第二十羽(急)③
ピシリ。
ミシミシミシ……。
そんな不快な音が聞こえた気がした。
幻聴か……?
にしては身の毛がよだつような不快感が頭から離れない。
疑問に思って仲間たちを見れば、同様に頭を抱えたり首を傾げたりしている。
「ツバサ様、これは……!」
「何なのだ、いったい……?」
幻聴ではなかったらしい。
とはいえ、尋常ではない出来事なのは間違いないだろう。
「リチアなら、何か分かるんじゃないのか?」
「期待してくれてるところ悪いんだけど、私にもわからないわ」
リチアは首を振りつつも、こう続ける。
「ただ、大規模な術式の余波だと思うわ。具体的に何かはわからないけど、世界を軋ませるほどの術式なんてそう何個も思いつかないわね」
大規模な術式……。
世界を揺るがすほどのエネルギーが使われるものだと……?
そんなもの思いつくわけな……
「……いや、あるな。ひとつだけ、っていうかひとつしか……」
「ええ、封印術式。それしかないでしょう。ただ、問題があるとするなら何故このタイミングでってことだけど……」
そうだ。普通に考えたらおかしい。
何故なら、封印術式はもう既に解かれてしまっているはずなんだ。
でなければ魔王が地上を闊歩している理由が思いつかない。
ほかに何かが封印されてる?
更なる大魔王か?
それとも兵器か何かか……?
いや、そもそも異常な亀裂音の原因が封印の亀裂だと決まったわけじゃない。
それ以外の要因だって考えられないわけじゃないんだ。
封印の揺り返しとかかもしれないしな。そんなものがあるかどうかはわからんが。
逆にもしかしたら徐々に封印が進んでいる証なのかもしれないし……。
原因はともあれ、魔族の目的がわからない以上こちらとしてはどうしようもない。
何故魔族にも三者がいるのかもわからないし、奴らが何を警戒しているのかもわからない。
常識的に考えれば奴らの目的は封印の阻止だ。
人族がやろうとしている魔族の封印術式を阻止しようとしている。
そのはずなんだ。
だが、やけにその動きが消極的なのがおかしいんだ。
あれだけの強さがあればもっと容易く阻止できたはずだ。
それこそ勇者を殺せば全てが終わるんだから。
一度黒肌の色っぽい姉ちゃん――ロサーナだったか?
あいつが攫われたことがあった。
しかし、殺さずに捕らえていたな。
殺せば問答無用で魔族の勝ちだったにも関わらず。
魔族にとって、封印の術式は恐ろしいものではない?
それならば何を恐れている?
何をしようとしているんだ?
そもそも封印術式自体が謎すぎる。
具体的に何が起こって、何が封印されるんだ?
魔族の封印って、そもそも何だったんだ?
魔族たちが異空間に囚われるってことなのか?
四次元的な拘束?
そういえば武者が千年振りみたいなことを言っていた気がするな。
それが封印からの解放だとすれば辻褄は合う。
魔族は封印されていた。
最近になってそれが解放されてしまった。
そこまでは間違いないだろう。
原因は不明だ。
探せば誰かは知っているのかもしれないが、少なくとも俺たちは誰も知らない。
だが、何らかの要因で魔族たちの封印は解かれてしまった。
それは何故だ?
そこがわかれば糸口が掴めるかもしれないってのに……。
「ねぇ、ツバサくん。最悪な想像を聞いてもらっても良い?」
え、やだ何それ。絶対に聞きたくない。
こういう頭の良い奴の最悪の想像なんて、絶対に心臓に悪いに決まってるだろうが。
やだやだ、知らない知らない、あーあーあー。
「まだ、魔王が封印されてる可能性も、あるんじゃないかしら」
?????
何言ってるのこの人?
頭がおかしくなっちゃったのかしら?
「なんじゃなんじゃ、もう妾にはついて行けないぞ? 魔王ならもう何度も話に出ておるではないか!」
そうなんだ。
第一にその逸話が既に魔王以外の何者でもないという強さなんだ。
門を力でこじ開けたり、勇者と相対したり……。
「そう、だから魔王の部下がそれだけ強いってことよ」
そんなバカな……、いくらなんでもそれは荒唐無稽に過ぎる。
今までの自称魔王すら魔王の部下で、その裏には真の魔王がいるってことか……?
確かに一瞬だけど、大魔王がいる……だなんてそんな妄想はしたけども、俺だってそんなん一蹴したぞ?
大体、そんなのがいたらこの世界は詰んでいる。
勇者ですら魔王の部下と同等の強さで、その裏にはさらに強力な魔王がいる。
それなんてクソゲー?
やってられるか。
絶対に勝てないボスの後に、もっと勝てないボスがいる。
アルテマウエポンの後にオメガウエポンがいるみたいな話だ。
インフレ乙。
今時少年漫画だってもう少しインフレ抑えるだろ?
いくら何でもありえないって。
そんなふうに否定しながらも、俺は思い出していた。
あの〈武者〉の異様な強さを。
あれは多分、話に聞いていた魔王と同格なんじゃないかって。
だとすればその裏にさらに凶悪な魔王がいたって不思議じゃあない。
もし、問題があるとすればそれは強さの格が高過ぎるってことくらいだ。
俺の強さは龍と呼ばれるランクにある。
これは神の次。
実質世界最強の名を欲しいままにできるって訳だ。
そんなチート状態と同格が他にも数人。
自称魔王と武者、……勇者のほうはここに入るかどうかはわからん。
パワーバランスはわりとおかしい。
何故なら龍は世界の創生を司る存在だなんて言われているらしいんだ。
俺には世界を亘る力が宿っているし、他の龍にも同等の超常的な力が宿っている。
ちなみにこの世界に生息している竜と、伝説上の存在である龍は、響きは同じでも強さは全然違う。
竜はトカゲ系の始原にあたる生命体で、強さは良くても精霊クラスまでが限界。
龍はというと神が直接生み出した存在で、物質世界は龍が作り出したものらしい。
そういう意味で格が違う。
自由帳とデスノートくらい違うと思ってくれ。
逆にわかりづらいか? そいつはすまん。
はっきり言って龍の時点で、俺たち人間からすれば神と言っても良いくらいの戦闘能力を持っているんだ。
何なら既に人間やら魔族には太刀打ちできない頂上の存在なんだ。
にも関わらず、この世界には〈武者〉がいる。
自称魔王もいて、その裏には大魔王がいるだと?
この世界の神はどうなっちまってるんだ?
ただの人間にそこまで力を分け与えて、一体何をしようとしているんだ?
……いくら何でも最悪の想像すぎる。
もし本当にその想像が当たっていたら、俺たちにはどうしようもない。
俺の強さはどう足掻いたって龍の領域が限界なんだ。
そもそもその力すら取り戻せていないが、仮に取り戻せたとしても、同格の敵が複数いたら勝負にならない。
この世界はどうしようもないくらいに詰んでいる。
想像しうる限り、最悪の状況だぞそれ?
「今からゲームオーバーのときの想像をしたって仕方ないだろ。魔王を止める、それだけで勝てるんだ」
俺は少し無理矢理に話を打ち切って聖都へと向き直る。
黙ってついてきている仲間たちを尻目に、俺はショックを隠せずにいた。
リチアの予測は、たぶん正解だ。
俺はそれを直感で確信していた。