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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第三羽②

 身体が綿毛のように軽い。

 視界は真っ白に染まっている。勝負に負けたポ○モントレーナー張りに真っ白だ。あるいは燃え尽きたジ○ーとでも例えたほうが適切か。

 真っ白な空には人影のようなものが浮かんでいる。シルエットは次第に鮮明になり、それが美しい金髪の天使だと気づくのはしばらくしてからのことだった。

 天使は美しい微笑を浮かべながら翼を広げ、俺に手を差し伸べる。

 天使は倒れていた俺を抱えて、その美しい顔を俺へと向ける。

 今までに見たこともないような美しい女性の顔だった。

 菊花も美少女には違いないんだが、それとはベクトルが違う。

 可愛いよりも、美しい。そんな言葉が相応しいだろう。

 いっそ神々しいとすら思う。そんな天使に支えられ、笑顔を向けられるなんて、酷く恐縮する。恐れ多くて死にたくなる。

 そんな優しさに触れる資格は、俺にはないんだ。

 俺はただ、ツバサ様の代わりに異世界を旅してるだけなんだ。

 世界を救う力なんかないし、そんな器でもない。

 俺は何もできない、ただのオタクなんだ。

 俺はそれだけの、つまらない存在なんだ……。


 すると、天使は優しい微笑を携えたまま、俺に問う。


「何を言っているのかは分からんが、目が覚めたのだな。……具合はどうだ……?」


 何を言っている……?

 具合も何も、夢心地だ。死んだいるのかと思ったくらいだ。

 ……というかここはひょっとして、天国じゃないのか……?


「済まぬな、キッカ殿……。どうやら手遅れのようだ……」

「いえいえ、気持ちは分かりますが、これがツバサ様の平常なんです。さぁ、ツバサ様。起きてください。ここは天国でもゲーム世界でもなくて、キチンとした現実なんですから」


 ……現実、ね……。

 記憶もなく、特別な能力もなく、ゲームみたいな世界にやってきただけのオタク……。

 それが俺のリアルな現実……。

 ああ、そうか。そうだったな……。そういえば、そうだった。

 思い出したよ、……ようやくそれを。


「分かってるよ。俺は何の取り柄もないただのオタク……」


 だけど、一人じゃない。

 ずっと俺に付き従ってくれる優しい味方がいる。

 菊花が隣にいてくれる。


「おたく……? 相変わらず訳の分からないことばかり言うな……? まぁいい。目が覚めたのなら、身体を起こしてくれ。いい加減に少し重たい」


 そうは言われてもな……。まだ視界がはっきりとしないんだ……。

 態勢もめちゃくちゃになってるみたいだし、とりあえずは言われた通り、身体を起こさないことには……、ふにゅん。

 ん……? なんだこれ……? マシュマロか……? 中世とはいえ、そんなものもあるのか……? しかし、それにしてはデカイな……。掴みきれないくらいのサイズだぞ……? ……ふにふに。


「ふぁ……ちょ……ダメ……ッ!?」


 頭のすぐ上から、上擦ったような女の声がする。いっそ『女』とカギ括弧で括りたいような淫靡な響きを醸しながら……。

 まさかな……。いや、だってまさかだろ……? 俺に限ってそんなラッキースケベな展開が起こるわけがないだろう。どーせ、実は女の子の胸かと思いきや医者のおっさんのふくらはぎでしたみたいな、そんなオチだって。

 まったく、オチまで読めてるってのに、俺はどうやって新鮮なリアクションを取れば良いってんだ。

 あーあ、分かった。分かったってばよ。よーし、きっちり芸人張りに素敵なリアクションを披露してやるから、黙って待ってろってんだ。

 ……せーので行くぞ、せ――


「こんの、ド変態がッッ!!」

「ツバサ様のエッチィッッ!!」


 五臓六腑を吐き出したような虚無感の中、俺は再び意識を失った。


 ……んで、目が覚めた俺の前には悪鬼羅刹の二人組が徒党を組んで待ち構えていたよ。

 相手の一人は言うまでもなく、菊花。無表情の菊花は、物凄く怖い。素人目にも分かりやすいくらい殺気立っている。そうか……、これが殺気か……。人を睨み殺すかと言うほどの恐ろしい気配がする……。鷹の目かよ……。世界最強かよ……。

 そして、もう一人は……誰だ……?

 赤い長髪に騎士風の鎧を纏った女。随分と気の強そうな顔立ちだ。……まぁこれだけ殺気立ってれば、気が強そうに見えるのも当然なんだけど……。


 二人が殺気立っている原因は、さっき俺が立ち上がろうとしたときに掴んでしまったアレの所為だろう。

 くそ……マシュマロだと思ってたから、あんまり覚えてないぞ……。アレがかの聖なる象徴たる伝説の双丘だと分かっていれば、その感触を決して忘れたりはしなかったというのに……。

 俺としたことが……、なんたる失態だ。


「……き、キサマ……! 何を思い返している……ッ!? 我が剣の錆になりたいかッ!?」


 女騎士様は激昂していらっしゃる。

 見てみれば鎧の下は、随分と女性らしい膨らみがありそうだ。鎧の胸元が特別製みたいにふっくらしているからな。いや、鎧なんて詳しくないし、元々そういう風に作られてるだけなのかもしれないけど……。

 しかし、まぁスタイルは良さそうだ。身体付きだけ見てもその程度は想像できる。


「ツバサ様……ッ! やっぱりツバサ様もそういうほうが好きなんですね……。私なんて……。私なんて……ッ!」


 菊花は菊花で面倒臭いことになっている。

 確かに、そういう一点のみで論ずるならば、明らかに君は劣っているけれども、けど、菊花の良いところはそこじゃないだろう!

 くそ、恥ずかしすぎるし、言っても墓穴になりそうだから何も言えないッ!

 こんな修羅場でできることなんて、俺には一つしか思い当たらない……!

 だが、俺にはその選択ができない……ッ! 何故なら俺はッ……!


 亀甲縛りで壁に括り付けられているからだ。


 どうして、なんでこうなったッ!

 なんでこんな結び方知ってんの!? あとで俺に教えて頼むからッ!


「謝る謝るッ! 申し訳ありませんでした! 土下座だってするよ、靴だって舐めても良い! だから助けてくれッ! 俺はまだバッドエンドに向かいたくないッ!!」


 菊花のほうはこれで大人しくなってくれたが、女騎士のほうはまだ殺気を収めてくれない。怖い怖い怖い。助けて死んじゃう殺されちゃう。


「……ほう、許して欲しいか……。ならば、私の頼みもついでに聞いて貰おうか。さすれば、縄は解くし、自由も保障しよう」

「何だってやってやる! だから陵辱プレイはやめて! 緊縛もイヤ! 俺はもっと穏やかなのが良いんだよぅ!」

「……少し、哀れになってきたな……。相分かった、縄は解いてやろう。キッカ殿もそれで良いか……?」

「……ええ、だいじょうぶです。それではツバサ様、失礼します……」


 俺は半泣きになりながらも、どうにか生き延びることができたのだった……。


今回俺が話したい内容はひとつしかない。


「もうその時点で嫌な予感しかしないので、聞かなくてもいいですか?」


いいや、聞きたくなくても話すし、なんなら一人でも語り始めるまである。


「はぁ、じゃあ一応訊きますよ? 何を話したいんですか?」


も ち ろ ん ! !

亀 甲 縛 り に つ い て だ ! !


「とくに話すことはないので次の話題に移りましょうか。そういえばツバサ様――」


だが、断る!

話題の変更は許さん!

もう一度言うぞ!

亀 甲 縛 り に つ い て だ ! !


「なんでそんなテンションが高いんですか……」


興味津々だからに決まってるだろう!

亀甲縛りなんて最高にエロいテクニック、男なら気になってしょうがないだろう?


「いえ、私は女なので気になりませんが」


それを察して欲しいのが男心というものなんだよ!


「はぁ、そうですか。全然察したくないです」


おかしいだろ! ツバサ様のお世話が大好きな菊花が、俺への情報共有を怠るだなんてことがあってもいいのか?!

いや、ない!! 反語活用!!


「……(ものすごいドン引きの表情の菊花)」


というわけで教えてけろ!

やり方を聞かせてくれ!

できれば手取り足取り!

実演も交えて優しく丁寧に!

しっとりとじっくりと!

舐めるようなアングルで下からズズイ! ……と!


「……ツバサ様。他に言い残す言葉はありますか……」


……ぁ、……あああ……ッ!


あの……、


「はい、なんですかツバサ様」


申し訳ありませんでした(土下座)


「……ふぅ、次はないですからね」


そうして俺はいちばん大事なことを学んだのだ。

世界には決して触れてはならぬ逆鱗というものがあるのだと。

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