第十九羽②
さて。
そろそろ多くの人が忘れかけてるだろうから、改めて説明することにするが……。
この世界には熟練度というシステムが敷かれている。
まぁ、これは何度も話したことだけども。問題なのはそこから派生して覚えられるスキルにこそある。
この世界での特徴とも言える、魔物熟練度。これが一つの鍵になる。
たとえば、草原系の魔物、〈フィールド〉シリーズの魔物を倒すと草原系タブにまとめられた熟練度が向上していく。
草原系熟練度を習熟させていくと覚えられるスキルには〈走破〉――障害物の影響を一部無効化して走り続けられるスキル、〈持久行動〉――疲労時のステータス低減を抑えるスキル、〈疾駆〉――素早い身のこなしで走り抜けるスキルなどが存在する。
出現する魔物には地域ごとに特色が存在するので、様々なエリアで魔物を狩ることが戦力拡充に大いに役立つというわけだ。
そんな中、一向に埋まらないページというのが存在する。
それがレア系統の魔物だ。その一つが〈霊石〉系というカテゴリに属する魔物たちである。
出現例なんかは王立図書館とかで調べた知識で多少は把握していたが、その時はまだそれほど必要性を感じていなかったし、距離もあったため、行動を起こす気持ちにはなかなかならなかった。
それが移り変わったのは、やはり死者ハサドとの戦いが大きい。
敵は強く、強大だ。
俺は仲間を見捨てたし、トドメは勇者たちに譲ることになった。
決定力の不足にもまごつくことになったし、色々と反省点は大きい。
結果として、俺や仲間の戦力を向上させるためには熟練度稼ぎが必要だと思い、そのためには一様の行動だけでは伸び率が悪すぎる。
なので、レアモンスターを狩るために秘境への探索に乗り出したのだった。
そこまでは珍しくもない選択だったのだろう。
初級者から中級者程度であれば、よくある選択肢の一つだったのだろう。
問題があるとすれば、それは翼龍としてのトラブル体質というか、ラノベ主人公の宿命というか……。
ともかく最悪を引き当ててしまったことに他ならないだろう。
破滅の名を冠する魔物〈イシスズ・スローン〉などという災厄級の魔物と遭遇した俺たちは、咄嗟の判断として魔物の空けた大穴へ避難するという血迷った選択を行った。
逃げ続けるよりかは幾らかマシだったと思うが、そこから先の命運は、全く読めない。一寸先は闇というやつだな。
まぁ、とにかくそんなこんながここまでのあらましだ。
はてさて、それからどうなったかというと……
――
「おかわり!!」
掲げられたお茶碗にアリシアがご飯をよそう。
白いご飯からは湯気が立ち上り、更なる食欲の拡充と共に意気込んで戦場――という名の食卓へと勇み挑むことになる。
「相変わらず薔薇騎士の作る夕餉は格別に過ぎるな! あむあむ」
ご満悦の中二病魔女、口元をクノイチに拭かれる狼耳の幼女、忙しげに笑みをこぼす女騎士は額に浮かぶ玉の汗を拭う。
……などという先程までの状況とは不釣り合いに平和な光景が繰り広げられていた。
一応説明すると、ここは〈イシスズ・スローン《ザ・カタストロフィ》〉が作り上げた大穴の底から、リチアの〈凋落者の跳躍〉(イグジット)で転移した先のマイホームだ。
この転移を利用すれば、王都にも一瞬で戻れるしルリの故郷である隠れ里にもひとっ飛びだ。相変わらずのチートっぷりである。
現状ここでは熟練度稼ぎが目的だが、戦力の拡充も重要だ。
最近役立たずっぽい印象を抱かずにはいられない重度の中二病患者である夕凪だが、彼女はコスプレが趣味だったらしく服飾に含蓄がある。
防具関連は夕凪に任せればいいだろう。
そして菊花は手先が器用なのでアクセサリーなどの小物の製作が得意だ。
これも少しずつ製作を進めてはいるが、現状ステータスをアップさせるタイプの補助効果しか生み出せていない。
防具にもアクセサリーにもバフはあるが、どの程度重複するのかなどの実験はまだ進んでいない。
もう少し数を作らないと、組み合わせにも限りがあるからな。
現状分かっているのは、10本の指に指輪を10個装着しても全部の効果は発生しないということくらいだろうか。
だが、何個目までが有効でどの程度重複して機能するのか。他の部位と組み合わせたらどうなのかなど、考え始めると組み合わせが膨大でなかなか考察が進まないのだ。
なのでしばらくは作り置きばかりしている。
薬系統はナズナが錬金術師として頑張ってくれている。あいかわらずこねこねしたりしているだけだが、薬の備蓄もそこそこ進んでいる。
惜しむらくはその薬のうちどれを使うべきかの〈診断〉ができるメンバーがいないということだろうか。
これは熟練度を上げていってそのうち誰かが覚えるのを待つしかあるまい。
たぶん一番早いのはナズナだろうが。
そして、現状の問題は武器の製作だ。
鍛冶に特化したメンバーがいない。これが少しばかり問題だった。
まぁ、王都に戻ればスローモージジイの弟子がいる。あのイカツイ鍛冶師に依頼すればある程度の武器は作ってもらえるだろうが、どうせならパーティにひとりくらい鍛冶師が欲しいんだよな。
とはいえ、あのベランメエはダメだ。どうしても仲間に引き込みたくない。
ハーレムパーティ目指したいとか、そういう目的を抜きにしてもなんか嫌だ。
消去法的に俺が鍛冶師になるしかいないという結論に達した。
そんなわけで地下に作られた工房に足を運んだが、現状鍛冶作業はまったく進んでいない。
そりゃそうだ。知識もなければスキルもないのだから。
……しばらくはあのイカツイ鍛冶師のご厚意に授かるしかないな。
俺はひとつ溜息を吐いた。
――
マイホームで休息ばかり取るわけにも行かない。
俺たちはあくまで攻略者。ダンジョンに挑むのが本来の目的だ。
しかし、リチアの作り出したゲートを通り抜けた先はどこまでも闇が広がる広大な空間だった。
地面は砂が敷き詰められたような感触が広がっており、光源は何も存在しない。遥か天蓋を見上げれば僅かに光は見えるが、その明かりも足下を照らすほどではない。
リチアが光魔法を唱えて照明を作り出すと、周囲には幻想的な空間が広がっていた。
印象を一言で例えるなら、某風の谷に出てきた腐海の底のような世界だった。
まぁ光源がないし、蟲もいないけどさ。
「川は見当たらんな……」
「でも、音は聞こえますよ……?」
「水の匂いもする、です」
夕凪も俺と同じような感想を抱いたのかもしれない。
菊花とナズナの指摘からすると、少し歩けば似たような光景には辿り着けるだろうか。
「探索も良いけど、そもそもの目的は覚えてる?」
「〈霊石〉系の魔物……、でございますね。今度こそ、わたくしもお役に立ちたいのでございます」
ルリはホワイトテイルの無断持ち込みの責任を感じているようだった。
当の白しっぽはペット小屋でシロと仲良くお留守番だ。
……ひょっとしたら、ホワイトテイル系の熟練度が上がったらまた声が聞こえるようになったりするんだろうか。……だったらイヤだな。
そのまま進むが、川は見えてこない。近くにはあるのかもしれないが。
そして、足場がふわふわの砂でどうにも歩きづらい。とはいえ、足場が砂浜状態じゃなければ落下の衝撃で死んでいたかもしれないのだから、あまり文句を言うべきではないか。
それに魔物も少ない。というか気配がまったくない。
イシスズ・スローンが相当に凶悪だからな。そんじょそこらの魔物ではおっかなくて近づかないのだろう。
ともあれ安全に進むことができそうだ。
そういや、その巨大クジラご本人は何処へ行ったんだろうか。耳を澄ませても物音はほとんどしない。近くに潜んでる可能性はなさそうだ。
あのときアイツはルリのホワイトテイルを襲うように飛び掛かってきた。
小動物を狙うのか? ……あるいは。
俺はアイテムボックスにしまった碧水晶を思い浮かべる。
まさか、宝を守るために襲いかかったんじゃあ……?
(……まさかな)
俺たちは不穏な地下空洞をリチアの生み出す光球を頼りに進み続けた。
設定上の問題で修正しました。〈聖石〉→〈霊石〉。あんまり大差ないけど。