第十八羽④
荒野の旅が始まって八日目――。
これまでの道中で見つかった結晶はなんと6個。テンションが上がりすぎてナズナがルンって感じの歩き方をしている。……俗に言うスキップだが。
しかし体力のないナズナはへばりやすいので監督役としては注意が必要だ。
戦果を求めて菊花や夕凪も参戦し始めるが、宝石は決まってルリが拾っていた。
「旦那様、こちらを……」
慣れた感じでそれを受け取る俺だが、真っ先に飛びついたのはやはりと言うべきか菊花だった。
「おかしいです! おかしすぎます! 私たちがこれだけ探してるのに、どうしてこの白狐だけが結晶を見つけるんですか?! 何かズルしてるに決まってます!」
「そ、そんなことはございませんよ……! ただ、たまたま見つけてしまっただけで……」
そうは言うが、こんなぺんぺん草も生えないような荒野で光り輝く宝石が見つからない訳がないような気がするのだ。
それでも見つからないということは、相当見つけづらい落ち方をしているとしか思えない。それこそ、掘らないと出てこないくらいに。だとすれば、それをいくつも見つけられるのは偶然では片付けられない事象ではなかろうか。
ただ、それが何なのかと訊かれてもさっぱり分からん。狐耳が役に立ったりするのだろうか。しかし、それを言うなら狼の鼻を持つナズナにも勝算はありそうな気もする。
ナズナの嗅覚がそれほどでもないのか。あるいは、宝石を探すのに嗅覚は役立たないのか。う~ん……。
そんなことを考えていると、ルリがピクンと震え上がった。なに、チャドの霊圧でもなくなったの?
「なんでも、なんでもないのでございま――」
コンっ!
奇妙な音が響いた。
仲間たちの視線が向けられるなか、ルリは顔を染めて狐みたいな鳴き声を上げていた。
「コンっ! コンっ! わたくしたち白狐族は時折鳴きたくて仕方ないことがあるのでございますコンっ!」
……そのわりにはやけに恥ずかしがっている気がするな。というかこの数日間で初めてだろ、そんなことするの?
仲間たちも怪訝な眼差しを向けている。
ルリは途端に冷や汗を掻き始めた。……なんだか怪しいぞ。
「ち、違うのでございますよっ! わたくし、何も隠し事は……ひゃあっ?!」
ルリの豊満な胸元の色っぽい襟元から何かが飛び出してきた!
瞬時に警戒態勢を取った俺だが、リチアがそれを無言で制した。
落ち着いてみてみれば、それは……。
あの時見た、フェレットだろうか。
白いふさふさの尻尾にすらっとしたフォルムの小動物だ。
「む……? あれはまさか、テイルか……?」
「テイル……? なんですかそれ?」
呟くアリシアだが、菊花は不思議そうな顔をしている。
そして、ぴょんこぴょんこと走り去るしっぽを追いかけるルリ。
「ああっ?! ダメなのでございますよ! じっとしていてとお願いしたではございませんか! お待ちになってくださいまし!」
俺たちは唖然とした様子でルリを見守るしかできない。
そして、パタパタとわりと必死そうに追いかけたルリはようやく白しっぽを捕まえることに成功した。
ほっと胸を撫で下ろしているが、自分を見つめる仲間たちの視線に気づいて視線を逸らした。……まだ誤魔化す気かしらん?
「あ、あの旦那様……? 良ければこちらもお納めください」
そうして広げられたルリの手には、そろそろ見慣れてきた碧い魔結晶がまたも握られていた。
――
ホームに戻った俺たちは休憩を取った後、地下室に集合していた。
まだ錬金やら合成やらの準備はできていないので、わりと広い空間が余っていた。
そして、そこに座らされるルリ。
見つめる仲間の視線は鋭く、まるで針のむしろだ。
対峙するのはリチアだ。
詰問役は、俺だと結論が甘くなりそうだということで除外。菊花では厳しくなりすぎるのでやっぱり除外だった。
「それじゃあ答えてもらおうかしら。あの生き物はなんなの?」
気怠げに、それでいて機嫌が悪そうなリチアだが、たぶん演技だろう。リチアが腹を立てる理由もあまりないしな。
だが、ルリはというと、内緒で犬を飼ってたのを母親に見つかった女子小学生みたいに縮こまっている。
「これはその、あのぅ……出来心だったのでございます」
やがてルリはぽつりぽつりと語り始める。
「義理ではございますが、わたくしには姉がいるのでございます。そのお姉様から〈ホワイトテイル〉を与えて欲しいと手紙で頼まれておりました。けれど、当主を譲り渡す兼ね合いでその権利も曖昧になってしまったのでございますよ。ですので、わたくしにできることは、わたくしが個人的に飼っておりました〈ホワイトテイル〉を連れてくることだけなのでございました。ですが、これは正確な許諾ではないのでございます。わたくしの裁量で勝手に行うしかなかったのでございますよ」
そういや、忘れてたな。あのふさふさをくれとは言ったが、ちゃんと手紙に書いといてくれてたんだな。わざわざ律儀なことだ。
そしてその権利も、当主交代でうやむやになったと……。考えれば仕方ないような気もするな。
「……いえ、こう言うと旦那様やホタルちゃんのせいのように聞こえるのでございますね。改めましょう。わたくしはわたくしの大事な友達と離れたくなかっただけなのでございます。勝手な願いではございますが、同行を許して欲しいのでございます」
ルリはそこまで言うと深々と土下座をする。
正直女子に土下座されると、恐縮してしまうんだが、リチアはというと顎に手を当てたまま何事かを考えているようだった。
そこへ菊花が詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待ってください。経緯は良いとしましょう。じゃあ、結晶をやたら見つけてたのは……」
「この子でございます」
瞬間、ブチィと嫌な音が聞こえた気がした。
「じゃあなんですか?! ペットの戦果を自分のものみたいに横取りしてツバサ様から褒めて貰ってたんですか?! どんだけ図々しいんだこのボケ狐ぇ!!」
相変わらず変なところでスイッチの入る菊花は、ルリに掴みかかったのだが……。
ルリは今回ばかりは反省しているのか、反撃には出なかった。
「……その通りでございます。わたくしは自らの過ちを隠すために都合の良い嘘を吐いたのです。あのようなお褒めの言葉は、わたくしには過ぎた言葉でございました」
ルリはそんなふうに言うと、トレードマークの狐耳をぺたんとへたらせる。
いや、褒めたっていうか、凄いなって声かけたくらいだと思うんだけどな。
……というかどうする……?
確かに黙ってペットを持ち込んだのはよろしくないが、制裁を加えるほどか?
なによりここまで消沈されたら、逆に困るな。
そう思ってリチアを見るが、一瞬目が合うと肩を竦めてしまった。……アホらし、とでも思ってそうだな。同感だが。
そして菊花も、掴みかかった腕を放していた。いくらなんでもそこまで空気が読めないわけではなかったらしい。
「分かったわ。ルリ=マツリカ、あなたに裁決を下すわ。あなたは今後一生、厩舎清掃の刑よ。ちょうど担当者も欲しかったところだし」
え? え? とおめめぱちくりするルリだが、一同は頷いて合意を示す。
こうして、厩舎管理者としてルリが就任することに決まったのだった。
それから平行して役割分担が振られた。
書庫管理が夕凪。錬金・合成はナズナ。細工は菊花。調理はアリシア。リーダーが俺で、参謀がリチアとなった。
マイホームの改造は、もうしばらく掛かりそうだけどな。
ペットの話ができなかったので、どうにかここにぶち込みました。
ホーム改造とかもなろう定番イベントではあるので、そのうち細かく書きたいですね。