表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
123/163

第十九羽⑪

 どうもこんにちわ、ツバサです。みなさん、覚えていますでしょうか。

 俺は今、クジラに食われようとしています。

 いまわの際の高速スローモーション映像が目の前で繰り広げられています。

 ああ、その超巨大な顎門が大口を開きます。くぱぁ、と。いやいっそ、ごぱぁっ! みたいな勢いです。

 あ、これ死ぬわ。さすがに自分でも分かります。

 人は死の間際に何を思うか、お分かりでしょうか。

 そう、何も考えられません。

 ただ、呆然と眺めています。

 死へ向かう光景を。まるで他人事のように冷静に。清々しいくらいに無関心です。

 ……ええ、だってそうでしょう? 分かりきった話です。

 どう足掻いたって間違いなく、死亡することは確定でしょう。


 まぁ、そんなわけで申し訳ありませんが、つまりは俺、死にます――。


 そんな俺の現実逃避的思考は、しかしすぐに打ち消されることになる。

 俺の身体は大きくよろめいて、顎門の攻撃範囲から外されていた。

 俺を押した存在のほうへ視線を戻すと、そこには狐耳の少女がいた。

 言葉を発する時間すらない。

 だが、視線だけでルリは申し訳なさそうに謝っていた。

 ルリは攻撃範囲内に残っていた。

 そして、大顎が閉じ始める。

 手を伸ばすも、届かない。

 助からない。

 抗いようのない絶対的な死が、まっすぐにルリへ振り落とされる。


 誰も動くことはできない。

 目まぐるしく移り変わる戦場で、全てを予期して動くことはできない。

 間に合わなければ、死ぬ。

 そんな土壇場で全てを予測して先回りすることなんて出来るわけがない。

 だから、ルリは救えない。

 狐耳の少女は、死ぬ。

 意気揚々と故郷を出立した少女は僅か数週間の旅で、その短い命に終止符を打つ。――はずだった。


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーー!!!!!」


 どうしてかは分からない。

 だが、アリシアは間に合った。

 この状況を想定していたかのように顎門の内側に回り込み、馬上槍で受けきって見せた。

 そのあまりの衝撃に鎧が弾け飛び、全身から血を吹き出しながらも、アリシアは一歩も引かなかった。

 一瞬呆気に取られたものの、騎士の気迫に戦意が呼び戻された。

 俺は風でのデバフを再開し、菊花が補助魔法を発動させる。

 リチア、夕凪は僅かでも突撃が弱まるよう、遠隔で攻撃を続ける。

 ナズナは次の攻撃のために再度魔力をチャージする。

 ルリはアイテムボックスから大太刀を引き抜き、獣化する。


 一時的な硬直状態。

 だが、そう長くは保たない。

 アリシアの膂力がいくらぶっ飛んでいるといっても敵はあの超巨体だ。

 一時的にでも拮抗できているのが奇跡のようだ。

 ここから先の反撃の手を探さなければならない。

 なんて、考えたところで思いつくのはいつも通りの回答だけだ。

 分かりきった答えに縋るしかない。


 〈翼白〉。

 どんなに考えたところで、現状これ以外に打破する方法なんて思いつかない。

 記憶の消去は確かに怖い。

 だが、それがなんだ。

 仲間に〈不死鳥リセッター〉の再生能力は使えないんだ。

 アリシアもルリも、コンティニューはできない。

 だったら、やるしかないだろ。

 俺は〈白塵ホワイトダスト〉で作り出した剣で敵の上顎に突き刺した。

 隣でアリシアが頷くのが見える。 

 かたじけない、とでも言いたいらしい。

 俺が無様にやられかけたのを、守ってもらったんだ。そんなことは気にするべきじゃないってのにな。

 敵の体内から直接魔力を奪って〈白楼ミトラスティア〉を発動させれば、このクジラは死に絶えるだろう。

 長い戦いだったが、これで終わりだ。

 ようやく休める。ようやく帰れる。

 お前だって疲れただろ、もう休みたまえ。


「〈破滅〉するのは、お前のほうだ」


 俺は〈破滅カタストロフィ〉に〈破滅〉をもたらすために一気に魔力を吸い上げる。

 アリシアを襲う膨大な重量が少しずつ緩和されてゆく。

 そして、充分な魔力量を吸い上げたので俺は〈白楼〉を発動させる。

 強大な光の羽が、剣となって巨体を貫いた。

 眩い光が洞窟を包み込み、視界が白に塗りつぶされる。


 そんな中、どこかから、子供の声が聞こえた。

 なんだこれ? 幻聴か……?


『――共にこの地を守ろうぞ……』


 白い光に埋め尽くされた世界で、〈破滅〉と呼ばれた魔物は目を見開いていた。

 その目はまだ、死を受け入れてなどいなかった。


――


 甘い微睡みのような記憶。

 淡い色彩の原風景。

 少女の声がぼんやりと響く。


「のう、ディッキーや。人はそなたを妾の〈玉座スローン〉などと呼ぶが、やはりこっちの名のほうが呼びやすいとは思わんか?」


 少女は小さな巾着大の仔クジラに額を突き合わせながらそんなふうに呟いた。

 ディッキーは同意するようにパタンパタンと地面を跳ねてみせる。

 それを見て少女は年相応の子供らしい笑顔になった。


「くふふ、やはりそなたもそう思うか。じゃろうじゃろう、くふふふ……」


 少女は仔クジラの額をぽふぽふと撫でながら、ふと視線を窓の外へと向ける。

 宮殿の大きなガラス窓の向こうにはただ雲一つ無い青空ばかりが広がっている。


「……やがてこの国も戦火に巻き込まれるじゃろう。その時はきっと、共にこの国を守ろうぞ」


 少女は年齢に似つかわしくない神妙な面持ちで、愛する仔クジラを撫でていた。


……


「見えるか、この大きな霊石が……」


 宮殿の地下、王族のみしか立ち入ることを許されない宝物庫にて、少女は相棒のディッキーに声を掛けた。


「むふふ……、これこそが我らが魔族の秘密兵器なのじゃよ。見たまえ、この碧く荘厳な輝きを……! これこそが真の王に相応しい光だとは思わんか?」


 少女は自慢げに胸を張った。

 年相応というには背格好もその膨らみも充分とは言えないが、それ以外は実に王女らしく成長していた。

 このように子供のようなキラキラした表情を見せるのは、もう相棒のディッキーと二人きりでいるときのみである。

 少女はそれを不満には思わない。仕事さえこなしていればそれ以外は自由で良いだろう、と考えているからだった。

 また、人間の大人と同じくらいの大きさに成長したディッキーも、そんな支え合う関係が嬉しくて心地よく感じていた。

 いつまでもこの幸福が続くものだと、疑うことすらしなかった。


……


 その日、世界は赤に包まれていた。

 青い空を否定するような不吉な赤は、夕焼けや朝焼けとは何処か違っていて、言いようのない不安で人々の心を満たした。


「……これが封印術式か。……まったく、空恐ろしいことを考えたものよ」


 彼女の外見は幼い頃からミリ単位で変化がない。何か怪しげな術で時間の流れを止められているかのようだった。

 対する相棒のディッキーは人間の三倍近い大きさで彼女の横に佇んでいた。


「魔族のみを対象とした概念魔法、か……。しかし、その効果の特大さゆえにいくつかの弊害やリスクを背負っておるとみた」


 王女は冷静にそれを分析していた。

 誰もが絶望に打ちひしがれる中、彼女は王の末裔としての責務を果たそうとしていた。


「……そんなにまで憎いのか、我ら魔族が……。……いや、今までを思えば仕方のないことなのやもしれぬがな」


 王女は少しだけ声を震わせた。

 が、すぐに毅然とした態度に変わる。

 取り繕った、とは思えない変わり身である。

 しかし、相棒には分かっていた。それが彼女の強さであると。


「そなたらの誓約を軽んじるつもりはない。けれど、生憎と。この国をタダでくれてやるわけにはいかんのだよ、人族諸君」


 王女はフリルのついた袖を振るって、目の前に魔術を展開した。

 術式は連続的に展開され、いくつもの魔方陣が周囲を埋め尽くしてゆく。


「譬え妾が斃れたとしても、この国が滅んだとしても、魔族を根絶やしにさせるわけにはゆかぬ……ッ!」


 赤い空が燃え始めた。

 世界を灼こうと、魔族を滅ぼそうと、火が猛然と勢いを増した。


「我が命を以て、その炎、食い止めて見せようッ!!」


 世界を灼き尽くす炎が、まず手始めに王女を灼き始めた。

 豪奢なドレスも焦げつき、黒く爛れてゆく。

 王女の顔が苦痛に歪んだ。

 しかしなお、その目は空を睨んだままだ。

 その心は敗北していない。


「オオオオオオオォォォォオオオオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!!!」


 皮膚が灼け、肉が爛れ、骨が焦げた。

 ドレスが燃え、髪が爆ぜ、眼球が灰になった。

 それでもなお、王女は抗い続けた。

 魔族という存在そのものを焼き尽くす炎。

 その業火から魔族を守るため、一人で身代わりとなるために。


「く、か……」


 王女は枯れた喉の代わりに、魔法で相棒へと遺志を伝えた。


『済まぬが妾はここまでだ……。そなたを相棒と見込んで一つ頼みたい……。…………大霊石を守ってくれ……。…………、……あれは、魔族の…………。……――――』


 もうそこには、強く優しい王女の姿は残っていなかった。

 もはや人であったかどうかも分からない、くずおれた灰の塊が残っているだけだった。

 クジラは啼いた。

 一面の荒野に取り残されたクジラはただ虚しく啼き続けた。

あとがきSS

『なぜなに! リチアてんてー! はっじまっるよー☆』


はい、というわけで唐突に始まった質問コーナーよ。

じゃあさっそくそこのマヌケ面晒してる夕凪ちゃん、何か質問ある?


「え、いや、いきなりすぎるっていうか……」


はい、そういうのは減点よ。あとでツバサくんにハグしてきなさい。ぎゅって、ぎゅっ! って。


「あ、あかんて。そんなん恥ずかしいわ……」


そうやって容易にキャラ崩壊してると読者がついて来れないわよ? やる気あんの?


「それ、自分で言うん? ……じゃなかった。ふ、ふん! 我が師匠よ、そちらこそキャラ崩壊が著しいのでないかのう?」


うるさい黙れ。

まず今回のエピソードで気になったところと言えば、ツバサくんとっておきの必殺技、白楼使ったのにあのクジラ生きてんじゃん! パワーインフレしすぎ! ってところかしら。


「あー、確かにそうじゃのう。世界に7体いる伝説の魔物だとか聞いておるし、恐ろしく強いということなんじゃろう?」


ブー。答えはノーよ。

正解は図体がデカすぎるからなのよ。

あれだけデカイと身体を貫いても即死はしないのよね。だからまだ最後っ屁を残してるってわけ。

まぁ、その生命力の高さは伝説の魔物と呼ばれる要因の一つではあるけどね。


「それから後半出てきた過去編みたいの、アレ何なんじゃ?」


それ訊いちゃう?

まぁあのクジラさんの過去よねぇ。ああやって最後にお涙ちょうだいイベント挟むのはお約束だし、ほっといて良いんじゃない?


「いくら何でも発言が黒すぎると思うんじゃが?!」


大体、あなたとイシスだっけ? キャラ被ってない?


「それだけは! それだけは言われたくなかったのにッ!」


ああ、あと一個忘れてた。

結局王女さまが身代わりになったみたいな美談っぽいオチだけど、そのわりには一面荒野になっちゃってるのよねぇ。

王女さま、ひょっとして無駄死に?


「もうやめて! やめてたも!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ