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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第二翔 [Wistaria EtherⅡ -魔王封印篇-]
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第十七羽【死弊白狐④】

 キャシーは、月明かりに照らされた戦場を走り抜けていた。

 キャシーからはもはや遠方と言うべき距離で、アルスたちは戦闘を続けている。

 ジェラルドとアルスが敵陣に切り込み、アシュレイとロサーナが術で広範囲へ魔力をぶちまける。

 苛烈な戦闘のようにも見えるが、実のところ、彼らはまだ余裕を残している。だからこそ、キャシーはそこを離れることができるのだ。


(とはいえ、長く離れていたくはないし、さっさと済ませよ……)


 キャシーはおおよその位置を確認すると、地面へ楔形の杭を突き刺してから、身を翻して〈スケルトン・ナイト〉の攻撃を躱した。


(……次は、あの辺かな)


 そしてまたおおよそ次の目標地点を設定して、戦場を駆け抜ける。

 キャシーが走り抜けた後、突き刺された杭がブン……、と僅かに起動音を発して周囲にうっすらと陣を描き出す。

 無論、無数のガイコツ共はそれに気づくこともなく、カラカラと音を立てて身近な生者であるキャシーへと殺到するだけだ。

 それが死者を軒並み討ち滅ぼすための仕掛けであると看破するものはなく、勇者たち一行は着々と大魔法を発動するための準備に勤しんだ。

 この魔法が、敵将に見抜かれていないと、確信を抱きながら。


 キャシーが陣を描き終わるのを待ちかねたように、いつの間にか後方に下がっていたアシュレイがぴたりと詠唱を終える。

 あるいは、死者共を永遠の眠りへと誘う鎮魂歌を、歌い始める――。


「光は空へ、闇は大地へ、命は海へ、死もまたあるべき処へ……。還れ、虚空の彼方!! 〈玲瓏なる聖譚曲〉(セイント・オラトリオ)!!!」


 神殿を丸ごと包み込む曙光のような輝きに、灼かれるようにして消え去って行く不死兵。

 これで終わってくれと、アルスは祈るようにして光が止むのを見守っていた。


――


 竜に呑み込まれた後、俺に訪れたのは真っ黒な闇だった。

 既に竜本体は死んでいるからか、口内には涎のような分泌物は存在しない。干涸らびた皮のような感触が、竜の腹の中だという実感を湧かせてくれない。

 どうしたものか、当てもなく呆けていると、どこからともなく、声がした。頭に直接響くような、存在感のある声。


『この声が、聞こえますか――?』


 この声が聞こえるかい? と問われたら、wow、wow、wow、wowと答えたくなるが、それは地球でしか伝わらないだろうな。

 なので、どうか苦しまないでとか言い始める前に、声との対話を始めることにする。


「誰だ、あんたは? 内なる俺の一人か?」


 中二臭くて敵わんが、俺には何度か経験のあることなので、まずはそう切り出すのだった。


『お願いします、どうか私を、……《殺して》――』


 声はそんなふうに返して、竜がフギャオオオオオ!!! と嘶いた。

 まさか、とは思うが、けど、ひょっとして……。


「お前、この竜かよ……?」


 そんな俺への答えのつもりか嘶きと同時に竜の身体が震え、腹の中にも関わらず、またも暴風が吹き荒れた。

 風に纏わり付かれて揉みくちゃにされ、気がつけば外へと放り出されていた。

 周囲を見回し、状況を把握――する時間はもらえなかった。

 振り回された尻尾に、俺は身体を打ち付けられ、俺は宙を舞った。

 そして、着地すらままならず地面に叩き付けられて俺は激痛にのたうち回る。

 竜は勝ち鬨を上げるようにアホみたいに吠える。

 立ち上がらなきゃ、ヤバイ。

 そう思ったところで、身体は藻掻くくらいの動きしかできない。……立ち上がる力すら出ない。

 だが、敵からしたらそんなことは関係ないのだろう。お得意の風圧で俺は地面へ縫い付けられる。

 竜が、嵐竜の女王が、あの真っ黒な眼窩を俺へと向けた。

 殺せと言いつつ、何だよ、この仕打ち……。死ぬ気ねえじゃん。

 っていうか、このままだと……。

 ……死ぬの俺じゃん。


 竜は大きく身体をしならせて、首を振り抜いた。

 今度は食われなかったが、牙が身体を引き裂いた。俺の腹から、血液が冗談みたいに派手に撒き散らされる。

 致死量の血液というものがどの程度かなんて、素人の俺にはさっぱり分からないが、間違いなく危険な量だというのは俺にも分かった。

 身体が怖気立つ。鳥肌が立った。

 ヤバイぞコレ。マジでヤバイ。

 空を吹っ飛んでまたも地面に叩き付けられるが、竜は俺にまだまだ興味津々のようだ。

 殺して欲しいならおとなしく殺されてくれよ。

 だが、竜は止まらない。ドシンドシン、とやたらと迫力のある足音を響かせて、俺の眼前にやってくる。

 再度、雄叫び。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!

 俺の心臓が早鐘を打つ。

 苦し紛れに風魔法で反撃を試みるが、……風が上手く練れない。魔法を紡ぐだけの集中力すら発揮できないとか……!

 それだけ、身体に溜めたダメージが深刻なのだろう。

 力をどれだけ込めても、身体が持ち上がらない。出血の所為か、ダメージの所為か、あるいは風圧の所為か。

 どうしようもない絶望を目の当たりにして、俺の思考は停止した。

 色がなくなり、音も消えて、自分の心音だけがやけに大きく聞こえる。臨死状態。


 ――誰か、助けてくれ。


 もう、俺一人では、勝てないんだ。これ以上、戦えないんだ。

 そもそも、敵は単独撃破できるような雑魚ではないんだ。複数人、数十人規模の中隊、百人以上の大隊規模の戦闘力が必要な相手。

 時間を稼げば、仲間が助かる時間さえ稼げれば、あるいは助けに来てくれるのでは……? それは甘い目論見だった。

 そう。あまりに安易な妄想だ。

 仲間の元にも、強敵が残っている。〈スケルトン・ジェネラル〉。仲間たちにも荷が重い強敵が残ったままだ。

 俺が選んだ選択肢は、ただの全滅ルート。ありきたりなバッドエンド。分かりきったゲームオーバー。

 全員で散開したほうが、まだマシな結果だったかもしれない。……まぁ何人かは確実に死ぬことになっていただろうが。

 けど、それでも全滅よりはマシだったんじゃないか。

 こうして、むごたらしく終わりを迎えるくらいなら、無茶な道でもよっぽど……。


 ドス、ドス……ッ! と、やたらと地面を振るわせながら、竜は俺へと歩み寄る。

 吐息すら発しない死んだ身体で、乾燥したミイラみたいな表皮を纏って、近づいてくる。

 明確に分かりきった《死》が、俺へと忍び寄ってくる。

 ――死にたくない。……嫌だ。

 仲間がいない。寂しい。心細い。温もりが欲しい。支えが欲しい。

 ここには俺しかいない。頼れる仲間がいない。この手の中は、空っぽだ。

 独りじゃ立てない。皆がいないと。

 俺は独りじゃ、生き残れないんだ――!!


 ――そうか。ああ、そうだったんだな。俺は今、独りになったんだ。

 そして、このまま死ねば、俺は永遠に独りのままだ。

 死んだ後は、どうなるんだろうな。どうなってるんだろうな、死後の世界。

 今度こそ、所謂異世界転生ができるのだろうか。そちらではハーレムエンドに至れるのだろうか。

 っていうか、〈不死鳥〉があるから、死んでも生き返るのか……。

 そう考えると、大したことはないのかもしれないな。

 俺は特別なんだな。

 死んでも、生き返れる。〈死に返り〉なんてものではなく、普通に蘇れる。よくよく考えれば、結構なチートだ。

 生き返ったら、逃げられるだろうか。ダメージはどうなんだろう。完全に回復するのかな。

 以前発動したときは回復していたし、まぁ今回もそうなんだろう。

 しかし、そうすると、菊花は悲しむかな。アイツは俺の記憶がなくなるのが悲しいみたいだし……。

 俺だって思い出は大事にしたい。けど、死ぬのは仕方ないことだろう。

 こんなボスに出遭えば、死ぬのは自然なことだと思う。

 諦めることも、自然だ。だから、しょうがない。

 ――しょうがないんだよ……。


『ねぇ、もうひとりのオイラ……』


 その声はさっきの竜じゃ、ない。

 どこかで聞いたような声。


『言い訳だよね? それ……』


 なん、だと……?


『仲間が大事ってのも良いけどさー、それ以上にイライラするって、ヤなんだよねー』


 コイツは、何を言ってるんだ……?


『あのトカゲ、邪魔じゃない? やっつけよーよ』


 冗談、だろ……? あんな化け物、どうやって……?

 だが、その瞬間、突如身体が自由になった。

 まったく力が入らなかったのに、どういう原理だ?

 そう思って手足を見つめるとパチリと放電が起きた。オイオイ、ひょっとして……。


「龍術のひとつ、〈白式〉(びゃくしき)だよ」


 俺の口で、もうひとりの俺が呟いた。

 説明しなくても感覚で分かった。コイツは筋肉が動かなくても、生体電流を自ら起こして強引に身体を動かしているのだ。

 筋肉の動きも元を正せば電気信号の働きの一種だ。魔力で直接電気を操れば、強引に身体を動かすことだってできる。

 これが〈白式〉というスキルの正体。

 そしてコイツは、というか俺は立ち上がった。


「〈龍脈〉(ドラゴン・ブレス)。龍の身体は精神体だからね。その気になれば部分的な回復は、お茶の子さいさいなんだ」


 お茶の子さいさい……、その表現は今日日使わないが。

 それにしても、ドラゴン・ブレスか。息のほうのブレスではなく、祝福のほうのブレスかね。

 だが効果は明白で、うねうねと傷が回復した。想像上の回復魔法みたいに、逆再生するみたいに、傷は跡も残らなかった。


「知ってる? 風魔法ってさ……、効果範囲の広さと妨害バフの影響力は大きいけど、空気中を直接高速で伝わるようなものには、あんまり影響ないんだよね」


 それは散々ナズナが実演していたことではあるのだが。龍の領域に至る存在では、その影響力は比較にもならない。

 俺の身体を使って、もうひとりの俺が雷撃を放つ。それだけだ。

 それだけで、周囲に稲光が撒き散らされ、火花と閃光が視界を焼き尽くしてゆく。

 乾燥して水分の残っていない竜の体内を、スパークする電光を放ちながら魔力が迸る。


 グァァァアアアォォォオオオオ!!! ギィァァアアアオオオ!!


 嵐竜は雷撃から逃れようと、懸命にはばたく。だが、空中に逃れることなどできない。

 そこには、緩い表情で雷撃を放ち続けるもうひとりの俺がいた。


 逃げられない。そう悟るや否や、竜は突如攻勢に転じた。

 逃れられないのなら、やられる前に仕留める。そんな決意を感じさせる様相。

 そうして、龍と竜が、衝突した。

フラグをしばらく前に張っといたんで、ようやく二人目の人格も解放です。雷魔法を得意とする人格です。……そろそろ人格に名前をつけないと判別しづらいような……。一応《俺》、《僕》、《オイラ》で判別できますが……。

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