第十八羽③
目論見が甘かったと言えば、その通りだろう。
いっそどうして気がつかなかったのだと、過去の俺を小一時間問い詰めたいくらいだ。
けれど、時計は逆さには回らないし、過去は覆せない。
つまり、何が言いたいのかというと……。
「ダルイな……」
「妾も疲れたぞ……」
「……です」
真っ先に音を上げたのが、俺・夕凪・ナズナだった。
ナズナは子供だから仕方ないだろうけど、インドア派の俺や夕凪にも耐えがたい道程だった。
つまり問題とは、そのあんまりな道程にこそあった。
「そうだよなぁ。ファンタジーの世界で徒歩はしんどいよなぁ。やっぱ乗り物要るよなぁ」
「我が片翼よ、そういう便利な異能はないのかや? ……リチアも、知らんのか?」
そんな俺たちの問いは、リチアの首振り一つで切り捨てられた。
「あたしのはあくまで亜空間を繋ぐゲートを発生させるだけだからね。行ったことがある場所までの門ならともかく、行ったことのない場所はさすがに無理よ」
「ツバサ様、どうして馬を借りなかったんですか?」
そうは言うが、ルリのいた隠れ里にはそもそも馬がほとんどいない。密偵とかが使うために多少はいるんだろうけどな。
けど、この人数で使うにはそこそこの規模の馬車が必要だ。そして、そんなものが隠れ里にあるわけもなく、結局移動手段は徒歩にせざるを得なかったのだ。
「だが、近くの町に寄れば馬車くらいは工面できただろうに……」
「いえ、わたくしも聞いた話ではございますが、相乗りしようにもそもそも人通りの少ない終末街道を通るような馬車はまずありませんでしょう。買うにしても辺鄙な場所には変わりありませんので、馬車を売っているとは考えにくいのでございますよ」
そうなのだ。つまり消去法的に徒歩しかなかった。
だが、考えてもみて欲しい。
ここはファンタジー世界。踏み固められただけの道らしきものが一応垣間見えるだけの街道が延々と続いている。その長さがどれくらいかは不明だ。歩く速度が5キロだとして、一日7時間歩くと踏破距離は35キロ。仮に終末街道の全長が百キロ程度なら踏破に三日掛かる計算だ。
そして、アリシアの持つこの世界の住人としての知識と、リチアの長い冒険生活の考察から答えを導き出した結果、目的地までの距離はおよそ300キロ以上あるという結論に達した。つまりが、早い話……。
到着までにはおよそ10日は掛かるのだ。
分かるだろうか。このだだっ広い荒野を延々と歩き続けて10日間絶え続けろと。これはもう拷問だ。嫌がらせだ。きっと怪しげな組織の手の者に踊らされてるに違いない。
「うぅー、足がぁー。靴擦れと筋肉痛と肉離れとか諸々でもうダメじゃー! ……もう歩けんのじゃー……」
グチグチと嘘っぽいことを漏らし始めた夕凪のお陰で、進行速度は更に遅れ始める。
早めに食事休憩を取ることにしたら、夕凪はマイホームで留守番をするとか抜かし始めやがった。
休みたいのはこっちだって一緒だというのに……。
「しょうがないわね……。じゃあ今日はホームに残ってていいわよ。……ただし、魔法の修行はしてもらうけど」
リチアの課した宿題は魔導書らしきものの演算や解析だった。
電話帳みたいな分厚い魔導書が合計3冊。大技林とかじゃなさそうだな。小難しい魔方陣やらなんやらが書かれているが、文字はもちろん日本語ですらない。
まぁ〈言語翻訳〉スキルのお陰で読むこと自体は苦もなくできそうだが、読めたところで内容はというと、それはもうさっぱり分かりそうにない。
凄いなー、魔女っ娘ルックスなだけあって、こんな修行もこなせるのかーとか感心してたら、当の夕凪は涙目になってこちらを見つめている。『仲間になりたそうな目をしている』ってのは主にこういう感じを言うのかもしれない。
「あ、うぅ……やっぱり……。いや、でも……う~む……。……なんでもないのじゃ」
夕凪は散々迷った挙げ句、アントドアよりもインドアを選んだらしかった。
というか俺も、どちらかと言えばインドアのほうが良いんだけど……。
そんなことを思いつつリチアへと熱い眼差しを向けてみたが、リチアはふるふる……。
肩を竦めながら首を振った。
「ダメよ、ツバサくんがいないとゲートで時差が発生しちゃうんだってば。下手したら一ヶ月前後ズレるのよ? もうそんな擦れ違いはゴメンよ」
そういや、あったね。そんな設定。
そんなわけで、俺は強制的にアウトドアコースへの参加が義務づけられたのだった。
――
皆様にとっておきのお仕事があるのでご紹介をさせてください。
仕事といっても難しいことは何もありません。
ただ事務的に足を進め続けるだけの簡単なお仕事です。難しい技能なんかは必要ありません。
休憩時間もしっかりと規定時間にもらえますし、残業もありません。定時になったらすぐに帰っても大丈夫です。
ノルマもありませんし、接客することもありませんので、業務未経験の方でも安心して働くことができます。
上下関係もありません。人付き合いが苦手な方でも業務に取り組むことができます。
一緒に働く仲間も同じように足を進めるだけですので、いつでも笑顔が絶えない和気藹々としたフレンドリーな職場となっています。
あなたも私たちと一緒の職場で働いてみませんか?
「……笑顔が絶えない、っていうのはさすがに嘘ね」
「以前の世界では、確かそんな内容のアルバイト勧誘を見かけましたけど……」
リチアと菊花は溜息交じりに顔を見合わせている。
「しかし、快適な休息が得られるというのは実は素晴らしいことなのだぞ? 本来なら毛布にくるまって野宿するしかないのだから」
「そうは言うが、みんなで愚痴を言い合って『一体感があります』とか『フレンドリーな職場です』ってまとめる中小企業のおためごかしにはさすがに苦言を呈さざるを得ないだろう」
良くある『風通しが良い職場』ってのはどうせアレだろ? 離職率が高くて新人がみんなすぐ辞めちゃうみたいなことだろ?
そしてどこもかしこも似たような文章書いてるってことは、つまりは大体の職場がそんな有様ってわけで。そりゃニートにだってなるってもんさ。
つまりニートとは人間の行き着く先であり、人生の終着点なのだ。老後はみんな仕事を辞めるだろう? 遅いか早いか、それだけのことさ。
だから俺は働かない。最短ルートかつ最適解を導き出すのは効率厨として当然のこと。ゲーマーとして当たり前のことでなのである。
……なんて悟りを開いていると、不思議な感覚に意識を割くことになる。
くいくいっ。
俺の袖を引っ張る美少女が一人。
ルリだった。
「だ、旦那様……。このようなものを拾ったのでございますよ……」
ルリが細っこい手に乗せていたのは、碧い水晶のような塊だった。
こんなものがこんな荒野の道端に無造作に落っこちてるものだろうか……?
とりあえず、この世界のものならこの世界の住人に訊くべきか。
「アリシア、これなんだか分かるか?」
「う~む、碧水晶……、魔石か……?」
アリシアは腕を組んで唸り始める。本当にこの騎士様は戦いと料理以外では何の役にも立たないな。
「……今日の料理は、貴様の右腕を煮込んでやろうか?」
「何も言ってません! アリシア様は美人騎士で大変素敵です! 料理も美味しいし、思慮深くて格好いい! そこに痺れる憧れるゥ!!」
「……まぁ、許してやろう。……それにしても、綺麗な宝石だな。このサイズでこの色味だと、相当な値がつきそうではあるが……」
アリシアは宝石を太陽に透かして見つめている。
日の光を浴びると、碧い光を雨のように降らして荒野に彩りを加えていく。何らかの魔力でも籠もっているのだろうか。
「……バサ兄、たぶんそれ、魔鉱石の原石……、です」
「魔鉱石、だと……?!」
アリシアが目を見張っている。
魔鉱石ってのは確か、魔導石の純度が低いもの……だったよな? それの原石ってなると……? あれ? 魔導石より凄いの? ショボイの?
錬金術士としても優秀なナズナはそっち系統のアイテムにも造詣が深い。……どこぞの騎士様とは違って。
「魔鉱石は普通の石っぽいやつ、です。そこから成分を抽出して魔導石を作れる、です。でも、ホントにたまに余計なのが入ってない結晶体が見つかる、です。拾ったら大儲けできる、ですっ!」
ナズナは後半鼻息を荒げながら説明する。うん、お金大事。超大事。そこは凄い分かるわ。
つまり、本来純度の低い鉱石なんだけど、結晶体は不純物が最初から少ないから凄く貴重なんだな。
……というか、結晶体を人工的に作ったものが魔導石なんだろうな、きっと。
「それじゃあ、その石はツバサくんが保管しておくとして……。そろそろ近くにダンジョンがあるってことなんじゃないの?」
「碧結晶があったということは、たぶん同成分を大量に保持する大本があるはずですし……」
「くふふ……、ナズたち、大金持ち、です……!」
どうやら、ナズナの元貧乏人としての感性に火が付いてしまったらしいな。
そうして俺たちはまた、ペースを上げて目的地へと邁進することになるのだった。
日常パートなので、今まで書けなかった設定、書き忘れてた設定などを少しずつ出しています。
今度気が向いたら辞書みたいなページを作ろうと思います。昔は個人サイトのほうでも作ってたんですが、最近は放置気味でしたし。
【魔石】
魔鉱石、魔導石などの魔力が込められた石全般の総称。宝石のように透明なものが多いが、無骨な石のようなものもあるとかないとか。
【魔鉱石】
純度が低いが、抽出すると魔導石になる。
【魔導石】
魔力が込められた道具の素材として使われる。魔力を閉じ込めることができるらしい。