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異世界奇譚~翼白のツバサ~  作者: 水無亘里
第一翔 [Wistaria Ether -魔王顕界篇-]
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第一羽【奇譚黎明】①

 俺は今、猛烈に眠い。


 なんならもう二度と目覚めなくなっても良いくらいだ。いや、どんなだ。

 まぁそれはさておき。それくらい過剰な眠気に襲われているというわけだ。

 寝たいのなら寝ればいいじゃないと、かのアントワネット氏も仰っていたような気もするが、それは眠れない人間の苦痛を知らないから言える台詞なのである。

 ああ、そりゃそうだ。いくら眠くたって眠れるわけがないのだ。


 ……こんなに何度も頬をぺちぺちとぶたれていれば。


 半覚醒状態を行ったり来たりしながら、俺は徐々に苛立ち始めていた。

 安眠妨害。これは許されざる大罪だと思う。異論は認めない。

 もはや七つの大罪の一つに昇格されるべき罪悪なはずだ。

 眠いときに起こされて、機嫌の良い人間などいない。どんなに温厚な人間でも寝起きは結構不機嫌だったりするものだ。少なくとも俺はそうだ。毎日苛つく。

 ホント、アラームとかこの世から消滅すべきだよな。学校なんて全部フレックスタイム制っていうの? それを導入するべきだと思うんだが。

 職場も遅刻にはうるさいし、二言目には意識が低いだの社会人として当然の行いだのと、不愉快極まりない。

 あんな悪しき風習を捨て去って、人間はもっと新しい方向に進化するべきだと思うんだがどうだろう。

 たとえば、働かない社会とか。引き籠もる社会とか。親の臑をかじる社会とか。

 ……うわ何それ、一瞬で破綻しそう……。……そうではなく。


 いや、いいんだよ。そんなことは。

 大事なのは、俺は眠いんだということ。

 そして、その安眠を妨害する悪逆の使徒が来訪しているということ。

 大事なのは、それだけだ。


 ……殺すべきだろうか。

 睡眠を妨害するのは大罪である。俺の辞書の中では最も重い罪であると記されている。

 そして、俺はそんな悪を許すことはできない。よろしい、ならば戦争だ。

 そう決意し、目を開ける。すると……。


 ――グアァァ! 目が灼ける! 目がァ! 目がァァァアアアアァァアァア!!!


 差し込む光に目が灼かれる。何処ぞの黒幕みたいな黒眼鏡が欲しい。

 これだから朝は嫌いなんだ。好きになれる要素など、一つも見当たらない。大っ嫌いだ。憎んでいると言ってもいいね。

 言うなればそれは、俺にとっての天敵なのだ。

 だからこそ俺は朝型の社会を滅ぼす。俺はそう決意した。


「起きてください! ツバサ様!」


 ぺちん! と頭に手刀が振り下ろされる。痛いというほどはないが不快というほどではある。というか何だ、鬱陶しい。

 誰かが俺の身体にのしかかり、俺を起こそうとしているらしい。ゆさゆさと身体を揺すられている。

 まったく、なんと汚らわしい行為だろう。悪逆の極みと言える。

 だって、普通に考えてみろよ。人が気持ちよく休んでるところに音で妨害し、衝撃で妨害し、光で妨害する。どう考えたって迷惑極まりないだろう。嫉妬やら暴食やら訳の分からん罪状よりもはっきりと分かりやすい悪だ。是即ちギルティである。反論なんてあるはずもない。

 よって、あまりにも気怠くてめんどくてダルくて出来れば避けたいところだけど、起きたら真っ先にこの、俺にのしかかっているヤツを仕留めるべきだろう。俺の正義を示すために。ヤツの悪事を裁くために。そのためにはどれほど残虐に殺したって構わない。ヤツはそれほどの悪事を働いているのだから。つまり、情状酌量とか甘いことを言う必要もなく、それはもうはっきりと分かりやすいくらいに滅殺すべきなのだ。


 ――分かったか? 今日がお前の命日だ。


 ぺちぺちと懲りずに頬を叩いてくるこいつの命もあと僅かだ。今のうちに精々、生を謳歌しろ。それがお前の余生なのだから。

 俺は少しだけ、相手を哀れみつつも、目を開いた。そろそろ光にも慣れてきたし、意識も覚醒してきた。覚醒してしまったことに対して、少なからず苛ついているのは確かだが、しょうがない。目の前の目覚まし人間を破壊してから、ゆっくり眠るとしよう。

 だから俺は仕方なく目を開いたのだ。そして、俺の顔を覗き込んでいたヤツと目が合う。

 そこには――。



 どストライクの美少女がいた。



 うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!??????? なにこれ超可愛いんだけど! メッチャ好みというかストライクまっしぐら! ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! 可愛すぎて地球がヤバイ。俺の興奮で地上がヤバイ。全国の海が干上がるくらいにエキサイトしてるぜ! さぁ、弾け飛んでしまえェ!! ユニバァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーース!!!!!


 はぁはぁ……はぁ。俺は一体何を……?

 美少女は小首を傾げていらっしゃいます。良かった声に出てなかったよな。もし聞かれてたら軽く身投げするレベルだったよ。危ない危ない。危うく九死に一生を得たよ。


「ゆにばーす……? ってなんです?」


 はい? えっと…………。

 ……………………。


 死のう。


「ちょっと! ツバサ様! 何処に行かれるんですか?」

「ちょっとあの世にね……。今までありがとう。世話になった……」

「だから、ちょっと待ってくださいよ! 何言ってるんですか? 今回はまだ生き返ったばっかりじゃないですか?」


 生き返る……? 何を言っているんだこの子は……? ひょっとして頭がおかしくなっちゃったんじゃないの? もしかしてそれも俺の所為? 俺の衝動的な行動で、この美少女をそこまで追い詰めてしまったというの?

 馬鹿野郎。ギルティは俺のほうだろ。こんないたいけな少女を、人の道から遠ざけてしまうだなんて、あまりにも残酷だ。俺はなんてことをしてしまったんだろう。

 谷よりも深く、海よりも深く反省しよう。俺は今後まっとうに生きるんだ。今後こんなふうに少女の道を踏み外させたりはしないと誓おう。


 ……けど、睡眠妨害はやっぱり良くないよな。うん、やっぱ殺そう。殺さなくとも、半殺しくらいはしてしかるべきだろう。うん。……ていうか可愛いな。やっぱ結婚しよう。毎朝俺の味噌汁を作ってくれ。あるいは毎朝俺の朝勃ちを処理してくれ。


「な、……なんでそんなおかしな視線を向けるんですか? ツバサ様?」

「だいじょうぶ。頭がおかしくなっちゃったとしても、俺がずっと面倒見てやるから。だから俺のことお兄ちゃんって呼んでみて」

「……おにいちゃん……です?」


 はぅあ~~! コクンって小首傾げてそれはヤバイですぜ~。うぅ、胸が苦しい……。はっ。もしやこれが、……恋?


「……ってそれどころじゃないんでしたっ! 目が覚めたんなら、早速行きましょう、ツバサ様!」

「早速イクとか、……ぶふぅッ! は、鼻血が……」

「? ……なんだかおかしいですねぇ、いつまでペルソナのままでいるんですか?」


 ペルソナ? あれか? 頭に拳銃みたいなの突きつけて召還とかするやつか?

 いやぁ、さすがにあんな新手のスタンド能力みたいなのは身につけてはいないなぁ。

 今日のニホンでそれを身につけていると自称するヤツはただの中二病でしかないだろうし。


「……やっぱりなんかヘンです。ねぇ、ツバサ様。私が誰か分かりますか? ここがどこだか分かりますか? ……あなたが誰なのか思い出せますか?」


 少女は尚も質問、というか段々詰問という表現をすべきなくらい執拗に質問攻めしてきている。

 可愛い女の子に攻められるとかちょっと燃えるな。なにこの胸熱展開。

 ……私のこと好きって言ったでしょ? みたいな修羅場系ってやっぱりちょっと憧れるな。あまりに縁がないもんだから。


「聞こえてますか? ツバサ様、あの、思い出せます? 前回の世界のことを……」

「前回……? なんのことだ?」


 そういえば、ムカついたり、ときめいたり、求婚したり、発情したりしていたせいで、すっかり意識からすっぽ抜けていたけれど……。


 ここはどこだ……?

 空は無機質な灰色で、周囲は一面の荒野。見渡す限りそれしかない。

 俺の目の前には黒い着物を着た少女がいるだけだ。……ちなみに結構丈が短くてミニスカチックな作りになっている。白くしなやかな太腿が目に眩しい。

 ちなみにこの子を……俺は見たことがない。初対面のはずだ。……でもなんか、他人って気はしない。他人のそら似みたいな感じだ。知ってるようで知らない感覚。


「ここは、どこなんだ? それに君は、……誰?」


 俺がそう訊いた瞬間、少女は少し、傷ついたような顔になった。「誰?」って言ったからか?

 けど、知らない。知ってる振りなんかしてもすぐにバレるだろうし。

 大体そんな芸当がこなせるのは〇条さんくらいのものだろう。……ってなんでそういう知識は残ってるんだ、俺よ。


 ……それに、……大事なことに気づいちまった。

 今更ながら、……というよりは無意識に避けようとしてしまっていたのかもしれないが……。


 俺は、……誰だ?


 何も思い出すことはできない。普通にゲームやアニメをプレイして生きていたのは覚えているんだ。このキャラが好きで、このシーンが泣けて、このシチュがワクワクしてたまらないんだとか、そういうのは思い出せる。

 けど……。

 もっとパーソナルな情報。

 学生時代の記憶。思い出。家族の名前。友達。みんな。

 俺の記憶には、全く残っていない。

 ……自分の名前すら、思い出すことはできない。


 急に寒くなってきた。

 いや、震えが走っただけだ。

 怖い。だってそうだろ。平常通りでいられるのは。日常空間があるからなんだ。

 その平常が、俺にはない。それは、俺には日常が存在しないってこと。

 俺は独りぼっちなんだってこと。


 俺はそれからどんな顔をしていたのかは分からない。

 ただ、動揺して、我を失った俺のことを、少女が献身的に励ましてくれていたらしい。

 はっきり言って上の空で、何を言われているのか全く分からなかったけれど、それでも思うところはあった。


 人の温もりってやつは、ホントに人を救ってくれるんだなってこと。

 茫然自失とした俺をしっかりと抱き留めてくれた少女の温もりは、どこか懐かしい心地がした。

あとがきSS

「というわけでツバサ様! 第一羽①の振り返りをお願いします!」


おいおい菊花、いきなり振り返りと言われてもだな。


「どうですか? 何か語っておきたいこととかはないんですか?」


どちらかというと語りたくない話題のほうが多い気がするな。

え? なに? 俺のこのときの思考はどの程度声に出てたの?


「大体八割程度は声に出てましたね」


なにそれ死にたい。ちょっと旅に出てきていいかな。


「ダメですよ! まだ始まったばかりなんですから」


これ以上何を語れば良いの? 俺のライフはもうゼロよ!


「ずっと気になってたんですけど、ユニバースってなんです?」


だ! か! ら!

それを語りたくないって言ってんだよ!

ちょっとは察してくれよ頼むから!

俺にだって隠したいことのひとつやふたつあるの!

男の子にはそういうのが少なからずあるの!

良いから分かって!


「むむぅ……、しょうがないですね。では次の質問」


はい、菊花くん。

なんでも訊き給え。ユニバース以外なら答えよう。


「はい! ……あのですね、このときと比べると後々女の子がパーティに増えて行きましたけど、えっとそのあの……あ、やっぱこの質問なしで」


なんだ? 何を訊きたかったのか察せるほどのコミュ力は俺にはないぞ?


「良いんです良いんです! やっぱり私の心臓が持たなそうなのでやっぱり良いです!」


そうか?

まぁ、菊花が良いなら良いが。

でもまぁ、最初に一緒になった眷属が菊花で良かったな。


「ふぇ?! な、なななななんですか急に?!」


いや、最初は記憶もなくて不安もあったけど、菊花になだめてもらってだいぶ落ち着いたからな。

他のやつだったらこうはならなかっただろ?

だから、良かったなって。


「……そう言ってもらえると嬉しいです。従者としてそれ以上の誉れはないですよ」


このときの会話が、意外なところで活きることになったしな。

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