獣は封じ、鳥は歌い、そして世界は癒される 3話目
その朝、学校は大騒ぎだった。
二日連続で、生徒が死んだ。しかも二人とも、遺体の側に共通するカードが落ちていた。
生徒達は皆口々に言った。
そう、これは『報復』なのだ、と――。
◆◇◆
「ど、ど、どうしよう薫織ちゃんっ!!」
真っ青な顔で、教室に駆け込む万樹。駆け寄るのは、同じく顔を青くし俯く薫織。
気配で気付いたのか、顔を上げた彼女があからさまに顔をしかめた。
「馬鹿っ!! そんな大きな声出さないでよっ」
「け、けど……」
食い下がる万樹に、薫織は小さく顎をしゃくる。その先には、自分達を遠巻きにしながら、ひそひそと会話するクラスメイト達の姿。個々の声がざわめきとなって、何を話しているのかはわからない。だが、万樹は確信した。
今朝の事件を――自分達への復讐劇の事を話しているのだと。
「――――っ!!」
「だから言ったでしょ、大きな声出さないでって……」
あからさまな不機嫌で恐怖を懸命に押し殺しているのか、薫織の肩が小さく震えている。そんな彼女の前に立ち、「ど、どうしよう……」と呟いた。
「どうするも……あの赤フードの言う通りなら、昼の間に……殺さなきゃいけないんでしょ?」
どちらかを。それは伏せられた事実だが、万樹にだって容易に想像出来た。自分達が生き残る為には、憑き物筋のカードを引き当てた人物を全滅さなければいけない。
「…………ちょっと待って」
その声に、訝しげに薫織は眉をしかめた。
「……まだ、いたよね? 私達以外に、参加者が」
「……あっ!!」
思い出し、薫織も顔を強張らせた。そして、とてつもなく邪気を含んだ表情を刻む。
「……まさか、あれはあいつ?」
「うん、きっとそうだよ……」
脳裏を過る、まだ幼い少年。しかしそれは、あくまでも昔の姿でしかない。
成長し、今ものうのうと生きている『奴』は、何の因果か同じ学校へ通っていた。そして、『憑き物筋』、『復讐』の二つから導き出される人物も、『奴』以外当てはまらない。
「……ねえ、薫織ちゃん」
万樹の瞳も、狂気に染まっていく。
「死にたく、ないよね?」
「……当たり前でしょ?」
ニヤリと、獰猛な笑みが唇を彩る。それが言葉無き、狂気に満ちた問いへの答え。満足し、万樹も狂喜を刻んだ。
「……なら、やるしかないね」
「……勿論」
クスクスと、歪んだ笑みを浮かべる二人。その狂気に満ちた姿を、クラスメイト達が遠巻きに見、ひそひそと陰口を叩いてるとも知らずに――。
◆◇◆
(……これで、二人目……)
昼休みが近付く授業時間。教師が黒板に書き込む数式をメモしながらも、真銀は別の事を考えていた。
西東摩依に続き、輪田梨絵子が死んだ。また、傍らに六芒星のカードを残して。
(……一体、何なんだ……?)
教師が数式を消し始め、生徒が早いと文句を溢す。そんなざわめきすら、遠くに聞こえる程真銀はあの夢の事件への思考に没頭していた。
生徒達は、あれは『復讐』だと告げていた。大半の人間が知るという事は、今回の『復讐』に繋がる事件はとてつもなく大きな出来事、もしくは印象に強く残る出来事だった筈。
しかし、それほどの出来事にも関わらず、真銀の記憶にはそれらしき物が残っていない。これだけ周りが噂をしているのだ、耳にした事がないというのはおかしい。
それに、真銀にはまだ引っ掛かっている事があった。
(どういう意味なんだ、あの言葉は……)
最初の事件が起きた朝、友人が告げた『タブー』という単語。そして、同日の昼に見た、赤フードの『忘れてしまった』という言葉。
(何かを……忘れてる…………?)
けれど、一体何を。首をしきりに傾げながら、何と無く、何と無く真銀は窓へと目をやった。
そこには、白銀が舞っていた。
「――っ!?」
反射的に、椅子を激しく鳴らして立ち上がった。だが、
「歌藤、どうした?」
教師の声に、我に返る。数回瞬きすれば、外は相変わらず初夏の空気が漂っていた。白銀など、何処にもない。
「や、いえ……何でもないです……」
すいませんと一つ頭を下げて座れば、ひそひそと聞こえる小さな声。教師がそれを注意する声を遠くに聞きながら、真銀はまた思考の海へと沈んでいった……。
◆◇◆
そんな、悪夢の片鱗を見た日の、放課後。
「ん……?」
下駄箱から靴を出そうとして、真銀は手を止めた。
靴の上に、可愛らしい封筒が置いてあったのだ。
「お、何だ何だ? まさかラブレターとかか?」
手を止めた真銀に気付き、友人が覗き込む。封筒の存在に、この色男、と茶化してきた。
「そ、そんなんじゃないと思うけどな……」
あははと苦笑を溢し、封筒を開く。中から出てきた便箋には、『お話があります。放課後、校舎裏で待っています』と綴られていた。
「お、やっぱりラブレターじゃねえかよこのこのっ!!」
「え、ええっ!?」
狼狽する。生まれてこの方、ラブレターなど貰った事はない。それに、
「校舎裏って……なんだかカツアゲとかされそうな……」
「なぁに数十年前のドラマみたいな事言ってんだよ!!」
心配すんなって!! と激しく(彼は激励のつもりらしいが)背中を叩かれ、思わずよろめいた。それに、もう一度弱々しく笑う。
「う、うん、そうだよね。……ごめん、ちょっと行ってくるよ」
「おう、いってらー」
頑張れよ、と告げる友人に手を振り、指定された校舎裏へと向かう。
(けど……一体誰なんだろ……?)
校舎裏に通じる校庭の脇を通りながら、真銀は思案する。自分で言うのも何だが、容姿も成績も平凡。特に突起した魅力もない。それに、現状が現状だ。
(……まさかね)
またあの夢関係ではないか。そう勘繰ってしまう自分に首を振る。
大丈夫だという根拠は、正直ない。だが同時に、あの夢に関係する事ではないという根拠も、何処にもない。
(大丈夫……大丈夫だよ、きっと……)
そう言い聞かせ、いつの間にか足を踏み込んでいた校舎裏。らしき人物は、すぐに見付かった。
恐らく件の人物とおぼしき、にきびだらけの少女に駆け寄った。
「あ、あの……」
「っ!?」
考え事をしていたのか、少女の身体が大袈裟に跳ねる。そうして改めて真銀の姿を認識すると、何故か顔を強張らせた。
「あ、えーっと……」
理由はわからないが、怖がらせてしまった。謝らなくては、そして手紙の真意を問わなければと、口を開きかけた。その刹那、
『後ろだっ!!』
「え……?」
反射的に、振り返る。すると――、
身の丈程のスコップを振りかざした少女が、いた。
「――――ッ!?」
反射的に、その場から飛び退いた。その僅か後、地面に叩き付けられたスコップの固い音が谺する。
「ちっ、万樹っ!! あんた何で押さえないのよっ!!」
「だ、だって!!」
今にも泣きそうな少女――永野万樹が、スコップの少女――満田薫織に負けじと吠える。その光景を、真銀は愕然と見つめていた。
今、自分は襲われそうになったのか。彼女達とは、初対面な筈。一体何故。
(……まさか!!)
「煩い煩いっ!! こいつを殺さないと次は私達が殺されるんだっ!! 死にたくないならこいつを殺るしかないんだよっ!!」
「っ!!」
やはりと、戦慄する。彼女達もあの悪夢の被害者、巻き込まれた参加者なのだと。そして今、何かしらの理由から面が割れて狙われている。
このままでは、殺される。反射的に、じりと後ずさった。だが、それに気付いた薫織が狂気に満ちた視線を向ける。
「おぉっと……、何処に行くんだ? 憑き物筋サン」
「え…………ち、違うっ!! 僕は」
「もうみぃんな知ってるんだよ。あんたが復讐の為に、私達を殺そうとして、摩依と梨絵子を殺した事をねっ!!」
「え、ふ、復讐!? な、何の話!?」
復讐等、思い当たる節はない。それを正直に伝えただけなのだが、薫織は信じていないらしい。にぃんまりと、歪んだ三日月の笑みを刻む。
「はっ、何その『僕は無害ですよ』的な顔は。お前も結局は『あいつ』と同じなんだろっ!?」
疑心暗鬼で、何も信じない風な薫織。だがそれでも、身の潔白を証明しようと真銀は食い下がる。
「だ、だからっ、僕には何だがさっぱり……」
「だから惚けんのもいい加減にしろっつってんだろッ!!」
再び、地面に叩き付けられたスコップの甲高い悲鳴が響く。
「あんたを殺せば、あのゲームは終わるんだ……。わた、私は死ななくて済むんだっ!! 万樹ッ!!」
「っ!?」
はっと、背後を振り返る。気付いた時にはもう遅く、知らぬ内に背後に回った万樹に拘束されてしまった。
「ちょ、は、離してっ!!」
じたばたともがくが、相手も必死らしい。凄まじい力で羽交い締め、男女とはいえ簡単には解かれなかった。
「ふふ、そのまま、そのままだからな、万樹……」
一歩、死神が近付いた。振りかざし、打ち下ろせば確実にダメージを与えられる距離で、彼女は笑う。狂気と狂喜が入り交じった、歪な笑顔で。
ぞくり。真銀の背筋に悪寒が走る。それを表情から読み取ったのか、また薫織が笑った。
「じゃあねえ、憑き物筋サン」
振りかざされるスコップ。もうお仕舞いだと、悟った刹那――。
「センセー、こっちでカツアゲしてる奴がいまーす」
「「「!?」」」
やる気のない、しかし大きく響く声。マズイと察して、万樹と薫織はスコップを投げ出して奥へと脱兎の如く逃げていった。
後に、呆然と立ち竦む真銀を残して。
「た……助かった……のかな……?」
「ん? 一応助かったみたいだぜ?」
背後から、声。振り返れば、ニシャリと笑う友人の姿。
「あ……そっか……そう……なんだ……」
自分は、助かった。その現実が緊張する身体に走り、へにゃりと足が砕けた。
「あ……」
「おっと」
地面に座り込みかけた所を、彼はすかさず手を掴んで支える。それに、弱々しく笑った。
「……ごめん」
「気にすんなって。それに、今は謝るよりもお礼の方がいーんだけどなー?」
にしゃりと、また笑う命の恩人。経った今、目の前で起きた異常な光景を問いただす事も心配することもない。口調はふざけているが、逆に今の真銀には助かった。根掘り葉掘り真剣に聞かれるよりも、何倍も。
「はは、じゃあ帰り、どっか寄ろうか」
「おうっ!!」
力強く頷き三度笑う瞳が、一瞬紅に染まった、気がした。
◆◇◆
「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」
満田薫織は、がむしゃらに走っていた。捕まったら罰せられる。そして、今度は自分が殺されるんだ。その恐怖への拒絶心のみを原動力に、ただがむしゃらに走っていた。
「ま、待って……待ってよぉっ」
彼女の後ろを、よたよたと永野万樹が走る。涙と鼻水でグショグショの顔が、どんくさい動きが、薫織を苛立たせる。
「早くしろよっ!! つか何でついてきたんだよっ!!」
「だ、だってぇ……っ、ひと、一人になったら……っ、こ、こ、殺されちゃうかもしれないんだよっ!?」
「そんなの知らねえよっ!! 元はと言えばお前が押さえて無かったから失敗したんだろっ!!」
荒々しく吠える薫織。泣きべそをかきながらも、万樹も負けてはいなかった。
「し、知らないよっ!! 薫織ちゃんがさっさと殺らないのがいけないんじゃないっ!! それにっ、『あいつ』を最初に苛めたのだって薫織ちゃんじゃないっ!!」
「なッ!?」
思わぬ反論の言葉に、薫織がたじろぐ。それを好機と見たのか、万樹が詰め寄った。
「全部全部薫織ちゃんのせいじゃないっ!! 薫織ちゃんがあいつを苛めなかったらっ、あいつを自殺にまで追い込まなかったらっ!! 摩依ちゃんも梨絵子ちゃんも死なずにすんだんだっ!! わた、私だってあんな夢に巻き込まれる事無かったんだっ!!」
「………………」
ただ、薫織は黙るだけ。返してよ、返してよと啜り泣く声だけが響く。
ぷつり、何かが切れる音を、薫織は確かに耳にした。
「……何自分だけ被害者面してんの」
冷たく、殺意を孕む声。自分の声ではない声に、万樹は勿論薫織すら驚いた。だが、それはすぐに燃え盛る冷たい怒りに呑まれる。
「か、かお……」
「じゃあ何? あんた達は手を下してないと? あいつの靴を隠したり、画ビョウ入れたりノートをトイレにぶちまけたりっ!! 何もやってねえとかしらばっくれんのかよっ!! あぁっ!?」
万樹を近くの壁に、力任せに押し飛ばした。かはっ、と弱く吐息を吐く彼女の首を、すかさず締め上げる。
「か……っ」
「お前等だって同罪だろうがっ!! 一緒になってあいつを苛めてたじゃねえかっ!? あぁっ!?」
ギリギリ、燃え盛る殺意と激昂のまま、首を締め上げる。弱々しく万樹も抗い、締める手を外そうともがいた。だが、恐怖と酸欠による意識の混濁で、それは叶わない。
その、無抵抗にも近い姿が、更に薫織の力を強めた。
こいつは、弱者。
今なら、確実二殺セル……。
「ほらっ、今すぐ死ねよっ!! 死んで償えよおいッ!!」
死で償え。自分への罵倒の数々を。その心中を渦巻く感情のままに、強く、強く首を締め上げ――万樹の抗う力が弱くなり――。
いつしか、ぐったりと動かなくなった。
「………………」
手を離せば、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちる身体。数秒、数十秒、一分。静かに流れる時間の中、それでも万樹はぴくりとも動かなかった。
「……殺った……のか……?」
用心深く、顔を覗き込む。苦しげな表情は、一見すると悪夢でも見ているかのようだった。
「…………」
生死を判断するなら、脈を取ればいい。だが、素行が悪く授業も真面目に聞いていなかった薫織は、そのやり方がわからない。仮に知っていたとしても、殺した人間の身体など、触りたくは無かった。
「…………」
辺りを、注意深く探る。そうして、人の頭部程ある石を見付けると、唇に狂笑を浮かべ――。
◆◇◆
その、数分後――。
紅に地面や壁を染め、人影等ない校舎裏。そこに、飛び散った紅よりも深い赤を纏った人物が現れた。
「おやおや、派手にやりましたね」
くすくす。小さく笑いながら、赤フードは『それ』の傍らにしゃがむ。
制服を自らの血でぐっしょりと濡らし、首から上は滅茶苦茶に潰されミンチ状になった、見るも無惨な永野万樹『だったもの』の傍らに。
噎せかえる程濃く漂う血臭。目も背けたくなるような憐れな遺体に怯む事もせず、逆にくすくすと赤フードは笑う。
「まあ、これで手間も省けましたし、良しと致しましょうか」
ねぇ? と右肩の空間に語りかければ、何もなかったそこに黒い影が現れた。
細くしなやかな身体を持つそれは、すりすりと赤フードの頬に頭を擦り寄せた。まるで、主の喜びに呼応し、自らの喜びを表すかのように……。
「ふふ、あと一人……。漸くと言うべきか、とうとうと言うべきか……」
喉元を擽り、小さく笑う。そして、ヒタリと遺体をフード越しに見つめ、三日月型の笑みを刻む。
「ふふ……一人……あと一人だけ。これで、全部が終わる。ねぇ……」
まシろちャン……?
◆◇◆
その日の夜。やはりと言うべきなのか、眠りに就いた筈の真銀は、『憑き物ルーム』と呼ばれるあの部屋にいた。
見慣れてしまった、黒の円卓。不気味な装飾の数々は変わらなかったが、変化が一点だけあった。
「あ……」
フードが、外されていたのだ。それは勿論、左奥に座っている人物――満田薫織も同様。
「……なっ!? やっぱりお前だったのかよっ!!」
「――ッ!!」
凄まれ、身体が震える。夕方体験した恐怖が、蘇ってきた。反射的に、逃げようと身体が動く。だが、クスクスと笑う声に両者振り返った。
そこには、相も変わらず目元を隠した、赤フードの姿。
「な、何が可笑しいんだよっ!!」
薫織が、吠えた。それに臆する事もなく、赤フードはまるで笑いを堪えるように口元に手を当てた。
「いいえ。ただ、漸く二人になったのだと思うと、嬉しくてね……」
「嬉しいって……本気で言ってるんですかっ!?」
場違いな発言に、流石の真銀も声を荒げた。実際に、人が二人も死んでいるのだ。そして、この場に三人しかいないと見ると、理由はわからないがもう一人の黒フードも同じ末路を辿ったに違いない。それにも関わらず、だ。
現に、赤フードはまるで理解出来ない、と言わんばかりに首を傾げた。
「本気も何も。冗談だとしたら初めからこのようなゲームは始めませんよ。ねぇ……」
三日月型に唇を歪め、赤フードがフードを外す。下から現れた顔に、真銀は、そして薫織も凍り付いた。
雪の如く白い肌と、肩で切り揃えられた黒い髪。そして狂喜を宿すまぁるく黒い瞳は、忘れる筈が無かった。
赤フードから現れたのは、『あの子』の顔だった――。
何故、どうしてと、混乱の余りに真銀は声が出せない。しかし、薫織は違った。恐怖を覆い隠すように、三度吠える。
「や、や、やっぱりあんただったのかよっ!! この人殺しっ!!」
「え……?」
人殺し? 何故? そう首を傾げる真銀に、心外だと風に『あの子』は肩を竦めた。
「人殺し、ねぇ。一人を死に追いやって、一人を殺した貴女に、言われる筋合いはないけれど?」
「「っ!?」」
驚愕に、顔が強張る二人。だが、互いに違う理由からだとは、真銀にはわからなかった。
ショックから立ち直ったのか、すぐに薫織は吠える。
「う、煩い煩いっ!! 参加者は私達二人だけになったんだっ!! これでゲームは」
「まだ終わってないよ?」
「は……?」
「えっ?」
混乱していた真銀の頭が、更に混乱する。確か、ルールでは憑き物筋が全滅するか、一般人と憑き物筋の数が同じになれば終わる筈。ならば、参加者が二人しかいない現在、自然とゲームは終了する筈だ。
そんな考えはお見通しなのか、『あの子』は小さく喉を鳴らした。
「ふふ、混乱するのも無理ないね。確かに、この現状なら終わっててもおかしくないよね? けど、私はこうも言ったよ。
正直に、自分の役割を話さなくても良いって」
「……て、ま、まさかっ!?」
「そう、そのまさか……」
腰へ、徐に手を伸ばす。わかり辛いポケットから取り出したのは、殺人現場に残されていたあの六芒星の黒いカード。さらけ出された絵柄に、二人は凍り付いた。
黒い鼬を背後に従え、悲しげな表情を刻む少女の、『憑き物筋』と刻まれた絵柄がそこにあった。
「ちょ、ちょっと待って!!」
理解出来ない事ばかりで、真銀は気付いたら声をあげていた。
「な、何で君がこんな酷い事をするんだよ!? 彼女達が何をしたんだよっ!!」
その言葉に、薫織は驚愕し、『あの子』は悲しげな表情を刻んだ。
真っ先に口を開いたのは、何故か薫織だった。
「なんでって……お前覚えてないのかっ!?」
「え……?」
覚えているも何も、知らないのだから仕方ない。口ごもっていると、今度は『あの子』が口を開いた。
「仕方ないよ。真銀ちゃんは消されちゃってるんだから」
「え……それは、どういう」
「大丈夫、もう全てが終わるから」
遮り、ピシャリと発言を許さない声音。そうして、『あの子』は怯える薫織へと手を伸ばし、
「行け」
刹那、黒く細い影が弾丸のように薫織へと飛び、そして――。
「ぎゃぁッ!!」
喉元に、深く食らい付いた。
飛び散る血に、倒れる彼女の苦痛の表情に、思わず真銀は瞳を瞑り、顔を背けた。耳に届く、肉を食らう湿った音に、絶命へと向かう薫織の無意味な言葉に、吐き気を必死に堪える。
そうして、全ての音がいつしか止み、クスクスと笑い声が響いた。
「ふふ、漸く憑き物筋と一般人、私と真銀ちゃんだけになったね。これで――」
敵は取ったよ、真銀ちゃん。
告げられた言葉に、唖然とする。そして、とうとう感情が爆発した。
「敵って……敵ってどういう事だよ!? 消されてるって何が!? 君は一体何を知ってるって言うんだっ!! どうしてこんな酷い事をするんだよッ!!」
「………………」
『あの子』は、ただ寂しげな表情を刻む。それが、更に真銀の怒りを煽った。
「黙ってたらわからないだろっ!! ちゃんとわかるように」
「……お前はもう、死んでるんだよ」
突然響く、第三者の声。弾かれるように振り返ったそこには――。
「え…………?」
夕方命を救ってくれた、あの友人が立っていた。