどうかなんだが、まぁできたらラッキーくらいに思っておこう。
俺の奥の手は、共鳴龍術。
というか、リチアのスキル〈無敗を誇る階〉(バーティカル・ワン)による一撃必殺だ。
発動できたら勝ち。
言うなればエ○ゾディアである。
エターナルフォースブ○ザードといっても良い。
この条件を満たす。
それだけの戦いだ。
というよりも、それ以外の勝ち筋が存在しない。
問題はその解析にどれだけの時間がかかるか。
その間、生き残れるかどうか。
全てはそこに集約されている。
やれるか?
いや、やるしかない。
それ以外にどうしようもないのだ。
敵も、待ってはくれないらしいしな。
振り下ろされた斬撃が、石畳を砕いて周囲に四散する。
俺の加速した意識が、飛び散る瓦礫をスローモーションの映像として視界に写した。
たぶん〈思考加速〉的なスキルが発動しているはずだが、覚えた記憶はまったくない。
暁星が目覚めたときか、あるいは水鏡のほうか?
もしかしたら共鳴龍術のほうかもしれないが。
景色がスローモーションになったところで、俺の身体が通常以上に速く動けるわけではないので、舞い散る破片を躱しつつ攻撃の隙を窺う。
その瞬間、〈武者〉と目が合った。
態勢を崩すための技で、瞬時に立て直されたからか。
一瞬、驚いたように目を見開くと、次の瞬間にはフッと笑った。
目は口ほどに物を言うというが、俺にはわかっちまったよ。
「ならば、本気を出しても良さそうだ」ってところか。
〈武者〉の振り上げた大剣が、ぐにゃりと形を変える。
なめらかな動作だが、よくよく見ればそれが機械的な変形だとわかる。
ギミック付きの武器というのは、あまり想定していなかったな。
どうにもそういう小手先の技術よりかは、剣一本・身体一つで戦うのにこだわっているもんかと思っていた。
ともあれ、まだスローモーな世界にいるので、対応は可能だ。
大剣を振り上げる勢いのまま、飛んできたのは鉄球だ。
鍔あたりの装飾かと思っていた部分が、モーニングスターみたいな形状の棘付き鉄球としてまっすぐに飛んでくる。
俺はそれを剣で受け流したが、すぐにそれが失敗だったと思い知ることになる。
ォォオオオオオ――――ッッッ!!!!!
鉄球の影に隠れるようにして、〈武者〉自体が突進してきていたのだ!
俺はそれを躱すこともできず、受け止めるのも間に合わず、もろに食らってしまう。
顔面に膝蹴りを食らい、衝撃が脳を揺さぶる。
そのまま吹っ飛ばされるかと思ったが、胸ぐらを〈武者〉に掴まれていた。
器用なやつだな。
そのままザザザ――――と地面に胴体着陸する飛行機みたいにこすりつけられ、最後は俺を踏み台にしてやつは飛び上がった。
俺は視線だけで俺の吹っ飛んだ先を見るが、そこには頑丈そうな城壁が待ち受けていた。
やべえって。もう、受け身も間に合わ――――、
ズゴゴグシャアアア――――!!!!
訳のわからん衝撃と痛みに意識が明滅する。
降り注ぐ瓦礫の雨。
俺はもう前後感覚すら消失し、身体を丸めて衝撃に耐え忍ぶだけで限界だ。
クソ、ヤバすぎるぞこいつ……。
一瞬で思い知らされてしまった。
わからされてしまったぞ……。
出し惜しみしてたつもりもないが、無意識にセーブしてたかもしれない。
油断はできない。一瞬の気の緩みすら危険だ。
最初からハメ殺すくらいのつもりで挑まないと、呆気なくゲームオーバーだ。
もはやこれは金網デスマッチだ。
奈落へのチキンレースだ。
ロシアンルーレットの引き金を引く直前だ。
それくらい明確に死が目前に迫っている。
そういう前提を忘れてはいけない。
〈不死鳥〉だとかそういう生ぬるい設定は忘れろ。
殺すか殺されるか。
そういう二択を想定するのだ。
これは、命の遣り取りだ。
互いの命を摘み取る戦い。
殺さなければ、殺されるのだ。
死んでも生き返れるだとか、そういう甘い考えを捨てろ。
冷静に、冷徹になれ。
「龍術、共鳴ッ……!!」
声を絞り出し、仲間の力を借り受ける。
夕凪の能力、サーチ(能力名未決定)のスキルが最適化され、敵の姿を瓦礫越しに描き出す。
それを〈無敗を誇る階〉で解析する。
わかるのは圧倒的なフィジカルの強さ。
訳のわからんくらいの膨大な防御力がやつを守っている。
明らかにチート級。
戦闘力は53万どころか、53億だと言われたような気分だ。
ディスガ○アじゃねえんだから。勘弁してくれ
更に感覚を広げる。
勝ち目を探して、というよりもなんだか不安要素を感じたからなんだが、予想は裏切らなかった。
大聖堂に敵戦力が集結しつつあるようだ。
中央には……魔王だろう。
これは勇者に丸投げでいいか。
……っていうか、マジで〈武者〉と同格なんだが……。
がんばれ勇者。俺はもう知らん。
北側には〈死者〉がいる。
軍勢もまだ健在っぽいな。ほっとくとまずいかも。
塔の上部にはやたらと素早い魔族がいるな。
まだ戦闘中のようだが、何かしら手は打ちたいところ。
それから、あの魔族の少女。
一度俺を殺したあの女の子は南側、魔王の後ろにいるか。
後方にいるということは積極的に戦闘に参加するつもりがないのか。
西側にはまた強い気配を放つ魔族。
騎士が惨たらしく殺されているが、侵攻は速くない。
騎士には悪いが戦局に影響が少ない以上は放置でいいか。
いくらなんでも手が足りない。
仲間たちを向かわせるにしても龍術共鳴のブーストで負荷がかかるから、夕凪と菊花とアリシアは向かわせられない。
送るならリチア、ナズナ、ルリだけか。
行かせるなら北側の〈死者〉だな。
遅延させるだけでも効果はありそうだ。
それよりまず、瓦礫から抜け出さないとな。
俺は〈凋落者の跳躍〉で仲間たちのもとへと瞬間移動し、リチアとナズナとルリを送るゲートを召喚する。
傷は〈不死鳥〉で治してあるので、ふらつくようなこともなかった。
仲間たちは混乱の極地にあるようだったが、リチアだけはさすがに理解が早い。
即座に納得し、仲間たちを説得するとすぐにゲートへと飛び込んだ。
「バサ兄、負けるな、です!」
「旦那様、ルリの心はいつも貴方様の傍にあるのでございます」
そう言って、二人もゲートに吸い込まれていった。
敵さんは律儀に待ってくれていたようだな。
「待たせたな」
「いや――」
〈武者〉は頭を振る。
「もう、思い残すことはないでござるな……?」
……ふざけやがって。
「そっちこそ、辞世の句は用意してあるよな?」
ハハ、ハハハハハ……ッッ!!!
〈武者〉も俺も笑い声を上げた。
もちろん、楽しいわけじゃない。
少なくとも俺はな。
ただ、全力を以て敵を殺すと、そう心に誓ったのだった。