第三羽③
「さて、どこから話したものかな……」
女騎士は腕を組んだまま、視線を巡らす。
……まずは自己紹介からだろ。ともかくいつまでも女騎士じゃあ呼びづらいことこの上ない。
「ふむ。それも一理あるな。いいだろう、私の名はアリシア=ハーケンローズ。勇者一行が一人、〈赤薔薇の一本槍〉とは私のことだ」
なんか凄い名前が来た。
おいおい、そのあとにどんな風に名乗れば釣り合い取れるんだよ。いい加減にしてくれ。
「俺はツバサ。記憶喪失の冒険者だ」
前もって決めていた取り決め通り、俺はそう名乗った。
以前、一応菊花と決めておいたんだが、これで良かったんだろうか。まぁ嘘ではないんだが……。
「私は菊花と言います。ツバサ様に仕えています」
そうだよ、ここが意味不明なんだよ。
どうして、記憶喪失の冒険者に従者がいるんだよ。煮詰めた意味が全くないよ。なんなら無意味だよ。
「……? どうして従者がいるんだ……? ツバサ殿……? 其方は一体どんな身分だというのだ……?」
「悪いが……、それは分からん。菊花に訊いてくれ」
「ツバサ様の詳細については黙秘させて頂きます」
「……???」
アリシアは頭上にクエスチョンマークを三つくらい浮かべている。が、それも仕方がないだろう。
理屈としては滅茶苦茶だ。だが、こう出られると、よほど高圧的なヤツでない限り、強くは出られない。
目論見通りというべきか、アリシアはそれ以上の追求を控えたようだった。
「ま、まぁ、無理に聞くような話でもないか……。というかもしかして、ひょっとしたらなんだが……」
アリシアはそう前置きを置いてから、こう尋ねてきた。
「勇者一行と魔王については、説明の必要はないだろうな……?」
「「…………???」」
今度は俺たちが頭上にクエスチョンを三つ浮かべる番だった。
「記憶喪失とは、そう言った情報まで忘れてしまうものなのか……。いや、失敬。困っているのは其方のほうだろうしな。……よし、ならば私が説明しよう」
アリシアの話は大体こんなところだった。
この世界には、人のほかに魔族と呼ばれる人種が生息している。
その中でも、魔王と呼ばれる魔族の王は人間を滅ぼそうとする恐ろしい存在だったらしい。
その魔王を、かつて勇者と呼ばれた一行が打ち倒し、厳重に封印することで、世界に平和が訪れたらしい。
残された魔族たちは散り散りになって地方へと流れていったそうだ。差別の意識も根強くあるらしいが、全てが人間に牙を剥くというわけでもないので、適応力の高い魔族たちは人間社会に上手く溶け込んで今も生きているのだとかなんとか。
そんな社会情勢に変化が訪れたのは数年前。
魔王を名乗る男が一つの小国を滅ぼし、そのまま乗っ取ってしまったというのだ。
「そこで立ち上がったのが今の勇者、アルス様なのだ! あの方は世界を救うために、魔王を倒す旅に出たのだよ!」
……まぁ、分かりやすい世界情勢で何よりだ。
いわゆるゲームの世界そのまんまだしな。しかもアルスて。由緒正しすぎるだろ。
きっとそのご先祖様の名はアレ○で、更にその父がオ○テガだ。間違いない。
「……んで、その勇者一行のお一人が、こんなところで何油売ってるんだよ」
俺が問うと、アリシアは途端にどよーんと沈み込んでしまう。
だから何があったんだっての。
「……置いて行かれたのだ」
「……は?」
「……だからッ! 置いて行かれたのだと言っている!」
なんか逆ギレされた。そんな殺生な。
「いつだってそうだ! あの方は私を弱者のように扱い、除け者にする! 遊びで置いて行かれたのもしょっちゅうだったし、最近は隠し事も多いし、ここ1、2年は目さえ合わせてくれなくなったし……。私の何がいけないというのだ……。剣だって修行した。馬術だって覚えた。馬上槍だって扱えるようになった! ……なのになんで、私を頼ってはくれないのだ……。私の全ては、勇者のために、アルス様のためだけに磨き上げたというのに……」
喋り方は、依然騎士風だが、その姿はなんだか小さく見えて、何というか普通の女の子だ。
肩を震わせて、涙を払おうと必死な姿に、なんか心が動かされてしまう。
それに……、なんというか、分かってしまった。この少女を置いていった勇者の気持ちが……。
実際の強さはどうか知らないが(初見の時に確かドアを蝶番ごと吹っ飛ばしていたくらいだからたぶん腕っ節は強いんだろうが)、この子の内面のほうはというと、普通の女の子なんだ。
戦いに興じるわけではなく、使命に殉じるわけでもなく、勇者の力になりたいだけの、ただの女の子でしかない。
実際に行われる戦闘が、どれほど凄惨で困難なものかは俺にだって想像がつく。
そんな場所にこの子を連れて行きたいと思うか……? 答えはノーだ。俺だったら絶対に連れて行きたくない。
俺が、俺ごときが勇者の気持ちを語るのも、随分と無礼かもしれないけど、けど、きっとそれが真実なのだろう。
だけど、それでいいのか……?
俺は同時にそうも思う。
彼女を戦いに巻き込まないのは簡単だ。除け者にすれば良い。そうすれば、心情はどうあれ救うことは叶うだろう。
しかし、この涙は……?
この涙の先に、彼女の望む幸福があるのか……?
身体は傷つかなくても、心はズタボロなることだってあるんじゃないのか……?
なぁ、勇者さんよ……。この展開が、本当に正しいんだって胸を張って言えるのか……?
この光景が正しいんだって、そうあるべきなんだって、そう言えるのかよ……ッ!?
命があればそれで幸せか? コイツの顔が幸せそうに見えるってのか……!?
だとしたらそいつは、とんだ節穴の目の持ち主だな。クソッタレ……ッ!
涙に釣られただけだと、そういわれればまったく否定できないけどさ。
これを見て見ぬ振りしちゃあ、男が廃るってもんだろうよ!
だから俺は、アリシアの肩を掴んで正面からその顔を見据える。
蒼穹の瞳が、不安そうに俺の姿を捉えている。
「行くぞ、アリシア。今から勇者を、これからそいつを、殴りに行こうか」
なんかカラオケで歌ったことのある響きに何処か似ている気もするけれど、それはこの際気にしない。気にしないったら気にしない。あと、麻薬、ダメ、絶対。
アリシアの打ち明け回なわけだが……。
「うむ、そうだな」
「それがどうかしましたか、ツバサ様?」
いや、さも当然のようにあとがきに出てきてくれてありがとうなんだが、それはともかくとして……
「いいや、礼には及ぶまいよ。私も騎士の端くれ。この会話が誰かの助けになるのであれば、弁論の場に赴くことに何の否やもないさ」
「すごいありがたいです。一緒にツバサ様の暴走を食い止めましょうね!(アリシアの手を掴む菊花)」
ううむ、段々俺の立場が危うくなっている気もするが、それは忘れるとして……。
「うむ、どうしたのだ?」
「はい、どうかしたんですか、ツバサ様?」
いやその、アリシアの過去のことでいくつか気になったことがあるんだが……。
まず、アリシアの筋力(STR)について訊きたいんだが。
「はは! それは私の唯一の自慢と言ってもいいだろう! 勇者一行の中でも抜きん出た攻撃力は他の追随を許さず、付いた字名は〈赤薔薇の一本槍〉! どんな敵もこの槍一振りで一網打尽にしてくれよう!」
「おおー! すごいです!(パチパチパチ)」
俺も釣られて拍手をする。
いや、確かにすごいし、それは称賛されるべきなんだろうけど、アリシアさんってば女の子だよね。
そんなに筋力値って伸びるもんなの?
「ほう、良い質問だな。確かにその通りだ。女性は一般的に筋力は伸びにくいものだ。これは昔とある賢者が統計を取ったそうなんだが、男性では筋力や体力が伸びやすく、女性は敏捷や魔力が伸びやすいそうだ。もちろん個人差はある。魔力が高く、筋力の低い男性もいるし、私のように筋力が高く、魔力の低い女性だっている」
「……もしかして、遺伝とかの要素もあるんでしょうか」
ん……? つまり、アリシアの家系はみんな筋力高めの脳筋一族ということか?
「……? 今、私は悪口を言われたのか?」
いやいやいや、筋力の高い高潔一族と言ったんだぞ?
「そうか、なんだ聞き間違いか。良かった。もし脳が筋肉でできているなどとたわけたことを言われていたら、私は激昂して騎士にあるまじき暴力を働いてしまうところだった。かつて私の先祖も筋肉が本体などと罵倒された相手の屋敷を……ふぅ、びっくりしたぞ」
「ツバサ様、その、ついうっかり思ったことを口に出してしまう癖はやめたほうがいいかと思いますよ」
いや、直したいよ! 直したいんだよ!
でも何故か聞かれているんだ!
怖いのはこっちなんだよ!
「いやぁ、でもキッカ殿のような優秀な従者がいるような御仁なのだろう? 知られて困るような思惑などあるまいよ」
「そ、そうですね……(よそ見)」
痛い……!
まっすぐな善意が痛すぎる……!