第十九羽③
足音だけがやたらと反響している。
どうにも視界が悪いと他の感覚が鋭敏になるみたいだ。
リチアが作り出した魔法の光球が周囲を照らしてはいるが、その光量は足りているとは言いがたい。
目を凝らしても十数メートル先くらいまでしか把握できない。
俺たちは固まって魔物の襲撃に備えていた。
出現する魔物は今のところ小物が多い。碧水晶の身体を持ったクモ〈エメラルド・スパイダー〉や同じく碧水晶の身体でパタパタと空を舞うコウモリ〈エメラルド・バット〉くらいだった。
決して強い魔物ではないが、思ったよりは頑丈な印象だ。
魔法はどの属性でもあまり効いている様子はなく、斬撃系統の攻撃も弾かれてしまう。
だが、打撃系統ではある程度強打することでガラスみたいに砕けて散った。
どうやらちゃんと弱点は設定してあるらしい。
アリシアには棍を装備してもらい、菊花には死線を見れる能力でクリティカルで潰してもらう。
攻撃を当てづらいコウモリには夕凪が弓で対処した。
矢の先を丸くした石矢であれば、コウモリも落ちてくる。
当たり所が良ければ即死だが、上手く当たらなくてもよろけて落ちてきたところを袋叩きにすれば撃破は容易だ。
攻略自体は比較的スムーズに進んでいた。
そして俺はというと、マイホームの貯蔵武器でいくらか試し切りをしていた。
まぁ、打撃武器をメインで試しているので試し切りというよりは試し叩きといったところなんだが。
まず、ハンマーは重くてすぐにリタイアした。なかなか当たらないわ重いわ疲れるわで早々にギブアップだった。
アリシアみたいな棍棒もあるにはあったがどうにも間合いの調節ができなくて難しかった。敵が小さい分すぐに懐に入られるんだよな。そうすると打つ手がない。アリシアなら柄を使ったりしてうまく対処できるんだろうが、俺にはまだ早すぎるらしいので、ちょっと頑張ってみたがやっぱりダメ。
結局雷帝の力を借りてグローブ・グリーブの組み合わせが一番戦いやすかった。
風魔法での慣性制御や雷魔法での高速体術〈白式〉とも相性が良かったしな。
これらの同時使用はやっぱりまだ難しそうだが、スイッチするみたいに切り替えて使う分にはまったく問題ないので、しばらくはこの戦法に頼ろうかと思う。
とにかく、現状はそんな感じで進行していた。
――
体内時計がやたらと正確なルリの申告から今日の探索は終了となった。
「ふむ。マッピングはちゃんとできておるぞ。……なんじゃ、心配するでない」
夕凪はそんなふうに唇をとがらせていた。ところどころダメなキャラなので心配していたんだが、どうやら杞憂だったらしい。
……あるいはリチアから事前に指示されてた可能性もあるけど。
とはいえ、夕凪の異能はサーチ&デストロイ……っていうのはちょっと盛ったけど、探索能力に秀でている。
そこから応用してマッピングもできるとは思ったんだが、上手くいったようで何より。
ほれ、と夕凪が手のひらに出現させたホログラム状の地図を見せてもらうが、正直感想としては何とも言えない。
それはそうだよな。地上から全てをマッピングしてきたわけではないんだ。
だからだだっ広い空間を図に収めているだけでしかない。
現状これを見たところで何の感慨も湧きはしない。
もう少し迷宮然としてればありがたみも湧くんだが……。
どうじゃ!? と上機嫌に鼻息荒く接近してくる夕凪に、美少女から不用意に近寄られてしまった俺はというと若干引き気味になりながらも「ああ、すごいな……」とそれっぽく呟くしかできない。
そんな陳腐な感想に「そうか!」と満足そうに破顔する夕凪を見ると、ちょっとだけ良心が痛むが……気にしないことにする。
ともあれ、攻略としては現状上首尾に進んでいる。それだけでも僥倖だった。
――
アリシアが作った絶品ハンバーグをたらふく平らげた後、一同は散開し各々の作業に戻ってゆく。
ナズナは消費した薬の補充をするために地下の工房へ降りていったし、アリシアは料理の片付けが終われば明日の朝ご飯の下ごしらえがあるのでしばらくはキッチンに籠もることだろう。
菊花は自身が使う暗器の整備や冒険で使うアイテムの整理を行っているし、ルリはアリシアから譲り受けた残飯やペット用の食事を厩舎まで運んでいる。
夕凪は異能で描いた地図をリチアに見せ、リチアはそれを分析し明日の探索の予定を立てている。
もしこれがギャルゲーや恋愛要素をはらんだRPGなら誰を手伝うかでルートが分岐したり好感度イベントが発生したりしそうだが、どうしたものだろうか。
そういう思考で進めるならば、いまだにドストライクど真ん中の菊花ルート直行なんだがなぁ。最近絡みがなくて寂しいし(ただし性的な意味ではない)。
この世界には好感度は実装されていない。……と思う。俺が知らないだけかもしれないが。
だったら効率的に攻略を進める上で必要なのは明確な数字。つまりは熟練度である。
この迷宮、〈碧宝貝蔵〉には霊石系と呼ばれる珍しい魔物が棲息している。
それこそが俺たちの本来の目的だ。
現状の熟練度は4。多いヤツでも6程度だ。
どんなカテゴリでも熟練度が10、20などの節目を越えるところで大きく使い勝手が増すように作られている。
例えば打撃系武器なら20を越えたタイミングで〈外殻破損〉というスキルを覚える。
〈外殻破損〉は対象の防御力を減らす弱体効果を付与するスキルだ。
攻撃と同時に弱体が発生すれば攻撃効率は圧倒的に向上する。
更に打撃系統のスキルを上げていけば30で素早さを下げる〈駆動破損〉、40で魔法防御を下げる〈信仰破損〉など便利な技が覚えられるようになっている。
まぁ、このあたりは図書館で調べたりアリシアとか人伝に聞いたりしたんだけどな。
そして、霊石系なら詠唱省略などの魔法系統の強化が行えるらしい。
もともと出現率が異様に低い霊石系だ。魔法の強化は本来簡単には行えない。
ただし、ここには霊石系が数多く棲息している。つまり熟練度的に旨すぎるのだ。
もっと積極的に狩りに生きたい。
単純な狩りでは20前後で熟練度は頭打ちになってしまうだろう。
だが、それを踏まえても相当に美味しい。
俺は浮かび上がる笑みを隠せなかった。
そんなわけで白熱する議論を交わす攻略組に参加した。
ルートをどうするかで意見を衝突させていた二人に混ざり、俺も意見を主張する。
得られるものは大きい。この興奮は期間限定イベントで盛り上がるソシャゲにどこか似ている気がした。
この熱はしばらく冷めそうにない。