第二十羽(破)⑥
ツバサとナズナを観察する5つの影があった。
「む、出てきたな……」
「あれ? 何も買わなかったみたいですね」
「ふん、当然じゃ。安物なんぞよりも妾の作る服のがカッコイイに決まっておるのじゃ!」
「ふふ、そわそわしながら言っても説得力ないわよ、夕凪ちゃん」
「手つなぎデート、羨ましいのでございますぅ……」
見守る乙女たちをよそに、ツバサとナズナの二人はずいずいと通りを進んでゆく。
道行く住人からは白い目線を向けられながらも、肝心の二人からは気づかれることもなく、追跡は継続されていた。
「むむ! 今度はアクセサリー屋へ入っていったぞ」
「小物作りは私の領分なのに……!」
「……そういえばそんな役割もあったのぅ」
「最近は霊石系の下処理専門家といったイメージしかなかったのでございます……」
「……加工待ちの素材はまだまだあるから、大変ね菊花ちゃん」
がっくしと肩を落とした菊花が嘆く。
「うぅ、思い出させないでください……」
うなだれる社畜のように呻き声を上げる菊花の肩をリチアがトンと叩く。
「あら、ツバサくんに頼られてるのね」
「そういうふうに言えばなんでも許されると思ってませんか?」
「ふふ、どうかしらね」
そんなやりとりを傍目に夕凪が声を上げた。
「我が片翼を見失ってしまうぞ! 早く中へ入らねば!」
菊花は手を引かれたままアクセサリー屋へと吸い込まれていった。
――
さて。
そんなわけでアクセサリーショップだ。
この世界では単純に身を飾るものという意味合いよりも、付与される効果を重視したものが多く並んでいる。
そりゃあ魔物が跋扈するような世界だ。身を守るのが最優先に決まってる。
デザイン性も大事かもしれないが、効果のほうがより大事。
品揃えにもそういう思考が見え隠れしている。
当然、この世界に住む人間にとっては、そういう効果主義は常識であって、デザイン性を優先するのはちょっと特殊なことなのだ。
効果が同じならばデザイン性を取るのは分かる。けれども少しでも効果が優れているならば、迷うことなく効果を取るべきなのだが……。
「これ、かっちょいいです……ッ!」
ちょっと常軌を逸した人物がいた。
というかナズナだった。
なんならちょっと鼻息が荒い。ふんすっ! とか言っている。
「イバラの巻き付いたナイフ……。まるで封印されて忘れ去られた伝説の剣みたい、です! こいつはたまらねえ、です!」
おいやめろ。誰だそんな汚い言葉を覚えさせたやつは。夕凪か? いや、パーティ内とも限らないぞ? どこか街中のおっさんから覚えちまったか?
「ほら、バサ兄がいつも言ってるたまらねえ中二デザインというやつなのです!」
おっさんじゃなくて俺でした。
そうだね! 確かに言ってるかもしれない!
これからはマジで気をつけなければ。
いつだって見本になれるような人生を。
世のお父さんはこんな生き方を心がけていたのか。
それだけの覚悟を持って生きねばならないということか。
「バサ兄?」
「あ、ああ……だいじょうぶだ。そうだなナズナ。良いか? こういうときはたまらねえとかじゃなくて、そうだな……。えっと、……どうしよう?」
まずいな。いい言葉が思いつかないぞ。
上品でなおかつ子供らしい言葉を。
それでいてナズナの琴線に触れそうな言葉をチョイスせねば……。
しかし、そんなものがホイホイと出てくるものか?
夕凪の言い回しだとなんて言う?
「たまらぬわ!」か? 言う。間違いなく言う。
大差ないな。これじゃあダメだ。
じゃあ、何がある? 何も思いつかない。
これじゃあ押し切られる……。
「……? わかった、です。たまらないって言えばいいです?」
なんという配慮。
子供ながらに想像力豊か。
言わずとも伝わるものなのか。
これが以心伝心。
俺とナズナの絆のなせる業か。
正直言い回しは大して変わってはいないが、若干汚さが減った。
それで充分だ。それだけの配慮ができれば充分俺は救われる。
そうだ、俺は救われているんだ。
「ありがとうナズナ。お前は偉い子だな……」
「へへ、照れるです」
俺は狼耳を隠しているフード越しに、ナズナを撫でてやった。
動物なら喉を鳴らしているだろう綻んだ顔で委ねてくるナズナに、俺はかなり癒されてしまったのだった。
早速購入すると、ナズナはナイフ形のアクセサリーを首から下げた。
鎖をつけてネックレスにしてもらったのだ。
まぁ、それくらいしかつける方法がないアイテムなんだが……。
ナズナは嬉しそうに目をキラキラさせてイバラのナイフを見つめている。
確か効果は、毒の無効化。
回数は一回限りで、発動したあとはただの飾りにしかならないそうだ。
砕け散るタイプではないあたり、やはり作り手もデザインに重きを置いていたのだろう。
たぶん夕凪と同じ人種だ。……あまり俺が言えたことでもないが。
しかし、耐毒効果は地味に便利だ。
食あたりにも発動するらしいし、対象は選べないので役には立たないかもだが、もしかしたら九死に一生を得られるかもしれないしな。
お守りとしては充分だろう。
何より、くるくると踊るようにはしゃぐナズナを見ていると、こちらも嬉しくなってしまう。
喜んでもらえて良かった。
今後も良い保護者役としてがんばろうと思った。
そろそろ店を出ようかと思っていたところ、ナズナが俺の袖をくいくいと引っ張る。
どうしたんだろうか。
俺はしゃがんで向き直ると、ナズナは口に手を添えて内緒話みたいに囁いた。
……なんかこしょばゆいな。
「(……バサ兄、お礼なのです)」
チュ……、一瞬頬に触れた感触は、唇だろうか。
俺は咄嗟にリアクションが取れない。
嘘だろ。なんで。マジかよ。
そんな言葉が頭をよぎるばかりだ。
「バサ兄、ありがとなのです!」
照れを感じさせないナズナの表情を見て、俺もようやく緊張が溶けてきた。
いやいや、子供相手に動揺してどうする。
あれはただの愛情表現でしかない。
異性に対する好意ではないぞ、と自分を諌める。
俺は頭を振って邪念を振り払うと、ナズナの手を取った。
……妙な気配を一瞬感じたけど、なんだろう?
殺気……?
いや、まさかな。
――
先を越された……ッ!
そんな嘆き声がどこからか聞こえたとか聞こえないとか。
観測者たちがその時のことを語ることは二度となかったそうな。