第三羽⑤
さて、勇者を追いかけるのを当面の目的とするとして、だ。
いくつか疑問点を解消しておく必要があるだろう。
まずは、魔王について。
「……うむ。その戦力に関しては、私も人伝でしか聞いていない。ただ、圧倒的な膂力と魔力をもって城の城門を文字通り粉砕したのだ、と聞いている」
城門を粉砕、か……。
バカみたいに強いみたいだな。普通、城門は簡単に壊せるようなものじゃない。でなければ城門は城門として機能しないからだ。
つまり、この世界から見ても超常の力で攻め入られたからこその敗北なのだろう。
そして、恐らく……。これは恐らくなのだが……、魔王とやらはあまり利口とは思えない性格らしい。
……まぁ、お利口な魔王ってのも何だという話なんだが、それはそれとして、頭が良いとは考えにくい。
だって、どう考えても城門は破壊するよりも無効化したほうが便利だからだ。再利用という方法を考えなかったのか。あるいはそれができない状況だったのだろうか。
考えにくいけど、たとえばその城門には聖なる守りが施されていて、魔王にとっては破壊すべき対象だったとか……。
う~む、この場で結論を出すのは無理っぽいし、もう少し話を聞くべきか。
などと考えつつ、俺はスプーンを口に含んだ。この世界でもビーフカレーはビーフカレーと言うらしい。上手く翻訳変換されているだけかもしれないが……。
「勇者さんたちは、そんな魔王とまともに戦えるんですか……?」
菊花は魔王の話に背筋を震わせながら、そんなふうに小首を傾げた。
……ていうか、アンタも世界を救って渡ってたんじゃなかったのか?
まぁ、今や俺はただのパンピーそのものだから、恐れる気持ちも分からなくはないけども。
「うむ。勇者は強い。私の貧相な想像力では、あの男が膝をつく姿など思い浮かべられんよ」
などと、アリシアは恋する乙女の眼でそんなことを言う。
少しだけ嫉妬を抱くが、まぁ、幸せそうなので良しとしておく。
「見たところ、アリシアも相当強そうだけど、勇者はそれ以上に強いのか……。なんだか上には上がいるって感じだな……」
「ははッ、そう言ってもらえるのはありがたい話だがな、生憎と勇者の強さは私などとは比較にならんよ。……まぁ、腕相撲だけなら負けたことはないんだがな……」
腕っ節はコイツのが上ってことか……。
案外勇者も人の子だな。というかアリシアがおかしいだけなんじゃないの……? そこんとこ、どうなってんだろう。
「素敵な方が仲間になってくれて、良かったですねツバサ様!」
朗らかに笑う菊花の顔を眺めながら、俺はというと……。
アリシアと菊花の筋力値(STR)はどっちが上なのだろう、と少し不遜なことを考えていた。
菊花が貧乏性な所為か、はたまた無警戒な所為か、俺たちは男女共に一つの部屋で夜を過ごした。
夜を過ごしたと書くと、なんだか致してしまったような気がするが、はっきり言っておく。何もなかった。
何かしたかったのは本当だし、なんなら、確信犯的な事故で「ベッド間違えちゃったー! あははー!」とか言いながらあのマシュマロにダイビングしてやりたかったのは確かだし、なんなら犯りたかったまであるが、結局菊花の「うにゅ~、ツバサ様ぁ~。……エッチぃのは禁止ですぅ……」の一言(たぶん寝言だ)で踏み止まってしまった。
くそ……。なんかダメだ……。それ以上踏み込めなかった。
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……!!
って自分に言い聞かせても、やっぱり俺にはできなかった。
……いやいや不能とかそういう話じゃなくて、むしろ刀のように反り返って……ってやかましい! そんな大和魂は脇に置いとくとして! 断固捨て置くとして!
なんか菊花は守りたくなる女の子なんだよな……。実際守られてるのは俺のほうなんだけども。
あの100%全肯定みたいなあの女の子を、そういう利己的な想いで汚したくないんだよ。男なら分かってくれるはずだ。
劣情なんぞよりも、よっぽど正しい心意気だ。
……たぶん、そうやって俺みたいな人種は生涯童貞を貫くんだろうな……。
まぁ、それならそれでまぁいいや。
それで守れるものが、己の純潔以外にもあるのなら、この苦悩も決して無駄ではないだろうから。
……というのが、自分に課した言い訳だよ。はぁ……。
翌日、俺たちは王都を目指すことにした。
結局、勇者の行方にしろ、魔王の動向にしろ、人が多い場所のほうが情報が集まりやすいだろう、との判断からだ。
市壁を過ぎる手前くらいで、アリシアが切り出した。
「さて、そろそろパーティ申請をしておこうか」
すると、視界にメッセージが表示される。
【アリシアをパーティに加えますか?】
【YES/NO】
もちろんイエスだ。
すると、メニューウィンドウの中にアリシアの名前が表示される。
これでステータスが確認できるのか……。
……そういえば、項目の中には体重とかスリーサイズとかないんだな……。ちょっと淡い期待をしたのに……。のにのに……。
「ツバサ様っ、またヘンなこと考えてませんか……?」
なんで分かるの……? って別にヘンじゃないだろ! えっと、ほら、アレだよ! 戦略的に重要だろう? 重さが分かると……、肩車するときとか、こう……、担ぎ上げるときとかに……。ねぇっ!?
じぃ~……と、菊花が俺を胡乱な眼差しで見つめてくる。俺が何をしたと言うんだ。俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ! ヴ○ン師匠がやれって言ったんだ!
「……そろそろ慣れてきましたけど、ほどほどにしてくださいねっ。アリシアさんは私と違って従者ではないんですから」
あれ……? それって従者にだったらしてもいいの? あんなこととかこんなこととかそんなこととか! 人目を憚るようなこととか色々妄想がユニバースに染まってゆく。
「よーし! ……ハーレム王に、俺はなるっ!!」
「キッカ殿、この先はまず西へ向かいそこから……」
「なるほど。それでしたら日が暮れるまでにこの辺りには辿り着きたいですね!」
「うむ! さすがはキッカ殿。話が早いな!」
ガン無視である。
……ハーレム王への道程とは、かくも険しいものなのか。
しかし、その道が困難であればあるほど、それを登り切ったときの喜びは何物にも代えられない。
そのためならば、……俺はきっと……。
……って、ほっとくと本気で置いて行かれそうだったので、俺はすごすごと後に続くことにした。
今回は魔王の話だな。
で、これは内密に菊花にだけ訊きたい話なんだが……。
「はい、何でしょうかツバサ様?」
俺たちが今まで世界を救ってきたっていうのは、聞いたんだけどさ。
実際魔王を倒すのにどれくらいの戦力が必要なんだ?
俺が本来の力を取り戻したとして、それだけで倒せるようなものなのか?
「……う~ん、ちょっと難しい質問ですね。そもそもの話、ツバサ様のお役目は世界の危機を救うこと。もう少し厳密に言うなら、特異点の排除や超越者の追放というものなので……」
なんかまた新しい言葉が出てきた……。
「要するに、世界をあるべき姿に戻すことが役割なので、それが魔王を名乗るかどうかも含めてケースバイケースというか……。ともかく、特異点かどうかまでは分かりませんので、確証が得られるまでは干渉すべきではないでしょう」
……そういうもんなのか。
じゃあ、実は魔王の裏でさらにあくどいことを考えてる大魔王みたいのがいて、魔王よりも超強いそいつを倒さなきゃいけないなんてことも……?
「……もちろん、ありえます」
……勘弁してくれ。
「私が知る限り、ふたつ前の世界では王様に化けていた人物が神と同格の超越者でしたし、前の世界では人類の最終兵器が特異点と化していました。それらはツバサ様と数名の従者で協力して倒しましたし、今回も同レベルの戦いになるはずです」
嘘だろ……。
「も、もちろん私も精一杯協力しますし、ムリなんてさせませんよ! どうしても勝てそうになければ戦いを避けることもひとつの勇気だって、以前のツバサ様は仰ってましたし!」
ホントか……?
逃げても良いとか、方便じゃないの?
ホントは逃げちゃダメなんじゃないの?
「いえ、他の従者も肯定していましたし、方便とかじゃないはずですよ……?」
そうかなぁ……。
……ていうか、聞かなきゃ良かったかなぁ。
やぶ蛇だったかもしれない……。