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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第十九羽⑯

 思えば、彼女を目で追いかけるようになったのは、いつからだっただろう?

 〈狩人〉の後継者として先代の補佐に付くようになった彼女に憧れと嫉妬を抱いたときだろうか。

 それとも、彼女とジェラルドのくだらない遣り取りを見て、精緻な人形のようなイメージが覆ったときだろうか。

 あるいは、もっと前。「あなたが神童……? ……初めまして」 そう言って目を合わせたあの瞬間から、既にそうだったのだろうか。


 いや。

 動機の起源なんてなんでも構わない。

 目の前の女を。ロサーナを斃さなければ大切な人を救えない。

 ならば戦う。それだけだ。

 全霊を以てこの戦いを制する。

 ただそれだけだ。


 周囲に存在する自然エネルギーに対して、自らの生命エネルギーを調合ブレンドさせる。

 そして、それを操作する。変換する。

 発生した爆発で敵味方もろとも爆散する。

 それだけで勝敗は決するはずだった。


 こちらの封印へ要領リソースを割いている以上、それ以外の複雑な術式は展開できない。

 つまり回避は不可能。

 そう、判断したはずだった。

 ――しかし、


「この土壇場で方術を行使するか……。さすがは〈三使〉、と褒めておこう……だが」


 そんな冷たい声が、背筋を震わせた。

 と、同時に。

 スパァアンッ……! と、何かが裂けるような音が響いた。

 それが『爆風が斬られた音』だと気づくには、それなりの時間が必要だった。


「……何処ぞの〈気狂い〉とは違って、俺は人体以外の殺し方にも精通している……」


 背後から現れたらしいその黒衣の男はそんなことを言ってロサーナの前で外套を翻していた。

 それは、最悪の展開だった。

 もっと短期間でロサーナを仕留めるべきだった。

 そうすれば合流する時間すら与えずに斃せたはずだったのに……。

 アシュレイはそう悔しげに顔を歪めるが、それが不可能な望みであることも理解していた。

 何故なら、時間を掛けなければロサーナは罠には掛からないし、方術の準備も整わなかった。

 だから、この結果は最善手だった。

 敵が更にその上を行った、というだけのことでしかない。


「……ちく、……しょう」


 細い声が、喉から僅かに漏れた。

 だが、それをロサーナの放った魔法により止められた。

 呼吸が詰まり、すぐに理解する。

 『気道の空気を封じられた』のだ。


 明白する意識の中、尚もアシュレイは魔法を練った。

 しかしその魔法はロサーナを傷つけることもなく、空気中に溶けて消えた。

 ロサーナの残酷な微笑が、アシュレイの見た最期の記憶となった。


――


 それは、ツバサから見たとすれば学校の机程度の大きさの碑石だった。

 解読不明な線が幾つも刻まれた黄土色のそれが、封印の祭壇である。

 その祭壇に、ドサリと人の身体が無造作に乗せられている。

 ドクドクと滴る血が刻まれた線の上を流れ、模様を赤へと染めてゆく。


「そんなに見つめられると、手元が狂ってしまいそうですわ」


 ロサーナはそんなふうに冗談めかしてこぼした。

 対する暗殺者シンは肩を竦めている。


「今更貴様がその程度のヘマをするはずもあるまい。……さっさとしろ」


 はぁい、と艶めかしい声でロサーナは祭壇に向き直った。

 ロサーナが右手を掲げると祭壇は白い光を放った。

 魔力が満ち、祭壇が起動したのだ。

 これで残る封印はあとひとつ。

 もう少しで望みが達成される。

 そう思うだけで、ロサーナの口元には笑みが浮かんでしまう。


「楽しみですわね、……新しい時代の幕開けが……」


 シンは口を開かず、ただフン……と溜息だけを残した。

 視線の先にはいまだ光芒を放つ祭壇があった。

 その上に横たわる少年の屍体に感慨を抱くようなものは、この場には誰もいなかった。


――


 勇者が〈聖剣〉を解き放ってから、ゆうに30分が経過していた。

 勇者の意識はどこか遠いところにあって、まるで傍観するような感覚で剣を振るっていた。

 何合か斬り結び、衝撃波を周囲に撒き散らしながら、二人は戦いを続けていた。

 崩落する地面から次々に足場を変え、隙あらば斬撃を浴びせようとする勇者と狂戦士。

 その戦いは拮抗していた。

 どれほどの距離を落下したのかは分からない。

 だが、岩盤が崩れる前に跳び上がり、降り立った地面は落ちることはなかった。


 これが最下層か。あるいは、地上か。それともまだ山の中腹だろうか。

 それを確認する時間すらない。そんな時間があれば全て攻撃に回している。

 そうしなければ攻めあぐねる。そして、守りに徹しては押し切られる。

 それゆえに勇者は攻め続ける以外の選択肢がなかった。


 だが、先に剣を引いたのはルイスだった。

 まだ余裕があるとでも言いたげな様子だ。


「そろそろ刻限か……久々に愉しめたぞ。次はもったいぶらずにその身体を味わい尽くすとしよう」


 気味の悪い笑顔に気分の悪くなる勇者だったが、警戒を緩められないため隙があろうとも迂闊には攻められない。

 罠ではなかろうか。こちらを誘い、返す刃で仕留めるための。


「それと、少しだけ残念だよ。……君ではどう足掻いたところで魔王には勝てない。それが分かってしまったからね。今日は君の奮闘に免じて引くとしよう。精々封印の儀式を頑張りたまえ」


 気狂いはそれだけ言うと、そのまま跳び去った。

 どうやら逃れることができたらしい。

 だが、それは同時にとある可能性を示していた。

 即ち、アシュレイ・ロサーナ・キャシー。この三人のうちどれかの戦いが終結したという意味なのではないか、と。

 キャシーが捕らわれていることを考えると、戦っていたのはアシュレイか。

 そこまで考えが及んだアルスは、ルイスの後を追って大きく跳んだ。


 ルイスの移動速度は速い。

 だが、それは追いつけないほどではない。

 攻防双方に特化した万能型ではあるが、その戦闘力は速度に重点が置かれているわけではない。

 だからこそ、今なら追いつくことが出来るはずだ。

 この、不安定な足場が広がる崩落地帯のエリアでは。

 だが、この崖を登り切ってしまえば移動速度は上がる。そうなれば追跡は困難だ。

 だからこそ、必ずここで追いついてみせる。


 距離は徐々に狭まる。

 今か今かと攻撃の準備をするため、無意識に聖剣に魔力が充填される。

 思わず、そちらに意識を向けたくなるが、ぐっと堪えて我慢する。

 余計な気を回せば追跡が疎かになる。

 そして、その隙を見逃すような甘い相手でもない。

 もっと距離を縮める。

 回避不可能な距離まで近づく。

 それまではまだ、攻撃に意識を割くわけにはいかない。

 断崖のゴール地点を見据えて、アルスは逸る気持ちを抑えつけていた。


 そして、切り立った壁が途切れ、開けた岩場へ抜けた。

 ここしかない。

 アルスは全力で充填した魔力を解き放つ。

 景色を白に染めるような聖剣の激しい光芒。

 攻撃の気配に気づいたルイスが背後へ向き直り、正対した。

 大上段の袈裟斬りを、ルイスがナイフで受け止める。

 ルイスの筋肉が膨れ上がり、膨大な魔力が黒い幻影を伴って溢れ出す。

 奇しくも白と黒。

 相対する魔力がぶつかり合い、巨大な奔流となって周囲の岩盤を抉り始める。


「よもや、追ってくるとはね……ッ! だが、良い! 実に良い一撃だ! 心が震え上がるッッ!!!」


 ルイスは戦闘狂そのものの激しい猛り声を上げて地面を踏み鳴らした。

 ミシリ……、とタキシードが破れ、彼の気性そのもののような獣性に溢れた身体が露わになる。


「まだだッ……! この機を逃すわけには、……いかないッッ!!!」


 猛るアルスは更なる力を求めた。

 〈勇者の血〉が最適解を導き出し、それを実行せんと即座に稼働する。


『……周囲に高密度の命素を確認。未発動の魔法術式の残滓と推定。これを取り込み行使することで敵性体の撃破に利用可能。……過程開始』


 それはいまわの際に残したアシュレイの最期の魔力だった。

 発動前の魔法はなんらかの事情で中断された場合に、その魔力の元である命素の状態で待機状態となって一定時間その場に残る。

 それに〈勇者の血〉が気づき、戦闘へと利用したのだ。

 偶然か、彼と同じように体外魔力を利用した方術と同じ方式で。

 死して尚、少年は魔族へ牙を剥いた。


 信管に着火した爆弾のように、引火した魔力がルイスの目前で弾けた。

 轟音。

 白に漂白された世界。

 大音声に聴覚が麻痺し、音という概念が抹消された。

 無音の世界で、アルスの聖剣が地面へと振り抜かれた。

 その途中で何かを斬り落としたのが、感覚で分かった。


 敵の気配は、消えてはいない。

 だが、その気配が遠ざかっているようだった。

 音も光も消えた世界で、アルスにはルイスを追う手段がなかった。

 アルスは息を吐き、徐々に回復する感覚を頼りに、周囲の様子を探っていた。


「……随分と遠くまで逃げられてしまったな。もう追跡は無理か……」


 声に出して、まだ自分が〈勇者〉に成り代わっていないことを確認した。

 まだ、余裕はあるのだろうか。

 それが不幸か僥倖かは、まだ分かりそうにはなかった。


――


 勇者の旅は続く。

 絶望に縁取られた物語は、徐々にその無慈悲な輪郭を表し始める。

 それはやがて、歴史に〈愚者〉と名を刻まれる愚かな男の物語だった。

あとがきSS


さて、あの世からお送りします、『なぜなにアシュレイくん』スタートです。……それにしてもこのタイトルコール、なんかイヤだな……。


「なら、なんでやってんだよ、天才少年?」


仕方ないでしょ、そういう決まりなんだって言われて。そもそも死人に口なし、死んだ人間に尊厳なんてないんですし。


「まったく、哀しいこと言ってくれるじゃねーか! こちとら一度も美女とまぐわえずに死んじまったんだぞ? ちっとは計らいをだな……」


そんなの僕だって……じゃなかった。そんなのはジェラルドさんの勝手じゃないですか! 僕だってゲストがジェラルドさんだなんて嫌でしたよ! けど、仕方ないでしょう?! 選べる相手がいないんだから!


「……まぁ、そうだな。キャシーちゃんにはまだ当分こっちには来て欲しくねえしな。……仕方ねえか」


そういうことです……。


「さて、呆気なく斃された天才少年さんよ? 何か言い訳はあるかい?」


毒薬仕込まれて呆気なく殺された人に偉そうに言われたくありませんね。


「……うぐ。そうだな、この話はここまでにしておこうか。んじゃ、次の質問」


どうぞ。


「世間体的に、俺たちの死はどうやって伝わってるんだ?」


少なくとも僕の知っている限りでは公表されていませんね。勇者パーティと陛下くらいしか知らないんじゃないでしょうか。


「それって隠し通せるものなのか?」


そもそも、僕らの行動自体、魔族への漏洩を防ぐためにそれほど大きく公表されてはいませんでしたからね。隠された情報が増えたところであまり変わりはないでしょう。


「けど、一緒に行動してないんじゃあいずれはバレるんじゃねえのか?」


長時間どこかに滞在していればリスクはありますが、そういうこともありませんでしたし、別行動を取っていると伝えれば疑われるようなこともないでしょう。


「……うちの家族とかには伝えられてないんだよな?」


……ええ、そうですね。歯痒いところではありますが、社会全体を不安にさせてしまう恐れもありますから、全ては隠匿されています。


「……とか言って、結局は全部あいつへの配慮なんだろ?」


………………、そうかもしれませんね。


「ホントに不器用なヤツだぜ。……複雑な心境ではあるけどよ、このまま二人きりだと良いよな」


……不本意ながら、同意ですね。……これ以上犠牲者は増えて欲しくないです。けど、そう上手くいくとは限らないのが、口惜しい限りですが……。


「なに、願うだけなら自由さ。来世があるならきっと、今度は美女と添い遂げてえなぁ」


応援しますよ、ジェラルドさん。

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