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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第二十羽(急)⑥

 魔王と勇者の再会は、唐突だった。


 教皇が大聖堂を出ようとしていた。

 敵を駆逐するため、だったはずだ。


 勇者はそれを見るともなく眺めていた。

 そこから先は、明確な死しか待ち受けていないというのに、教皇はそれを理解できないらしい。


 大聖堂の大扉をゆっくりと開き、その影に身を滑らせようとした瞬間、その身体を大きな剣で貫かれた。

 まるで雑魚をあしらうようにあっさりと、教皇は死んだ。


 実際、魔王からすれば本当に雑魚なのだろう。

 教皇の死骸を面倒そうに払い捨て、魔王は大聖堂の祭壇前へと足を踏み入れた。


 ここに来るまでの守衛はどうした、とかそんなことは疑問にも思わなかった。

 勇者が感じたのは、思ったよりも早かったな、という程度の感想だった。


 酷く感情が摩耗している。


 そこまで冷淡な性格だっただろうか。

 あるいはこれも勇者の血の効能なのかもしれない。


 ロサーナやキャシーはもう少し深刻な顔をしているから、やはりおかしいのは自分の方なのだろうと、勇者はそう判断した。


 王者のほうの顔色は伺えないが、まぁ仲間たちと似たりよったりといったところだろう。

 あまり気にもならない。


 考えることはそう多くない。

 魔王と戦う。

 それだけだ。


 控えめに見ても勝てる可能性は万に一つもないだろう。

 力量差は圧倒的だ。

 歯牙にもかからない。


 ――ああ、そうか。

 冷静な理由が少しわかったかもしれない。


 ――僕は、此処で死ぬのか。

 だから変に冷静なのだろう。

 自分が何処か遠くにいるような感覚。


 俯瞰して自分を見下ろしているようなこの感覚は、アルスがもっとも嫌っている勇者の血に支配される感覚だ。


 身体と血液が、別物の生き物のように脈動し、戦うための存在に昇華する。

 何のことはない。勇者としての特性のひとつ、魔術と武術を同時にこなせる理由、魔法を二属性操る技能の正体は、血液に別の人格が宿っているからに過ぎない。


 ――こうして僕は勇者に成り代わる。

 また僕に戻れるかどうかは、わからないけれど。


 振りかぶった剣を、魔王へと振り下ろす。

 大剣で受け止めた魔王は、高らかに嗤う。


 ――僕が最後にあんなふうに笑ったのは、いつだっただろう。


 アルスの想いを知る者はいない。

 だが、その場にいた誰しもが、その剣戟を見守っていた。


 魔王の大地を揺るがすような大上段からの一撃をアルスは懐に飛び込んで躱す。


 ニィ、と魔王は笑みを浮かべる。


 踏み込みからの一閃突きは強固な鎧に阻まれてしまう。

 それを読んでいたアルスは同時に光魔法を発動。

 しかし、それすら魔王にはダメージを与えられていない。


 魔王が更に一歩踏み込む。

 剣の柄を利用した強烈な振り下ろし。


 アルスは身体を捻ってなんとか躱すが、バランスを崩してしまう。

 そこを見逃す魔王ではない。


 次いで繰り出されたのは魔王の膝蹴りだった。

 さすがに躱しきれず、吹き飛ばされてしまうが、同時に跳躍することで勢いを殺すことはできた。


 だが、無傷とまではいかなかった。

 思わずよろけた身体を剣を支えにしてなんとか踏みとどまる。


 わずか一瞬の攻防だったが、それでも力量差は並ならない。

 アルスは深く息を吐くと、体勢を立て直した。


「そうだ。そうでなくてはな」


 魔王には疲労もダメージも見受けられない。

 それだけの格の違いがある。


 ……勝てない。

 ………………勝てない?

 ……いや。


 勝てないから何だ。

 万に一つの可能性がないのなら、十万回試せば良い。

 可能性がゼロでないのなら、数を打てばいつかは当たる。


 脳裏に浮かぶのは赤髪の少女。

 そうだ。唯一守りたかったものは、世界でも自分の命でもない。


 魔王はいずれアリシアを害する存在だ。

 それがわからないほど、自分は愚か者じゃない。


 勇者に支配されても良い。愚者と嘲笑われても良い。

 アリシアを守れるのなら、他のことは何だって良い。

 そう思っていたんじゃなかったのか。


 スキル〈聖剣〉。

 それは唯一魔王を倒せる可能性のある能力。


 もう二度とアルスに戻れなくなっても良い。

 勇者という名の人形になることも厭わない。


 ただ、この瞬間のために全てを出し切る。


 ――僕は、〈勇者〉になる!!


「聖剣、……抜刀!!!」


 意識が遠退く。

 剣に、聖なる光が宿る。

 魔王を穿つ為の剣。

 世界を救うための剣。


 ――そして、僕の心を殺す剣。

 二度と僕が僕に戻れなくても、大切なものを失うよりかは、よっぽど良い。


 そして、勇者の猛攻が始まったのだった。


――


 一方俺たちはと言うと、尖塔の真下まで辿り着いたところだった。


 そしてそこでまたしても強大な気配に感づいてしまう。

 濃厚な死の気配。

 強すぎる甲冑の男。

 無敵の〈武者〉。


 回避できればそれに越したことはないが、この局面で現れるか。

 運命の女神様はどうあっても俺に絶望をプレゼントしたいらしい。


 その格はもはや神に近い領域にまで踏み込んでいるとか、チートも良いところだ。

 どうする?

 どうしようもないのか?

 本当に戦うしかないのか?


 俺は視線だけでリチアに問いかける。


「逃げる選択肢も十分にありだと思う。戦っても戦わなくても、同様に時間はかかるもの。けれど、逃げるというのならそれにはひとつ大前提が存在するわ」


 意味ありげに言われなくたって、大方予想はついている。


「向こうが逃してくれればの話だろう?」


 菊花が身構えつつ、言う。


「敵もこちらに気づいたようです」


 そして、アリシアが叫んだ。


「来たぞ! 全員態勢を整えろ!!!」


 尖塔と城壁を吹き飛ばし、ド派手どころか致命的な登場を果たそうとする〈武者〉。

 瓦礫の爆発に巻き込まれるだけで死にかねないので、全員で飛び退いた。


 アリシアの号令の早さと、俺の風の補助を受けてなんとか全員が避けきれたが、砂埃も凄まじい。


 風でそれらを弾き飛ばせば、絶望が顔を覗かせる。

 どうやら、逃してはくれないらしいなクソッタレ。


「我らが悲願を邪魔させるわけにはゆかぬでござるよ」


 〈武者〉は悠々と大太刀を構える。

 覇気は幾千、幾万の戦士にも劣るまい。

 一騎当千、いや一騎当万でも足りるかどうか。


 対する俺たちはチート能力もあるにはあるが、あいつには効かないことは立証済み。

 暁星の白炎でも時間稼ぎしかできなかった。

 こいつを倒すには、もっと決定的なパワーが要る。


 試してない能力は何だ?

 複合属性魔法か?

 某メドローアみたいに超高温と超低温を同時に放つような、特殊な組み合わせならワンチャンあるのか?


 いや、神に近いレベルの相手に小手先の技能でどうにかなるとは考えにくい。

 というよりもエネルギーの特性とかじゃなくて、エネルギー量そのものをどうにかしないと痛痒すら与えられないはずだ。


 もっと別の方法だ。

 何かないのか?

 龍の権能でも何でも良い。

 膨大なエネルギーを生み出し、それを攻撃に転化する方法は……!


 どうなんだよ、他の人格さんよ……!?


 ………………

『ひとつだけ、可能性はあります』


 何でも良い!

 可能性があるならそれに賭ける!

 どうすれば良いんだ!


『龍力の共鳴です』


 声は淡々と告げる。


『龍の眷属の能力を借り受け、あなたの力として行使します。本来これだけならばリスクはさしてありません。今回問題となるのは、眷属の能力不足です』


 眷属の能力が、足りない?

 仲間たちの熟練度が、まだ低いっていう意味か……?


『ストレリチアの〈凋落者の跳躍〉(イグジット)、〈無敗を誇る階〉(バーティカル・ワン)以外のスキルが基準に届いてません』


 それだと、どうなる?


『ブーストさせれば限界突破できます。そのためのエネルギーは〈翼白〉と〈白炎〉から吸収可能です。しかし、デメリットとして術者・提供者ともにダメージが残ります。続けての戦闘は困難となるでしょう』


 つまり戦線離脱か……。

 他の強敵は誰がいる?

 魔王、死者、後は魔族の三使もいるかもしれないな……。


 あれ……?

 詰んでね?


 なぁ、新しい人格さんよ。

 〈武者〉を放置して進んだり、龍力の共鳴を使わずに勝つ方法なんてあると思うか?


『そんな都合のいい方法はありませんよ、もうひとりの私』


 だよな。

 訊いてみただけだ。


『それと、私のことは水鏡みかがみと呼んでください』


 OK。

 そういや、俺はなんて呼んでもらったら良いんだ?

 オタクの人格だから……何だ?


『今の所は新顔で通ってますよ』


 マジか。

 まぁいいや、何でも。


 じゃあそろそろ、反撃と行きますか!

スキル〈完全透析〉(フルアナライズ)は透析の意味が全然違ったので〈無敗を誇る階〉(バーティカル・ワン)に名称変更しました。

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