第二十羽(破)⑤
俺たちは何日かぶりの町で休息をとっていた。
だが、ベッドで眠るのは何日ぶりだろう、などと物思いに耽ることはない。
何故ならいつでもマイルームに帰れるからな。
早馬での旅とはいえ、予想していたような深刻な疲労感はない。
ないのだが、それでも毎日数時間ずっと馬の上にいたので、全身痛いし、お尻は大ダメージだ。
率直に言って休みたい。
休みをください。
この町での目的は食料や薬などの買い足しがメインだ。
魔王との最終戦に備えて、最後の備品補充というわけだ。
マイホームで作り始めたばかりの菜園や牧場でも、まだまだ賄いきれないものも多い。
もう少し生産環境を整えないと、自給自足とはいかないみたいだ。
それにしても魔王戦か。
思えば遠くまで来たものだ。
実際戦うのは勇者だろうから、俺のすることはさしてないのだが(ないよね?)、それでも感慨深いものがある。
婆さんのシゴキから逃げて風魔法を習得したり、謎の金髪美少女に殺されたり、龍の力に目覚めて復活したり、竜と戦ったり、雷帝の力に目覚めたり、古の魔物に出遭ったり、アリシアが従者になったり。
そうこうしてるうちにこんなところまで来てしまった。
これで世界が救われたら、俺のこの世界での役目は終わり、また次の世界へと旅立つことになるのだろう。
そこではまたこんなふうに旅をして、誰かと出会い、何かと戦って、世界を救う。
そんな未来を想像して、俺はふいに笑ってしまった。
楽しいことばかりでもなかったが、良いことはたくさんあった。
これからも良いことが続けばいいなと、そんなふうに思ったのだ。
その『幸せ』の裏側をまったく想像することもなく、そんなふうに思ったのだった。
ギシリと音を立てて、俺は寝返りをうつ。
パーティの全員が町の買い出しに繰り出しているので、俺は宿屋のベッドで惰眠を謳歌していた。
久しぶりの骨休めだ。
乗馬のダメージは地味に重い。
今日ぐらいはたっぷりと寝ておきたいところだ。
しかしまぁ、そんなときこそ俺の不運スキルが顔を出す。
実際にはそんなスキルがあるわけではないが、あるとしか思えないんだからそういうことにさせてほしい。
とはいえ今回の場合は不運とも言い切れないわけだが。
休憩の中断という一点のみをみれば、不運といえなくもない。
コンコンコン、とノックの音が響く。
俺はベッドに横になっていたが、身体がこわばっているだけで、眠いわけではない。
だから、「どうぞー」と軽い返事で答えたのだった。
ギィィ……、と扉を開けて這入ってきたのはナズナだった。
トコトコとおっかなびっくり部屋に入ってきて、俺の顔をじっと見つめる。
俺はベッドから起き上がってナズナに向き合った。
ナズナが力を振り絞るように胸元で握りこぶしを作る。
「あ、あの……! バサ兄! その、買い物に……ッ!」
そんなふうにつっかえつっかえ話すのは、買い物に付き合ってほしいという願いだった。
もちろん断る理由はない。
というか、馬の上ではリチアしか会話の相手がいなかった。
マイルームに帰っても疲れて眠るしかできなかったので、こうしてちゃんと話すのは久しぶりな気がする。
そんなにおざなりにしていたつもりはまったくない。
むしろ、ナズナが遠慮しているようにすら感じていた。
まぁ、そこはナズナに限らず、パーティ全体でそういう雰囲気だった。
そうか。だからこそ、こういう時間にしっかり向き合うべきなのかもしれないな。
しかし、修行とかそういう絡み方しかしなかったからな。
普通の買い物とか、そういう付き合い方はしてこなかった。
だが、ナズナも年頃の女の子だ。
情操教育の一環として女の子らしい趣味のひとつやふたつくらい、持っていてしかるべきではなかろうか。
戦闘しかできないバトルジャンキーに育ててしまったら、ナズナの婆さんにも申し訳が立たないし。
「よし、それじゃあついてこい! 俺が町での遊び方というものを教えてやろう!」
「っ!! はい、ついてくです!」
こうして俺は痛む身体に鞭打って、町に繰り出すことにするのだった。
――
そんなツバサたちを見送る影がひとつ。
「な、なん……だと……ッ! まさか、ナズナ殿に遅れを取るとは、このアリシア、一生の不覚……ッ!」
食料品の買い出しを終えて、ツバサが休んでいる部屋へお邪魔しようとした矢先、先客の気配を感じて身を隠していたアリシアだったが、その表情はわなわなと震えていた。
「ど、どうするべきなのだ……。このまま部屋で待機……? いや、それは愚策だ。どれほどの時間が掛かるかも分からないのだ。ここで静観するメリットはまったくない」
アリシアは悩んだ。
ナズナを思えば、ここは二人きりにしてやるべきかもしれない。
ナズナの抱いている感情がゆくゆくは恋心に育つのであろうとも、それを阻むというのは騎士としてあるまじき行為だ。
まして相手は子供。
花を持たせることに否やはない。
しかし……。
「私の気持ちはどうなる……?」
アリシアも今は自覚してしまっている。
ツバサに対する感情が、特別なものであると気づいてしまっている。
これを無視してこの部屋で一人、悶々として待つのか。それができるのか。それを許せるのか。それが許容できるのか。
アリシアは自らに問いかけ、いいや、と首を振る。
「たとえ、愚かな感情だと罵られようとも、押し止めることだけは私にはできない!」
アリシアは恥を忍んで、行動を開始した。
ツバサとナズナの追跡だ。
そして、隙あらば同行しよう。
ナズナを押しのけるのはさすがにできない。
だが、共に買い物をするだけなら、なんの問題もない。
二人きりでなければならない理由などないのだから。
そう思えば、踏み出す足も迷わない。
これは、正しい行動なのだ。
そうして踏み出した足が、ふいに飛び出してきた影にぶつかった。
「むっ」
「あうっ」
ぶつかった相手は菊花だった。
薬剤を詰めた袋を抱えて反対側の棚の影から飛び出してきた。
おかしい。気配はなかったはずだ。
意図的に気配を断って隠れていなければ、いくら思索に耽っていたアリシアであろうとも、物陰の人物に気づかないはずがない。
まさか……。
「よもや菊花殿まで……?」
「そういうアリシアさんも……?」
ぶつかり合う視線。
しかし、このパーティがそれで終わるはずもなかった。
「旦那様っ! さきほどわたくしたちの結婚式に相応しい素敵な教会がございまして……」
「我が片翼よ! そなた好みの意匠の服が見つかってのぅ、どうじゃ妾と一緒に……」
「あらあら、面白そうなことになってるわね」
そして、五人の視線が交錯した。
――
町の人通りはまばらだった。
俺とナズナは手をつないで広い通りを歩いている。
そそくさと買い出しをする住人たちが時々通り過ぎ、鎧や武器で武装した騎士や戦士たちがそこかしこで見受けられた。
普段であれば、もう少し賑わっているのだろう。
通りにはその名残と思しき華やかな看板がいくつも顔をのぞかせている。
とはいえ、コ○ナウイルスの自粛モードではないので、店は通常通り営業中だ。
開戦するまでは閉店したりしないらしい。
俺はとりあえずシャレオツなブティック(洋服屋って意味で合ってるよな?)を見つけたのでそちらへ突撃する。
女の子が喜びそうなものってこういう服とか小物とかだよな?
アクセサリー的なもののほうが、普段遣いできて嬉しいのかな?
だとしたら、次は雑貨屋に行ったほうがいいだろうか。
性能面でいえばちゃんとした防具屋のほうがいいかもしれない。
だが、そのへんは夕凪の担当だしな……。
……っていうか、服飾全般は夕凪担当かもしれん。
だとしたら悪いことをしたか?
いや、服屋を見に行くという経験が情操教育的には価値があるだろう。
最悪、見るだけでも良いかもしれん。
どういう服が好みかを確認するという意味でも、今日の散策は大いに意味があるはずだ。
「どうだ、ナズナ。この中に好きな服はあるか?」
ナズナは慣れない様子で店内を見回すが、しばらくすると首を振った。
「違う、です。ナズの激情を昇華させる服はここにはない、です……ッ!」
「……そうか」
どうやら夕凪の支配はとうに完了しているようだった。
時既に遅し、というやつだな。
そうだ、お前は立派な厨二病だよ。
服は夕凪に任せよう、俺たちは店を出た。
第二翔最後のデート回です。