第十九羽④
ダンジョン攻略から数日目。
鍾乳洞状の天井から垂れ下がった石柱の影からワラワラと魔物が姿を現す。
〈エメラルド・タランチュラ〉とかいう大型のクモだ。
他の霊石系の魔物と同様に身体は碧透明なクリスタル状だ。
とても生命体には見えないんだが、動きはクモそのもので人間を見つけると勢いよく襲いかかってくる。
どういう生態かは分からないが、血液だか魔力だかを吸い取りエネルギー源にするのだろう。とにかく、大型の個体ほど気性が荒かった。
また、複数体で群れを作り襲いかかる性質があるらしく、かなり厄介な魔物だった。
差し迫ってくるそいつらにまずはリチアの地属性魔法が放たれる。
堰のように盛り上がってタランチュラどもの侵攻を阻害し隙を作る。
飛び上がった夕凪が四方八方に石矢をばらまく。
狙いは正確だが敵も鈍くはない。直撃する個体は数体程度で、数十体以上が生き残っている。
そこへアリシアがつらら状の天井を砕いて飛礫にする。
落下中に更に一撃。岩石の塊が無数に作られる。
それを俺の風魔法で敵の群れへ突撃させる。
石矢程度では防げてもバスケットボール大の岩石は防ぎきれないようで、クモたちは四肢(八肢か?)を撒き散らして吹っ飛んだ。
ダメ押しとばかりに菊花が放り投げたのは鉄球だ。
鉄の塊に潰されるタランチュラ。
だが、鉄球は止まることなく紫電の雷光を迸らせる。ナズナの雷魔法だ。
磁力に操られた鉄球が生き残ったクモたちを四散させる。
そんな惨劇を見かねたのか、奥からぬっと立ち上がるのは群れの中でも格段にデカイ図体の〈エメラルド・タランチュラ《カリオネ・スイーパー》〉だ。
〈二つ名持ち〉(ネームド)らしく通常の三倍近い体高と前肢の左右に大きな鎌状の腕を持っていた。
見る者に絶望をもたらすような死の刃が片方振りかぶられ、俺たちを守っていた土魔法の堰が紙切れのように引き千切られる。
そして、残っていたもう片方の鎌が俺たちへ向かって振り下ろされる。
――が、ガギィィィィイイイイインと。
劈くような音がして、どう足掻いても死しかない絶望の刃を受け止めるヤツがいた。
白い光を身体から溢れさせたルリだった。
巨大な大太刀で鋭利な鎌を食い止めている。
始めは拮抗した鍔迫り合いも徐々に体躯の差で追い詰められてゆく。
悔しげに口元を歪めるルリ。
一対一では刃向かいようもない。土台無理な話なのだ。ネームドは容易な相手ではない。以前見た《ラビット・イーター》とは全く違う。人為的に作られた変異種と真の弱肉強食の世界で生まれた変異種では、持ちうるポテンシャルには圧倒的な絶対差がある。
ルリでは《カリオネ・スイーパー》には勝てるわけもない。
だが、そもそもの話。
一人で戦うことに意味はあるのだろうか。
ダンジョンとは力が物を言う世界。生きるか死ぬかの瀬戸際。そんな中で一人が持ちうる力量などにどれほどの意味があるのだろうか。
そもダンジョンとは一人で抗うようなものなのだろうか。
無論違う。
ダンジョンとはパーティで挑むべきものだし、そのために冒険者がいて、そのためにクエストがある。
ルリは一人じゃない。俺たちはパーティだ。
俺たちは拳を握りそれぞれの得物を手に、ワンランク上のボスへと立ち向かう。
それは、よくある冒険者の姿だった。
――
戦闘が一段落して――、手に入った素材は多い。
碧水晶片、碧水晶塊、碧水晶の瞳、碧水晶の筋、碧水晶の甲殻、碧水晶の牙、碧水晶の角……。
とにかく多い。
一番細かい碧水晶片に関してはもはや百を超える数となっている。
幸い俺たちにはマイホームがあるから、素材の備蓄もどうにかなっている。
加工は現状やり方も良く分からないし、現状は溜め込むしかないんだが……。
もしかしたら町に戻れば高値で売れるかもしれないしな。そもそも霊石系ってレアモンスターだって聞いてるし。
その中でも今回の一番の収穫はこれだろう。
俺は透き通ったその刃を見て溜息を吐く。
碧水晶の透刃。《カリオネ・スイーパー》のあの鎌腕だ。
全力のルリでも押し切られるほどだったのは敵の膂力の影響が大きいが、あれだけの戦いで傷一つないってのには心底呆れるな。
これを加工して武器にできれば戦力としてはかなり心強いんだが、……いかんせん丈夫すぎて加工すらできない。
もったいない。実にもったいない。
こういうときは攻略サイトのある世界が羨ましいな。まぁ、もう二度とお目に掛かることはないんだろうけど。
あるいは今後の永久に近い旅路の中で、また似たような世界に辿り着けるのだろうか。
そんな日がいつか、来るのだろうか。
……そうだったらいいな。
――
帰った俺はナズナとキャッチボールをしていた。
「どうだ? そろそろ……学校には……慣れたか?」
「なに言ってる……、です?」
対するナズナはというと、キャッチボールごっこには付き合ってくれない。
不器用な父親が幼い息子と絆を深め合うという理想的なシチュエーションだと思うのだが……。
「もっと遠くてもいける、です」
ナズナはふんすっ! と鼻息荒く球を放った。
とはいえ、まぁ確かに、この光景はあまりキャッチボール的ではないか。……俺も少しだけ反省し始めてきた。
なにせ、距離はもう50メートル近いし、俺は受けるだけで投げ返してないし、なんならナズナが放るのは球は球でも電撃球だったりする。
それを魔防特化の盾で受け流すのだから、キャッチボールという比喩はいくらか無理がある。
じゃあなんでキャッチボールごっこ始めたし、俺……。
まぁ、ナズナと会話のキャッチボールをしたかったのだと白状しよう。
ほら、最近あんまり話せてなかったしね。
「遊ぶのは魔王との戦いが終わってからでだいじょうぶ、です」
……泣かせるじゃないの。
まぁ、だからこそ遊ばせてあげたくなるんだけどね。
だからこうして修行に遊びっぽい要素を入れようと画策するわけだ。
「もっと的が小さくてもいける、です!」
ナズナは頭の上の狼耳をぴこぴこさせながらガッツポーズを作る。
……どうやら修行は順調に進みそうだな。
そんなこんなで、ダンジョン攻略も安定してきているので、そろそろステップアップを考えている。
それはそれぞれの戦力の強化だ。
現状のパーティはそれぞれに得意分野が分かれている。
もちろんそれはいいことなんだが、それらの個性が生かし切れていない、というのが俺の最近の懸念事項だ。
たとえば、菊花は速度・火力に特化しているが、その分その個性が生かし切れない高耐久の敵に対して弱いという弱点がある。
菊花には素養的に補助系統の魔法が得意なので、バフ・デバフを伸ばせば攻撃が効かない相手には弱体化や味方の強化へと役回りを変えた方が無駄が少ない。
アリシアは耐久・火力に長けているが速度や攻撃範囲が狭いという欠点がある。速度については菊花の強化魔法がある。攻撃範囲は地面を砕くような攻撃でカバーできるだろう。
ナズナはより雷魔法に特化させてスナイパー的なポジションにつかせたいし、夕凪には後衛からの大規模魔法を期待したい。
ルリは後衛で守備周りの魔法を使わせれば前衛の負担を減らせるだろうし、リチアには参謀役として全体を俯瞰していてもらいたい。
そうなると前衛が少ないので俺は必然的に前に出ることになる。
今なら〈白式〉もあることだし、近接戦闘もこなせる。
あとはチートスキルであるところの〈翼白〉を強弱の出力を極められればアリシアたちとも肩を並べられると思うんだけどな。
なかなかそうはいかないのが難しいところだ。
育成もダンジョン攻略も順調に進んでいた。
その成果は、勇者たちの冒険とは対照的な展開だった。
このときの俺たちはまだ、勇者たちが見舞われていた困難をまだ知らずにいたのだった。