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 僕らは家に帰ると、畑の野菜たちの世話をすることにした。

 誰もいないのだから、野菜も自分たちの手で育てるほかない。だが、生まれた時からそうしていれば、これが苦に思えることもない。むしろこの畑仕事のおかげで、暇な生活に少しの潤いが生まれるというものだ。

 それに自分たちの手で作ったものを、食べるのはやはり美味い。僕らが野菜の水やりやその他の世話を、時間たっぷりかけて行っているうちに、辺りはあっという間に夕方になった。

「晩ご飯はカレーにしようか?」

「いいね」

 今回は何の異議も妥協もなく賛成し、晩のメニューはカレーになった。

 

 

 相変わらずハツミは料理が上手で、いくら意見が大きく食い違うことがないとはいえ、僕には為せない業だ。旬の野菜を使った、良くできた夏野菜カレーが運ばれてきた。

「どう、かな?」それでも不安げに聞いてくるのは、ハツミらしいところだ。

「問題ないどころか、美味しかったよ」

「そう」それでもなお、ハツミは不安そうな顔を浮かべる。

 

 

 食事が終わった後、僕とハツミは並んで自分たちの使った食器を洗った。自分にはこれくらいのことしか出来ないので、ここぞとばかりハツミの分まですすんで手を動かすようにしている。

 しばらくしてハツミがコップのすすぎに入ったときのことである。何らかの拍子にハツミは手を滑らせ、コップを落としてしまった。コップは大破損、とまではいかないもののやはりそれなりに気になる程度には欠けていた。

「これは駄目ね。明日買ってこないと」

「そんなことないよ。まだ使えるって」

「でもやっぱり欠けていたら危ないもの」

 自分はコップのフォローではなく、あくまでハツミのフォローをしていたので、何も言わないことにした。

 

 

 全ての後片付けが終わった。この国には、少なくとも今の時代には夜の楽しみといったものなどはないので、やはり早く寝るに限る。もちろん昨日のような日もあるのだが、床につくのに早いにこしたことはない。あまり長居しても悪いだろうということで、僕は別れを告げることにした。

「今日は美味しいカレーをありがとう。いつも助かってるよ」

「いえいえ」

「じゃあ、おやすみ。また明日。予定がなかったら、明日コップ買うのに付き合うよ」

「ありがとう」

 ここまでは、ここまではいつもの夜だった。

 

 

 扉を開けてハツミの家を出ようとした、その時である。急いで走ってくる足音がしたかと思うと、自分の腕がしっかりと手で掴まれていた。その手はなんとハツミの手だった。

 「ん?」僕はしばし混乱に陥った。

 この家、どころかこの近辺に住んでいるのは自分を除いてハツミだけだ。それは生まれた時からそうで、至極当たり前のこと。自分が混乱したのはそこではなく、ハツミが僕の腕を掴んだという、その行動である。

 ハツミとは物心うんぬんのあたりから付き合っているが、考えてみれば僕の体に触れたことは一度もなかった。

 不穏な予感が、脳いっぱいに広がりつつあったが、僕はハツミを傷つけまいとして、あえて冷静な反応をした。ハツミを傷つけることだけはしてはならないのだ。

「……どうした?」

 ハツミは答えない。答えがないわけではなく、いつも通り何かを言えないだけなのだろう。だが自分は焦っていた。冷静な反応を続けている余裕もあまりなかった。

「寝よう。もう夜だし。話は明日聞くから」

「誕生日……プレゼントはいらない、だから少しお願いがあるの」

「明日、聞くから……」

「うちんちで寝てってくれない? また眠れないと思うと不安なの。誕生日のお願い」

 少し不可解な気もしたが、誕生日という言葉に乗ってあげることにした。

 

 

 ハツミが布団に入ったあとに、自分も布団にゆっくりと入る。なんだか不思議な心地だ。

 はじめの十分ほどはいつものように雑談をしていたが、やがてすやすやとハツミは寝入ってしまった。

 こんなに早く眠れるなら、自分はここにいる必要はないのではなかろうか。そして今までに感じたことのない種類の罪悪感が僕を襲った。言葉で説明できないレベルではなく、全く見当のつかない感覚だった。逆にこっちが眠れなくなってしまったではないか、と困惑しつつ、しかしその罪悪感と同時にまた言い切れないような安心感もあり、目をゆっくりと閉じた。

 

 

 次に目を覚ましたのは朝だった。隣にいた女は既に起きて、朝食を作っていた。

朝は普通のトーストだった。ハツミは冷蔵庫から何種類ものマーマレードやジャムを引っ張り出してきた。正直自分にとってはどれを食べても区別がつかないのに、と思いながらいそいそと働く彼女を見ていた。

 用意が出来たようで、ハツミが席についたところで僕も席についた。そして例のごとく「ごめんね」と謝ってきた。おそらくトーストだけを朝食として人に出すというのは、彼女に罪悪感を感じさせるのには十分な要素なのだろう。

「いや、十分だよ。家じゃまともな物食えてないし」

「あ、いや、そうじゃなくて、昨晩の」

「あー……」とっさに「フォローしなくては!」という命令が頭の中をぐるぐる回ったが、不思議なことにこの話題では、十秒たっても二十秒たってもいい言葉が見つからなかった。結局「まあ、いいよ」などと曖昧になってしまった。

 

 

 朝食を終えると割とすぐに二人で家を出て、昨日の話通りコップを買いに行くことにした。コップを買いに行くような目的で行くホームセンターもまたヨコハマにあるのだが、今日はモノレールで行くことにした。海を見たいから、という理由で。

 どのみち、僕らは出会うことになっていたのだろうか。

連載中のご意見・ご感想お待ちしております。


次回、少し展開が変わります。

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