第三羽④
アリシアを置いたまま、先に旅立ってしまった勇者を追いかけるため、俺たちは協力態勢を敷くことにした。
……というより、なんだかアリシアが不安を覚えさせるような乙女な性格のため、俺も菊花も保護欲をそそられた形だ。
まぁ、俺たち自身、この世界に関する知識は全般的に欠如していたし、この世界の住人が仲間になってくれるのはありがたい話だった。
そんなわけで、歓迎会というべきかなんというべきか。ともかく、落ち着いて食事でもしようという話になった。
そこで披露されたのが鎧を脱いだアリシアの勇姿だった。
……これは……ッッ!! ……すごく……大きいです……。
部屋着だからか、比較的リラックスしたようなシャツだ(チュニックブラウスっていうのか? よく分からんが)。だが、嫋やかに身体を包み込む一枚の布きれがボディラインをやんわりと主張していて、なんだかぐっとくるものがある。
アレだな……。さほど主張のない服装でも、肉体が絶え間なく主張を繰り返しているため、色香がとんでもない。
ズボンも七分丈くらいのくるぶしが剥き出しなスタイルで細くしなやかな足首が健康的に露出している。
「なんだ、人のことをつぶさに見つめて……。家事が似合わないのは分かっているが、こう見えて割と得意なのだ。安心して見ているが良い」
ついつい見てしまうのはそんな理由じゃねえんだよ! 視線が奪われてしまうんだ。本能が、男としての本能が、俺を自由にしてくれないんだ!
「凄い……、アリシアさん、お料理上手なんですね……。ちょっと自信なくしちゃいます……」
「おいおい、あんまり持ち上げてくれるな。私など城の給仕にも劣るさ。所詮趣味の領域でしかないぞ」
これで給仕に劣るなら、城の給仕はどれだけスペシャリストなんだろうな……。
そう思うくらい、アリシアの料理は手慣れていて、無駄がない。同時に3つくらいの動作を平行していて、尚且つ余裕がある。
菊花はというと、アリシアの指示に従って鍋の具合を確かめたり、食器を用意したりしているが、「キッカ殿、そっちの器ではなく、もう少し深いほうが……」とか、「少し火の勢いが強すぎるな……。薪を散らしてくれ」などと指示を受けて、せっせと手伝っている。
いや、もうこれ、達人とかの域なんじゃないの……? 指示がいちいち淀みないし、何より反応が早い。どれだけ手慣れているんだという話だ。
……というか、この世界でも薪とか使うんだな……。魔法とかあるのにな……。
ちょっと気になって訊いてみると、「着火にはもちろん使えるが、燃やし続けるには手間が掛かりすぎるからな……。薪を使ったほうが便利だろう……?」などと仰っていた。
魔法の使える世界って、思ったより万能じゃないんだな……。なんだかショックだ。
「それに私は、あまり魔法が得意ではないしな……」
と、最後にちょろっとそんなことを呟いていた。向き不向き、か……。まぁ、そういうのもあるか。
魔法はともかく、料理の才能には恵まれているようで良かった。……まだ食べてないから、とっておきのどんでん返しがあるのかもしれないけどさ。
それにしても……。
赤い髪をなびかせて料理をするアリシアは実に楽しそうだ。
本当に料理をするのが好きなんだろうな。あるいは食べて貰うのが好きなのかもしれない。
そう思うと、少し勇者が憎らしいな……。もしかしたら、この技能は勇者に喜んでもらうために身につけたものかもしれないじゃないか。
それだけ想ってもらっといて、置いてけぼりにするなんて酷い話だ。やっぱり、殴りに行こう。うん、決定。
……というか、なんだろう、何か既視感を覚える。ついに過去の記憶が蘇るのだろうか。ようやく物語が始まるのか。ようやく俺TUEEEできるのか。
そういえば、夢で見たあの天使……。
さっきから、どこかで見たことあるような気がしていたけど、この光景で分かった。アリシアだ。
赤い髪も火に照らされると金色に見える。太陽に照らされても同様だろう。何のことはない。俺は寝ぼけ眼で見上げたアリシアを天使と見間違えていただけだ。
重いとか言われてたし、手を上げてすぐ胸に触ってしまったのはたぶん、膝枕に近いシチュエーションだったからだろうか。
……となると、手当てしてくれてたのもアリシアなのだろうか。まぁ、自分が吹っ飛ばした扉に潰されて気絶した男だ。アリシアの性格なら介抱くらいしそうなものだ。
……こいつぁ、しっかりとお礼を言っておかないとなぁ。
「さぁ、出来上がりだ! とくと味わうが良い!」
なんだ、俺は魔王か何かか? これからとんでもない一撃でも食らうんだろうか。
「私も僅かながらお力添えさせていただきました。ツバサ様のお口に合えば良いのですが……」
俺はというと、料理の手伝いはまったくしていない。というか、手伝おうとしたら、「台所は女の戦場だ。生半可な覚悟で踏み入るのはやめてもらおう」とか言われたので引き下がったくらいだ。
だからサボっていたのではない。どちらかと言えば仲間に入れてもらえなくて少し凹んでいたくらいだ。
とはいえ、手間暇掛けて作ってくれたのは確かだからな。
除け者にされて置いて行かれた女を救うつもりが、除け者にされてたのは俺のほうだったわけだけど、まぁそれはさて置くとして。
労いの言葉は掛けるべきだよな。美味しければ美味しい。不味ければ不味い。それをはっきり告げて礼を言おう。
何の料理だか分からないが、ビーフシチューかそこら辺っぽいものにスプーンを突っ込んで口に含む。
豊かな香りは予想以上の芳香を醸し出している。そして舌に感じる味わいを噛み締める。
幸せな味がした。食材のほうもこれだけ見事に調理されては、さすがに本望だろうよ。俺はそんな風に思うのだった。
期待に胸を膨らませた表情で俺を見つめる美女と美少女の視線が、なんか熱い。
じっくり舌先で味わった後、嚥下した俺は取り敢えず一言。
「美味すぎるッッ!!」
とりあえず性欲を持て余したような渋くて良い声を出して、唸っておくことにした。
ここに来てパロディの解説をするのも気が進まないんだが。
「今まで散々使ってきて、あまりにも今更な感がありますね……」
「とはいえ、説明してもらわなければ、一部の分かる者にしか分からないのだろう? それはどうかと思うぞ」
常識人二人に囲まれると、俺は途端にマイノリティだ。
白旗を振って、媚びを売る以外にやれることが何かあるか?
いや、ない。だからまぁ、仕方がないのである。
説明しよう。
性欲を持て余すとは……。
とあるゲームでの名セリフ(迷セリフ)なのである!
「ゲーム、ですか」
「げえむ、とは……?」
そこから説明すると、面倒だな……。菊花、頼めるか?
「ええっと、ツバサ様の故郷の娯楽のことです。物語性のあるものなので、中には有名になったフレーズなども存在します」
「ふむ、私は聞いたこともないが……。何処か遠いところの生まれということかな?」
悪いが、それ以上は……。
「あいや、失礼した。詮索するつもりではなかったのだが……」
「いえ、こちらこそすみません。ちゃんと話せれば良いんですが、話して良いことと悪いことの整合性が取れなくてその……」
とかくまぁ、そんなわけで。
俺のパロディ発言については許してもろて。
「はぁ……」
「なんだかな……」
……ダメらしい。