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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第二十羽(急)④

 ミケは見ていた。

 蹂躙される王国を。

 終わりゆく人の歴史を。


 シェリーとビリーの決死の戦いで、尖塔が崩落した。

 それは結界が消滅した瞬間でもあったのだ。


 勢いづく魔王軍。

 多極的に進んでいた戦闘が、中央へ集結してゆく。

 今にも世界が、終わろうとしている。


 否、終わろうとしているのは人の歴史だ。

 人族の終わりでしかない。


 魔族の世界はここから始まる。

 始まる、はずだ。


 だというのに、一向に気分は晴れない。

 望んでいたはずだというのに。

 腐ったパンを齧ったみたいに、不快感が胸を締め付ける。


 そんなにも自分は、センチメンタルな気質だっただろうか。

 ミケは自問する。


 ミケは冷徹で、仲間の犠牲など気にせずに目的のために邁進できる強い魔族ではなかったのか。

 今までにこんなことは何度もあったはずだ。

 仲間の死は、そこまで珍しいことでもなかったはずだ。


 幼馴染の二人だから、特別なのだろうか。

 あるいは……。


 気づいてしまったからなのかもしれない。

 救いのない戦いだったということに。


 人族を倒して、魔族の世界を作る。

 魔族が虐げられる世界を一新する。


 それこそが目標だった。

 掲げるべき理想だった。


 そうして望んだ光景が、これなのだろうか。


 燃える街。見渡す限りの屍体。屍体。屍体。

 この街が今後、笑顔で満たされるような街になるだろうか。

 魔族の幸せな暮らしが、この先に待ち受けているのだろうか。


 ミケには想像できなかった。

 この街は、もう終わった。

 ここから先は、逃れられない終着点が待っているだけだ。


 ふと、背後を見やる。

 サニーが穏やかに寝息を立てている。

 ……目を覚ますまでは、まだ掛かりそうだった。


「ま、何をするにせよ死線に突入するほど馬鹿じゃにゃいにゃ。このまま見届けてやるにゃ」


 ミケは静観することに決めた。

 この趨勢の果てに、何が待ち受けているのか。

 それだけは見定めなければならない。

 そう、感じていた。


――


 大聖堂を守っていた結界は外敵の侵入を防ぐという効果のものだった。


 しかし、結界の尖塔のひとつが狂信者ローランが守護していたことにより、自爆攻撃をしたローラン諸共崩落した。


 結果、結界は破られることになる。

 これは狂信者を尖塔に配置した指揮官のミスとも言えるが、狂信者を止められるものがいなかったことも事実だった。

 かくして、それぞれの尖塔に魔族軍が集結し、戦いはより激しさを増した。


 敵も味方も見分けがつかないような、大混戦と成り果てることになる。


――


 亡者の群れが、北方の尖塔へ群がっていた。

 結界は解除されたはずだが、かと言って容易に侵入できるわけではないらしい。

 単純に扉を破壊すれば通れる、というわけにはいかないようだった。


 そう判断した〈死者〉は剣を手に取った。

 大上段に構え、そのまま真っ直ぐに振り下ろすと、門扉は跡形もなく粉砕された。


 群がる亡者が我先にと出口へと群がった。

 その先で亡者の身体が弾け飛ぶのを見て、〈死者〉は目を眇めた。


 尖塔を抜けた先、大聖堂前の広間にて待ち構えているのは、怪しげな機甲兵器たちだった。

 見渡す限り、ざっと五十体はいるだろうか。

 仕組みはともかく、威力は侮れないものがあった。


「私は三使が一人! 大商人キンドである!! 我が財力の限りを尽くして、私が貴様を討つ!!」

「……ほう、面白いのであるぞ。我が亡者の群れ、狩り尽くせるものなら狩り尽くして見せよ!!」



 その機甲兵器たちは巨大な藁人形のような不格好な存在だった。

 大きさは一般的な成人と同じくらいか、手足を動かして二足歩行を果たしているようだ。

 そこまでで言えば性能は高いのかもしれないが、戦闘用という意味で考えれば充分ではないだろう。


 二足歩行もなんとか動けているといった程度で、剣や槍を持って戦うような安定性は獲得できていない。

 しかし、その恐ろしさはそこではなかった。


 不格好な人形に飛びかかる亡者たち。

 剣で腹を突かれ、腕を切られ、首を落とされ、人形たちは崩れ落ちた。


 まさに、その瞬間だった。


 人形が激しい閃光を伴って自爆したのだ。

 亡者たちはたまらず身体を焼かれてしまう。


 最初に亡者たちを吹き飛ばしてみせたのは、まさしくこの自爆攻撃だったのであろう。

 その威力は侮れないものだった。


 一体の自爆攻撃で三体の亡者が戦闘不能に陥ってしまった。

 とはいえ、これで対策は練られる。

 こちらの犠牲を減らして向こうを潰せば良いのだ。


 〈死者〉は亡者たちに号令を掛ける。

 それには声を発する必要もない。

 死霊術は無詠唱で操作ができる。

 でなければ亡者を動かすたびに詠唱が必要になってしまうからだ。


 号令を聞き、亡者が散開する。

 巻き添えを喰らわないように、距離を取り人形を仕留める。


 人形が爆発する。

 亡者がそれに焼かれるが、すぐに追加の亡者が後からやってくる。

 所謂人海戦術だ。


 数だけならどの部隊よりも充実している、たった一人からなる〈死者〉の軍勢だ。

 自爆する敵など、取るに足らない。

 盤面は〈死者〉の圧倒的有利で進むことになるのだった。


 そうして、亡者共の無謀な進行を許すことになったのだが、商人キンドは手を変えなかった。

 それしか策がないのか。あるいは不利を察してすらいないのか。

 〈死者〉は僅かに警戒をし始めていた。


 そして、その予測は正しかった。


 勢いづいた亡者の軍勢が、数の減った人形たちにたかり始めた頃、ようやくキンドが攻勢に移った。

 否、それはチェックメイトだった。


 尖塔の上、見上げればそこには巨大な人形がいた。

 それが〈死者〉の頭上から落ちてくる。


 もし、質量と威力が比例するならば、その威力は如何ほどだろうか。

 考えられたのはその程度だった。


 覆いかぶさるように降ってくるそれを、〈死者〉は躱すことすらできずにその身に浴びてしまう。


 大規模な爆発が、大聖堂を揺らした。


「ケホッ! ケホッ! ……少々やりすぎましたか。ですが、如何です?! これが商人の戦い方です! まぁ尤も、もう返事などできないでしょうがね」


 高笑いする商人。

 最高傑作を惜しみなく使った大勝利。

 本来ならば魔王に対して使いたかったところだが、幹部クラスを仕留めただけでも充分の戦果と言えよう。


 商人は勝利の報告をするべく、伝令を呼び寄せたまさにその瞬間のことだった。


 ――死霊術、起動。

 自らの身体を再操作し、瓦礫の除去を開始。

 ……損傷箇所過多。術式により強制稼働開始。


 ガラガラ……、崩れた瓦礫が僅かに動いた。


 ――頭蓋骨損傷。内臓破裂確認。

 術式による代理臓器を生成。

 肉体の再起動を開始。


 断裂した腱が引き絞られ、〈死者〉が太刀を握り込む。


 ――魔力回路の再起動を開始。

 戦闘態勢を続行します。


 〈死者〉は、まだ眠らない。


 直後、広間には悲鳴が響き渡った。

 あとに残されていたのは、商人の屍体と、弾け飛んだ人形の残骸だけだったという。

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