第十八羽【終末街道】①
雲一つない青空の下、俺たちは談笑しながら街道を南下していた。
街道の名は終末街道。
なんとも物騒な名前の街道なんだが、見た感じはそんなおどろおどろしい雰囲気などまるでなく、ただのだだっ広いだけの荒野だ。
ともすればレガリアに乗ってドライブする王子様を彷彿とさせるような光景だが、車を運転してくれるイケメンなどは特にいない。
仲間たちは見目麗しい女の子ばかりだ。なんならこのまま上里勢力を目指して新たな天地を望もうかというところだが、さすがにそこまでの大所帯ではない。
「しかし、そろそろ昼餉の時間ではないかや? 我が片翼よ、如何せんとする?」
やたらめったら古風な喋り方で中二病の夕凪が俺へ視線を向ける。……どうやら隠してるつもりらしいが腹が減ったみたいだな。
夕凪は発育が良く(だが胸はアリシアのが以下略)、身長も高いため、それなりに大食らいだ。量と回数が常人とは一線を画する。
時間はまだ正午にもなっていないだろうに、昼飯にしろとたかりに来たわけか。
仲間になって以降、毎日こんな遣り取りが行われるので、もう気にすることもないのだが……。
それに……。
くきゅるるる……。
そんな可愛いお腹の音が別のところからも聞こえてくる。
目を向ければ恥ずかしそうにお腹を押さえるナズナがいた。
魔族の子供にして、魔術士の幼女は成長期なのもあってかお腹が空きやすい。戦闘があれば尚のことすぐに空腹に苛まれる。
お腹を鳴らすのは、わりといつものことではあるが、最近ではナズナも恥じらいを覚えるようになってきたらしい。
そんな様子がどことなく微笑ましく感じる。
「旦那様、一声いただければわたくしがご用意をいたしますのでございますわ」
楚々と頭を垂れるルリ。口調が丁寧すぎておかしい気がするのは気にしたら負けだと思う。
それはともかく、俺を除いても6人いるメンツの中で2人が食事を求めているのだ。それにこういうのは一度雰囲気が作られると抗いがたい誘惑があるものだ。
まぁ、つまり端的に言うと、俺もお腹が減ってきた。
俺は足を止めて振り返る。
すると、菊花が頷きを返して笑う。
「(旦那様呼ばわりは赦せませんが)そこの白いのが仰る通り、食事にするなら手伝いますよ? ……さすがにアリシアさんの料理には適いませんが」
言外に何か聞こえた気がするが、きっと気の所為だろう。そうに決まっている。
話に持ち上げられたアリシアのほうはというと、まんざらでもなさそうに頬を緩める。相変わらずチョロイな。
「そ、そこまで持ち上げられては、私も腕を振るうしかないなっ」
元々振るう気満々だったくせに喜色満面に腕まくりをする女騎士様。……ホント、何故コイツは料理人にならなかったんだろう。
そんな一同のムードに圧されて、リチアがハァっと肩を竦める。最早恒例となった遣り取りである。
「そう思うんなら少しは自重して欲しいものね」
そうは言っても仲間の腹具合ばかりは俺にもどうしようもないのだ。
そして、食事をするとなったらお世話になるのがアリシアの腕っ節とリチアの異能である。
〈凋落者の跳躍〉(イグジット)。
それが亜空間を渡るスキルの正しい名らしい。……カッコ良すぎである。
凋落だなんて変な学問でしか使わない単語じゃないか。そのうえ読みがEXITとか。出口という意味にどんな深読みをさせるつもりなのか。考え始めるとキリがないな。
……とか考えていると、
「……だからあまり教えたくなかったのよね」
と、リチアが不満をこぼした。
夕凪とナズナがそんなリチアに感銘を受けているようだが、リチアはそれが余計に不満らしい。
「……若気の至りとかいうやつか?」
「あとで覚えておきなさいよ」
精一杯のフォローをしたつもりが、何故か凄い目で睨まれた。なんでや。
リチアの異能力、〈凋落者の跳躍〉でワームホールが生じる。
そこへみんなで手を繋いで飛び込む。
水面に包まれるような感触の後、すぐに芝の上に着地を果たした。相変わらず慣れない瞬間移動である。
そうして瞬時にワープした場所はマイホームのある空間だった。
リチアの異能があれば、宿に泊まる必要もなければ、野営も必要ない。何故ならいつでもマイホームへとゲートが開けるからだ。……まぁ、これは俺の翼龍としての異能も併用しての産物ではあるのだが。
そして、このマイホーム。実に快適な空間ができあがっている。
キッチンにはアリシアをも唸らせるキッチンセット。庭にはほどよく育てられた野菜や果物。裏庭にはペット小屋も併設されている。
ゆくゆくは家畜も育てて万能空間振りを堪能したいところだが、その辺はこれから徐々に整えていくことにしよう。
そういえば、まるうさぎのシロは以前ここのペット小屋に預けたままで、今も草を食んではゴロゴロするだけという怠惰極まりない生活を送っているみたいだ。
余談だが、菊花のまるうさぎ熟練度はというとランク20を越え、〈丸兎召喚〉という版権スレスレのスキルを編み出していた。
マイホームの天候はご都合主義というかなんというか、リチアの気分次第で変更可能なようだった。
当然今は晴れに設定して、屋外にテーブルを置いての食事会と相成った。
献立はハウイという名のほうれん草もどきの和え物と、鶏肉の甘煮だ。甘煮は一緒に芋とかニンジンみたいのが煮てあるので、どことなく和食っぽい。しかし、味わいは中華系だ。美味い。
俺が一皿食い上げる間に夕凪が三皿目を食べ始めていた。ここだけ時空間がおかしい。
みんなが美味しそうに平らげるのでアリシアも嬉しそうにおかわりをよそってあげていた。
そんな中、会話に上がるのは、やはり先日の戦いのことが大半だった。
「そういえばツバサくんにはお仕置きをしてあげなきゃいけなかったわね」
俺がうげっと不快げな声を上げるが、周りからは同意の声が上がっていた。なんでやねん。
「雷帝が覚醒したとは聞きましたが、それで全てを水に流すというのは……、ちょっと違いますかね」
「うむ。そういえば、あのあと、勇者たちは異様に余所余所しかったしな。そういう意味でも、不満はやはり溜まってしまうな」
「我が片翼のことじゃ、事情は理解せんでもない。しかし、何事にも決まりというものがあってのぅ」
「いえ、わたくしはその……、そういった愛の形も受け入れる所存でございますので……」
「バサ兄、ナズと遊んでくれる、です?」
ナズナの主張だけいつもとあんまり代わり映えがないし、ルリが鼻息荒く暴走しかかっているが、それは良いとして、……ルリのほうはもう打つ手がないから放置するとして。
新人格に支配されちゃってたんだから、どうしようもなくない?!
そんな声は、少女たちの冷たい(一部除く)視線に流されて、口にすることもできない。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃ毒……。
俺はせめてもの反抗として、せいぜいそんな歌を口ずさむくらいしかできなかった……。
来週のこの時間はG(グレそうなくらい惨めな)T(ツバサさんてば)O(鬼懸かってるわマジで)になるなこりゃ。
「むしろツバサくんのセンスのなさのほうがグレートかもね」
ハイハイ、そうですねー。すんませんねー。
マイホームは異能の中でも格段にズルイような気がします。