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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第十七羽【死弊白狐⑧】

 元々ツバサの従者であった菊花と夕凪は知っていた。

 リチアが最古参の従者であるということを。

 その長年の経験値こそが、リチアを最強の従者たらしめている理由であるということを。

 そもそもリチアは運動能力の高い従者だった。そのうえ知力も高く、大体のことはひとりで充分にできた。

 彼女は秀才だった。

 近接戦闘に必要なのは、反射速度と繊細な肉体コントロール、そして、素早く戦況を見極めてそれに合わせるということだ。

 それを極めるにあたり、彼女は次第に観察を重視するようになる。

 それが後進の育成に繋がったり、全体の戦力増強に繋がったりと、良いこと尽くめではあったのだが。

 その観察の神髄は、敵の看破にこそあった。

 遠距離の魔法で戦い、戦況を広く細かく分析する。そうして敵の情報をつぶさに集積するのだ。

 やがて全てを正確に看破した相手を、リチアは一撃で仕留めることができるようになった。

 これこそが〈完全透析フル・アナライズ〉。完全なる戦況分析による透視。戦場を支配し、掌握する能力。

 リチアの膨大な経験値を最大限に生かす究極の戦闘術。

 〈完全透析〉された敵は、リチアに手傷すら負わせられない。絶対に敗北する。相手は絶対に死ぬ。そんな、まさしくチートスキル。


 2体のジェネラルを瞬殺したリチアは、余裕の表情で仲間たちの元へと降り立った。

 が、しかし――。

 その脇腹からは血が滲んでいた。

 気づいた夕凪が慌てて肩を支えようとするが、リチアは首を振ってそれを固辞する。


「だいじょうぶよ。そこまでのダメージじゃないわ……」


 顔には苦悶すら浮かべず微笑むリチア。菊花もナズナもアリシアも、それに胸を撫で下ろして安心していた。

 だが、夕凪だけはそう簡単に信じることができない。

 なんだかんだで行動を共にすることが多かったリチアと夕凪。

 その間には他の従者間には存在しない特別な絆があった。

 それゆえに顔をしかめてしまう夕凪。

 そんな夕凪を安心させようと殊更に余裕を見せるリチア。


 ――そんな余裕振れば振るほど、……信用できひんわ。


 夕凪はひとり、無力な自分を恨んだ。

 先程の攻防では、戦闘時間が短くて〈完全透析〉ができなかった。

 その所為でリチアは手傷を負ったのだ。

 それだけで済んで僥倖だった。そう断ずることも可能だったろう。

 だが、それは運が良かっただけなのでしかないのだ。もし、もっと運が悪ければ、もっと悪い賽の目が出ていれば……。

 リチアは死んでいた可能性だってあるのだ。

 それをリチアは悟らせようとはしないだろう。けれど……。

 夕凪だけはそこに思い至ってしまう。

 ……もっと自分が強ければ、友を守ることができただろうか。

 夕凪はそう、思わずにはいられないのだった。

 そして、そんな夕凪の思惑を見通したかのごとく――


「それだけじゃないよ、夕凪ちゃん」


 リチアはアイテムボックスから傷薬を取り出して脇腹に掛けながら、遠方へ視線を送る。


「……少ぉ~しだけ、お灸を据えてあげなきゃいけない人がいるみたいだからさ♪」


 ウインクしながら呟くリチア。

 それ以外の一同は、みな一様に首を傾げていた。


――


 ハサドを殴り続けた俺はひとつの結論に至っていた。

 分かりきっていたことではあるのだが、やはりこいつは死人ではないということだ。

 そもそも、本人も言っていたことだし、『点』がないことからも分かってはいたが、痛感したというか思い知らされたというか……。

 ともかく、こいつは死人ではない。それだけは確かだ。


 しかしそうなると、一層謎が深まることになる。

 コイツの身体は、まっとうな生者でもないのだから。

 状態異常の耐性、そういうのもあるかもしれない。だが、この世界は熟練度が物を言う。

 そして、それはひとつの可能性を示唆している。

 つまり……。完全耐性なんてないんじゃね? ……ということだ。

 限りなく完全に近い耐性は可能だろう。だが、無効化は不可能なのではなかろうか。


 そう考えると、コイツの身体は麻痺しづらいというよりも何かしらの事情で麻痺しない身体なんだと、そう考えたほうが正しいような気がしてきた。

 真っ先に思いつくのは、ゴーレムのような人造の肉体であるとか。

 だが、そうにしては人に近すぎる。格闘で身体を殴って確信したんだが……。コイツの内蔵はまるで人間のそれだった。

 もちろん魔族もほぼ人間と同じらしいから、体質が違うだけという可能性は考えられるのだが……。

 それでも……、基本的な組成は一緒だ。

 つまり、それはハサドは生物である、という定義ができることになる。

 そうなると尚更、コイツの身体がおかしいことに気がついてしまう。


 急所のダメージも効果なし。出血もなし。麻痺もなし。関節、骨のダメージも効いた素振りが見えない。

 概ね生物らしい特徴を備えているとは思えない状況だ。

 瞬時に回復をしてるとかのオチは、考えづらい。関節・骨は説明できるが、麻痺や出血を無効化するのとは仕組みが別物だ。

 どっかの大魔王みたいに、時間が停止しているとかはどうだろうか?

 体温の低さ、出血しないことや、麻痺しない点など、大部分は説明できる。だが、時間が止まった状態で動ける理屈が分からん。

 憑依とかそんなオチで解消できるとも思えないし……。


 だが、関節や骨で試せる程度には、ハサドの身体は破壊が可能なのだ。

 つまり、肉体そのものを一気に粉砕できるような一撃さえ見舞えれば、それで勝敗は決するだろう。

 そのためには……。もう少し視野を広げる必要がありそうだな。


 俺は〈翼白〉を発動する。撒き散らされた〈白塵〉が周囲の瘴気を奪い取る。

 同時に、カタ、カタカタ……とスケルトンが支配から放たれて地面へと頽れる。

 呆気にとられる勇者たちとハサド。

 俺は勇者の目をじっと睨み付ける。

 勇者はというと、一瞬を身体を震わせ、少ししてからようやく役目を思い出したかのように、その聖剣をハサドへと向き直る。

 俺一人では倒しきれない。その結論は結局変わらなかった。

 けど、それは別に構わない。

 周りを利用すれば、勝機は見出せるのだから。

 勇者はハサドの背後から、俺はハサドの正面から、挟み込んで必殺の一撃を構える。


 〈白楼〉……は、強力すぎて(俺の)記憶が飛ぶかもしれないからな。

 俺は〈翼白〉を槍状に変えて敵を討ち貫く。


 〈白矛マインド・イーター〉。


 白の光槍がハサドの頭蓋を貫き、アルスの聖剣がハサドの首へ放たれる。

 終わった――。


 誰もがそう思った瞬間――、ガギン……と。

 ハサドが勇者の剣を歯で止めていた。


 無茶苦茶な……ッ! けど、怯むわけにはいかない。

 だが、押し込もうにも聖剣はピクリとも動かすことができないようだった。

 膠着は僅かな時間だった。


 俺の光槍に貫かれ右の眼窩が空洞になったまま、尚もハサドは引かなかった。

 それどころか――。

 瀕死の身体で大太刀を振り上げる。

 その先には聖剣を歯で押さえつけられた勇者がいた。引くべきか、攻めるべきか。だが、聖剣はどちらにも微動だにせず――。

 死者は顔を醜悪に歪めると、その凶刃を振り下ろそうと地面を踏みしめる。

 そして死者の手は――、そのまま虚しく空を切った。


 ガラリ……。


 そんな音を立てて大太刀は取り落とされる。

 ハサドが倒れた影には、仲間の姿があった。

 ハサドの心臓へ大剣を突き立てる、戦士ジェラルドがいたのだった。


「……注意散漫だったな。まったく魔族の〈三者〉だかなんだか知らねえが、聞いて呆れるぜ」


 大剣を心臓から抜き放ち、血を払うジェラルド。

 胸を撫で下ろす一同。


「ハッ! まったくであるな。……『そちら』も」


 呟いたのは、死んだはずのハサド。

 いつの間にか握られていた脇差しが、ジェラルドの腹を引き裂いていた。


「貴様ぁッ!」


 憤るアルスが、改めてハサドの首を剣で切り払う。

 頸動脈を斬られたらしく、赤い血飛沫が激しく吹き上がり、ハサドがついに絶命する。


 蹲るジェラルドには治療が必要だろう。

 だが、俺の興味はもうそこにはない。

 あとは慌てて駆け寄ってきた勇者の仲間たちが良いようにやってくれるだろう。……仲間、ね――。


 とにもかくにも、これで全て終わった。

 これで戦闘は一段落だな。

 俺はこれ以上用もないので、その場を後にしたのだった。

 ……何かが頭の中を掠めるような気配を、僅かに感じながら……。

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