第二十羽(破)⑩
ルセリナ大聖堂を守る6本の尖塔がひとつ、崩れ落ちた。
魔族側からすれば、これはチャンスだ。
崩れた塔を起点に大聖堂内部へと侵攻し、攻め落とす。
堅牢な守備を誇る拠点を攻め落とすには、絶好の機会だ。
ここを見逃すわけにはいかない。
とはいえ、それは国王軍側も予期していることだろう。
そう時間がかからないうちに守備が増強されるはずだ。
そうなれば激戦は必至。
即ち、速やかな侵攻が必要とされている。
遊撃役のつもりで機を窺っていた魔族の少女、ミケはかつては尖塔だったはずの瓦礫を見下ろしていた。
すっかりと焼け焦げた石壁。
素材そのものは燃えそうにないが、燃えるような細工を施されていたらしい。見るも無残な姿だ。
燃えた理由は不明。
攻撃にせよ、自滅にせよ、生存は絶望的か。
サニーを救いに向かった同胞がどのような末路を辿ったのか。答えは想像に難くない。
ミケの心は異様に冷めきっている。
今までも、そうだった。
希望なんて、ない。
ささやかな平穏すら、簡単に奪われてゆく。
それはいつだって変わらない。
だから今日起きた出来事も、ありふれた日常の一風景に過ぎない。
――そんなふうに思っていた。
溜息を一つ、吐く。
焦げ臭い匂いが鼻につく。
そんな中、ミケの猫耳に呻くような声を聞いた。
ミケは見えない糸に引っ張られるようにして、そこへ辿り着いた。
薄汚れた金色の髪。
何もかも燃え尽きた空間に、唯一残された生存者。
サニーはまだ、息をしていた。
生きている。それは奇跡的だった。
常識で考えればありえない。何かがあったからこその奇跡。
いや、考えれば答えにはすぐに行き着いた。
あの二人ならば、できる。否、あの二人にしか、できない。
ミケは一回り大きいサニーの身体を抱えた。
魔力を身体強化に回し、背中に担ぎ上げると、視界には二つの亡骸が目に入った。
「後はうちに任せるにゃ。じゃーにゃ、お前ら」
それだけ言ってミケは撤退を決める。
仲間が命を賭けて守ったものを、危険に晒すわけにはいかない。
それだけは、絶対に失ってはならない矜持だった。
後方に行けば。他の部隊に合流できるだろう。
そこでサニーを預ければ再び戦線に潜り込めるだろう。
そうした場合、大聖堂内部で国王軍相手に戦うことになるだろう。
――きっと、無事では帰れないはずだ。
そうなればサニーを残してしまうことになる。
――それはにゃんだか、違うにゃ。
ミケは考える。
そもそも、この部隊に参加していることも場当たり的な理由でしかない。
崇高な理念もなければ、大きな目的もない。
魔族を救う。
それこそが彼らの、三人組の目的だった。
けれども、その本質は……。
本当に守りたかったものは……?
心のなかで問いかけたところで、答えなど誰も返してはくれない。
けれど、本当はすでに分かっていることだ。
守るべきものは、家族だ。
そんな当たり前のことを、わざわざ考える必要なんて、ない。
ミケは魔族の部隊から見つからないように、尖塔から距離をとった。
やがて、それから半刻もしないうちに、周囲は戦いの喧騒に巻き込まれたのだった。