第二十羽(破)⑪
ロサーナにとって、それは難しい局面だった。
祭壇の起動には、三使の血液が必要だった。
それは、できればキャシーのものが好ましい。
他の三使の血でも起動できる可能性はある。
だが、純度の面で考えるならば、キャシーの血が最適だろうか。
勇者をダシに使えばキャシー自体はどうとでも動く。
そういう意味では扱いやすい。
だが、魔王軍対国王軍という構図では、それが難しくなってくる。
軍勢対軍勢という局面では、勇者も魔王もすることはほとんどない。
だが、総力戦となれば戦線に立たざるを得ないだろう。
そうなれば当然キャシーも動く。
だが、戦場が平原では困るのだ。
キャシーには大聖堂内部で死んでもらいたい。
そうでなければ血が手に入れづらいからだ。
平原から死体を運ぶのは手間だし、血が流れすぎてしまっては意味がない。
それならば死なせないほうがマシだろう。
以前のときのようにシンにでも運ばせて祭壇で殺せば良いか。
――いいえ。それでは面白くありませんわ。キャシーさんにはもっと惨めに酷たらしく死んでもらわないと……。
そのためにはやはり、勇者とキャシーが大聖堂に残る必要がある。
しかし、戦略的には勇者は矢面に立つしかないだろう。
一度戦線に出て、そのあと、ここまで戻ってこれるか。
魔王が勇者を放置して祭壇まで突き進めば、最終的にはそういう局面にはなるだろう。
だが、やはり手間がかかる。
何より、あの魔王は勇者を放置などできないだろう。
あの戦闘狂は勇者との戦いを心待ちにしている節がある。
魔王がそれを放置できるはずがない。
ならばどうするか。
勇者を足止め?
それも現実的ではない。
となれば、取れる選択肢はひとつしかない。
「わたくしはここに残り、封印の儀式を可能な限り進めます。アルス様、貴方はその間、どうか魔王を……」
「……承知した」
こうすることで、勇者がここまで戻ってくるための布石を打った。
それについてキャシーもやってくる。
その時が、最後。
封印の儀式を完成させ、私の目的を完遂する。
――もうすぐさよならですわね、キャシー。その時が今から楽しみですわ……。
妖艶な魔女は、淫靡な笑みを浮かべる。
その邪悪な姿に気づいた者は、国王軍のなかには一人もいなかった。