表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
143/163

第二十羽(破)⑩

 ルセリナ大聖堂を守る6本の尖塔がひとつ、崩れ落ちた。

 魔族側からすれば、これはチャンスだ。

 崩れた塔を起点に大聖堂内部へと侵攻し、攻め落とす。

 堅牢な守備を誇る拠点を攻め落とすには、絶好の機会だ。

 ここを見逃すわけにはいかない。


 とはいえ、それは国王軍側も予期していることだろう。

 そう時間がかからないうちに守備が増強されるはずだ。

 そうなれば激戦は必至。

 即ち、速やかな侵攻が必要とされている。


 遊撃役のつもりで機を窺っていた魔族の少女、ミケはかつては尖塔だったはずの瓦礫を見下ろしていた。

 すっかりと焼け焦げた石壁。

 素材そのものは燃えそうにないが、燃えるような細工を施されていたらしい。見るも無残な姿だ。


 燃えた理由は不明。

 攻撃にせよ、自滅にせよ、生存は絶望的か。

 サニーを救いに向かった同胞がどのような末路を辿ったのか。答えは想像に難くない。


 ミケの心は異様に冷めきっている。

 今までも、そうだった。

 希望なんて、ない。

 ささやかな平穏すら、簡単に奪われてゆく。

 それはいつだって変わらない。


 だから今日起きた出来事も、ありふれた日常の一風景に過ぎない。

 ――そんなふうに思っていた。


 溜息を一つ、吐く。

 焦げ臭い匂いが鼻につく。

 そんな中、ミケの猫耳に呻くような声を聞いた。


 ミケは見えない糸に引っ張られるようにして、そこへ辿り着いた。

 薄汚れた金色の髪。

 何もかも燃え尽きた空間に、唯一残された生存者。

 サニーはまだ、息をしていた。


 生きている。それは奇跡的だった。

 常識で考えればありえない。何かがあったからこその奇跡。

 いや、考えれば答えにはすぐに行き着いた。

 あの二人ならば、できる。否、あの二人にしか、できない。


 ミケは一回り大きいサニーの身体を抱えた。

 魔力を身体強化に回し、背中に担ぎ上げると、視界には二つの亡骸が目に入った。


「後はうちに任せるにゃ。じゃーにゃ、お前ら」


 それだけ言ってミケは撤退を決める。

 仲間が命を賭けて守ったものを、危険に晒すわけにはいかない。

 それだけは、絶対に失ってはならない矜持だった。


 後方に行けば。他の部隊に合流できるだろう。

 そこでサニーを預ければ再び戦線に潜り込めるだろう。


 そうした場合、大聖堂内部で国王軍相手に戦うことになるだろう。

 ――きっと、無事では帰れないはずだ。

 そうなればサニーを残してしまうことになる。


 ――それはにゃんだか、違うにゃ。


 ミケは考える。

 そもそも、この部隊に参加していることも場当たり的な理由でしかない。

 崇高な理念もなければ、大きな目的もない。


 魔族を救う。

 それこそが彼らの、三人組の目的だった。

 けれども、その本質は……。


 本当に守りたかったものは……?


 心のなかで問いかけたところで、答えなど誰も返してはくれない。

 けれど、本当はすでに分かっていることだ。


 守るべきものは、家族だ。


 そんな当たり前のことを、わざわざ考える必要なんて、ない。

 ミケは魔族の部隊から見つからないように、尖塔から距離をとった。


 やがて、それから半刻もしないうちに、周囲は戦いの喧騒に巻き込まれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ