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獣は封じ、鳥は歌い、そして世界は癒される 2話目

 同性にキスをされ、


 そして、神と名乗る少女から『守護者』なる者になれと告げられた夢を見た、あの日。


 だが、一日経ち、二日経ち、三日が経っても何も変わらなかった。


 いつもの時間に目を覚まし、


 いつものように学校へ向かい、


 いつもの時間に就寝する。


 そう、何一つ変わらない日常。


 徐々に、真銀もあれはただの夢だったのだと理解し始めてきた。




 だが、不思議な夢を見て、一週間が過ぎた頃――。




 ◆◇◆




「ん…………?」

 微睡みから目覚めた真銀の瞳に、不可思議な物が映る。

 暗く、薄気味悪い部屋。椅子に座る真銀の前には、六芒星とおぼしきものが刻まれた、大きな円卓。壁には、唯一の光源である幾本もの蝋燭。しかし、等間隔に並べられたそれでも部屋全体を照らす事は出来ず、所々に残る闇が、不気味さを煽り立てていた。

「…………?」

 視界が、何やらおかしい。その違和感の正体は、目深に被せられているフードだとすぐに気付いた。

 そして、まるでその事実の発覚に呼応するように、同じようにフードを被せられた五人の人物が、円卓を囲うようにズラリと現れた。皆、同じように目元を黒いフードで隠し、露出しているのは口元のみ。

 その内の一人――良く見れば若干赤みがかったフードの人物が、口を開く。

「ようこそ、『憑き物ルーム』へ」

 大袈裟に手を広げ、深々と頭を下げる。周りの人間達の唇が、何だ何だと形作った。だが、本来聞こえる筈の声は聞こえず、それに気付いたフードの人間達から狼狽の空気が漂う。

 赤フードの人間は、小さく笑う。

「嗚呼、驚かせてしまいましたね。今宵は、私と当人の声以外は聞こえないようになっていますので、悪しからず」

 何でだ、訳がわからない!! と唇が次々に告げる。中には、怒りのあまり円卓を叩き、身を乗り出す者もいた。

「まあまあ落ち着いて。これは所詮、皆さんの夢なんですから。余り深く考えない方が勝ちですよ?」

「……夢?」

 まぁ、この不可思議な現象が『夢』だと言われれば頷ける。だが、『皆さん』という言葉が何か引っ掛かる。それに――。

(まさか……ね…………)

 小さく、頭を振る。あの、守護者と名乗る青年と、神を名乗る少女。彼等との出逢いも、このように異端な夢の中だった。だが、だからと言ってこの夢が彼等と関係してるとは限らない。

 『夢』という言葉に、今まで不服だった者達も渋々と納得したらしい。大人しく話を聞こうとする姿勢に、赤フードが笑う。

「ふふ、わかって頂けたようですね。さて……皆さんをこの部屋に呼んだのは他でもない、あるゲームを行ってもらう為です」

「……ゲーム?」

「そう。ほら、目の前にカードがあるでしょう?」

 ほら、と細い指を差した瞬間、真銀を含む黒いフードの人間全員の前に、一枚のカードがそれぞれ出現した。黒地に、白い六芒星が刻まれたカード。それを捲るよう、赤フードが指示する。

「あ、ですが」

 伸ばしかけた手が、止まった。

「決して、自分の札を周りの人に見せないよう、お願いしますね?」

 でなければ大変な事になりますから。笑う唇に、悪寒が走る。だが、これは夢、所詮夢なのだと言い聞かせ、真銀はカードを捲った。

(……一般人?)

 描かれていたものは、特記する事もない、ごく普通の男性の姿。そしてその下には、『一般人』と記載されていた。

 他の黒フード達も確認したのだろう。己のカードを見つめ、小さく首を傾げていた。

 見回し、全員が己のカードを理解した事を確認し、赤フード。

「さて、皆さん自分の役はわかりましたね。では、ゲームのルールを説明します」

 そうして語られたルールは、こうだった。

 進行役たる赤フードを除いた五人の中に、『憑き物筋』の人間がいる。人数はわからないが、夜のターンになると五人の内の一人、一般人を処刑する。

 残された者は、昼のターンに誰が『憑き物筋』なのかを推理して、多数決で処刑する人間を決める。それを繰り返し、憑き物筋を全滅させれば一般人の勝ち、一般人と残りの憑き物筋の人数が同じになれば憑き物筋の勝ちとなる。

 昼のターンに、自分の役目を他者に話しても構わないが、正直に話す必要はない。また、役割カードは決して見せてはいけない。

 処刑の言葉に、真銀の中で嫌な予感が走る。だが、これは夢なのだと必死に言い聞かせた。大丈夫、大丈夫。あの子の悪夢の時のように、実現する訳ではない、と……。

「以上で説明は終わりです。……何かご質問がある方は、挙手をお願いします」

 発言の後、ゆっくりと周りを見回す。質問がないとわかると、唇がにんまりと三日月型に歪ませた。

「わかりました。ではゲームを始めましょう。夜が訪れましたので、皆さん一度目を閉じて下さい」

「「「「「…………」」」」」

 フードを被っているのに、瞼の開閉がわかるのだろうか。誰しも疑問を抱いたが、言われた通りに瞳を閉じた。

「……では、憑き物筋の方々。フードを取って今宵の標的を決めて下さい」

 僅かな、静寂。その後衣擦れの音が響き、複数の人間が身動ぐ気配が生まれる。

 数分後、沈黙の決定が下されたのか、「わかりました」と赤フード。

「今宵の被害者はこれで決まりました。では皆さん、またの夢でお会いしましょう……」

 クスクス、クスクス。小さな笑いが徐々に谺し――くるくると意識と共に渦を巻き――。




 そうして、真銀は今度こそ目を覚ました。




「…………変な夢、だったな」

 身を起こし、ぽりぽりと頭を掻く。見慣れたベッドの上、朝日が差し込む自室。先程の、薄暗い部屋等では決してない、現実。

 だがあの夢も、夢と言い切るには何処かリアルで――上手くは表現出来ないが、夢のような気がしないのだ。

 しかし、所詮夢は夢。深く考えていては身がもたないと、言い聞かせた。

「……ご飯食べよ」

 ベッドから降り、ペタペタと居間に向かう。弁当の支度をしている母に挨拶をし、席に着く。既に用意された焼いた食パンをかじろうとして、

「――――!?」

 テレビのニュースに、硬直した。

『本日未明、S県○×市にて女性の遺体が発見されました。女性は同県在住の西東摩依さいとうまいさん。遺体に争った跡は見当たらず、現場には……六芒星でしょうか? そちらが刻まれた黒いカードが残されていました。警察は、何らかの事件に巻き込まれたものと見て調査を行っています。繰り返します。本日未明、S県○×市にて女性の遺体が――』




 ◆◇◆




 その後の事は、あまり良く覚えていない。

 ただ、無理矢理に食パンを流し込み、青ざめた顔を心配する母に大丈夫と言い聞かせ、フラフラと登校した。

 真銀が教室に着いた時、そこは今朝のニュースで持ちきりだった。彼は知らなかったが、被害にあった西東摩依とは、彼が通う学校の生徒らしい。ざわめきの中には、嗅ぎ付けたテレビ局や新聞記者の取材に応じたと自慢気に話す声もあった。

 だが、真銀にとって教室のざわめきも、テレビ局の取材もどうでも良かった。

(まさか……まさかそんな…………)

 殺害された女性。現場に残されていた、六芒星のカード。昨日見た夢との、繋がり……。

 違う、違う。これは偶然。偶然なのだと言い聞かせる。そう、夢が人を殺すなど、そんな事……。

「おい真銀!!」

「っ!?」

 ビクンッ!! 身体が大袈裟に跳ねる。それに声を掛けた友人も驚いたのか、ギョッと目を見開いた。

「な、んな驚く事ねえだろ……」

「あ、うん……少し考え事してて……ごめん、何?」

「あ、そうだそうだ。お前聞いたか!? うちの生徒が被害にあったニュース!!」

「……っ、う、うん。朝、ニュースでやってたよね……」

 あははと力無く笑う真銀に、友人は何か気付いたのか、はたと口を閉ざした。

「あ……わり、あいつ等の話はタブーだったんだよな……」

「……?」

 タブー? あいつ等? 不可思議な言い方に首を傾げれば、まるで気にするな、と言わんばかりに手を振る。聞き返そうとするも、ホームルームに現れた教師によって妨害されてしまった。

「えー……既に皆知ってるかもしれないが、うちの生徒が悲惨な事件に巻き込まれて、命を落としてしまった。暫くはマスコミやテレビ局が取材に来るだろうが、決して安易な気持ちで取材に応えないように」

 聞いてるか? と教師が問うも、広まるひそひそ話は止まない。

 きっと天罰だよ。

 あいつ等、酷かったもんな。

 いじめ、これでなくなりゃいいんだけどな。

 ひそひそ、こそこそ。その言葉の片鱗が、真銀の中で引っ掛かる。

(……いじめ、あいつ等……?)

 何かが、引っ掛かる。自分は、何かを忘れている?

 だが、懸命に考えてもその要因はわからず、そしてそれ以上深く考える事もなく、いつものように授業の支度をしたのであった……。




 ◆◇◆




 その日の、昼休み。その時を待っていましたと言わんばかりに、輪田梨絵子わだりえこは弁当を片手に、友人達の側に駆け寄った。

「……あ、あのさ」

 びしり。掛けられた声に、短髪の少女――満田薫織みつたかおりが固まる。それに釣られ、側にいたニキビだらけの少女――永野万樹ながのまきがぎこちなく振り返った。

「……な、何?」

「……摩依……死んだんだってね……」

「「――――っ!!」」

 凍り付く空気。昼休みのざわめきが、まるで膜の向こう側の事のようにぼんやりと聞こえる。

「……ねえ」

 険悪な空気が嫌で、梨絵子は口を開く。確かめたくて、きっと、この二人も、そしてここにいないもう一人の友人や、今日死んだ友人も、同じなのだと。

「私さ……昨日変な夢を見たんだ」

「「――――ッ!?」」

 ガタンっ!! 動揺で、薫織が座っていた椅子が鳴る。万樹が、涙を浮かべながらも精一杯睨んできた。それで、理解する。あのフードの人間は、彼女達なのだと。

 理解しながらも、言葉を続ける。

「……皆も、見たの? 変なゲームの夢……」

「だ、だとしたら何よ!!」

 薫織が、恐怖を隠すように吠える。隣の万樹は、不安げに二人を交互に見るのみ。

「や、ほら……摩依が今朝死んだでしょ? もしかしたら……」

「ば、馬鹿じゃないのっ!? 夢が原因で人が死ぬ訳ないでしょ!!」

「そ、そうだよ!! 偶然に決まってるよ!!」

 薫織に続き、万樹が援護射撃。けど、と更に食い下がる梨絵子を、薫織は眼力のみで殺さんばかりに鋭く睨み付ける。

「煩いっ!! 偶然ったら偶然!! 皆同じ夢を見たのも、憑き物筋なんて言葉も!! 摩依が死んだのだって偶然に決まってるっ!!」

 これで話は終わりだ。そう言わんばかりに荒々しく席を立って、薫織はどよめく教室から出ていく。後に、泣きそうな梨絵子と困惑顔の万樹を残して……。




 ◆◇◆




 丁度、同時刻――。




(憑き物……あいつ等……タブー…………)

 身近で起きた事件など、全く彷彿させない澄み渡った空の下。屋上で友人達と弁当を食しながら、真銀は今朝方言われた言葉を反芻していた。

 昨日見た、異端の夢。そして、夢と呼応するように被害者が出た。六芒星のカードを、傍らに残して。その事件もだが、それ以上に気になる事があった。それが、昨日夢で聞いた『憑き物筋』という言葉と、友人の不可解な単語。

(……なんだろう)

 憑き物筋の意味は、勿論知っている。だが、そんな特異な人物とは生まれてから今まで、一度も接した事がない筈。だと言うのに、目覚めてからずっとこの言葉が引っ掛かっているのだ。

 引っ掛かると言えば、友人の不可解な言葉もまた同じ。

 友人は、摩依の事件が話題となった時に『あいつ等の話はタブー』だと告げた。しかし、こちらも真銀には覚えが無い。そもそも、西東摩依という存在自体、ニュース沙汰になるまで知らなかったのだ。しかし、友人は朝の謎めいた言葉を告げた。それを切っ掛けに、こちらも妙に気になり出したのだ。友人に指摘されたから、ではない。

 まるで、忘れてはいけない『何か』を、思い出そうとするように……。





「……そう、忘れちゃったんですよ」




「!?」

 弾かれたように、顔を上げた。

 突如聞こえた、夢の中で聞いた赤フードの声。発生源を探そうと周りを見回し、そして愕然とした。

 空は恐ろしさを抱かせる程の『赤』に染まり、屋上には自分と、いつの間にか現れた件の赤フード、二人きりになっていた。

 なんで、どうしてと、まるで逃げ場を探す小動物のように辺りを見回す。その姿が滑稽に映ったのか、赤フードがクスクスと笑う。

「嗚呼大丈夫です。これは貴方の『夢』であり、あの『夢』とは関係ありませんよ」

 クスクス、クスクス。ただただ、赤フードは笑っているだけ。だが、底知れぬ恐怖故の冷たい物が真銀の背筋を走った。

 忘れてしまった。何を? 自分は何を忘れてしまった? ゆっくりと、しかし真綿で首を絞めるように、渦を巻く疑問が真銀を追い立てる。

 苦悶する姿を見て、赤フードはまた笑む。

「ふふ、早く思い出さなければ、大変な事になりますよ?」

 それでは。深々とお辞儀をし、赤フードはふわりと、まるで溶けるように消えてしまった。

 そして――。

「……だよなー、な? ギン」

「えっ!?」

 蘇り飛び込んだ声に、身体を大袈裟に震わせる。それを、ぼんやりと考え事をしていたが故と判断したのだろう。いつの間にか戻ってきた友人が苦笑する。

「ったく、何考えてたんだよお前よぉ」

「あ、うん、ごめん……」

 あははと苦笑しながら、お弁当を一口食べる。

 まるで紙を食べているかのように舌の上で無味を広がらせながら、真銀はまた今朝方の事へ、そして先程の出来事へと、思考を巡らせたのであった。




 ◆◇◆




 そうして、訪れた夜――。




「…………」

 浮上する意識。瞳を開けば、やはりと言うべきか昨日の『憑き物ルーム』と呼ばれた、不気味な部屋。六芒星の円卓には赤フードと黒フードが変わらずに座っていた。

 そう、真銀を除く黒フードの人数が、三人に減った事を除けば……。

「ふふ、ようこそ、『憑き物ルーム』へ」

 楽しげに、赤フードが口を開く。そのあまりにも楽しげな口調に、右隣に座っていた黒フードが立ち上がる。

「チョット!! 今朝ノハドウイウ事ッ!?」

 静かな部屋に響く円卓の悲鳴と、変声機を使用したように歪な声。打ち付けた手が痛むのか、手を振りながら声の主が赤フードを睨んだ……気がした。

「ふふ、どうもこうもありませんよ? 昨日お話しましたよね、憑き物筋に狙われた人物が死ぬ、と」

「ダカラッテ!! 殺人ガ許サレル訳ナイジャナイ!!」

 摩依ヲ返シテヨと、今度は左隣の黒フードが泣き出してしまう。その姿に、赤フードは笑みを湛えたまま。

「ふふ、殺人が許される訳ない。果たして、貴女方にそれを言う資格があるんでしょうかね?」

「「「!?」」」

 怒鳴った、泣いた、そして傍観を決めていた右奥の黒フードまでもが、身体を震わせた。ただ一人、理由もわからない真銀だけが首を傾げる。

(……殺人? 許される……?)

 刹那、小さな頭痛が走る。反射的に手を伸ばすも、痛みはすぐに引いた。だが、疑問だけが残り続ける。

(やっぱり、何かを忘れてる……?)

 けど、何を? 戸惑う真銀を他所に、赤フードは告げる。

「殺されたくなければ、早く憑き物筋を見付け、始末する事ですね」

「……ッ」

 怒鳴った黒フードが、悔しげに唇を噛み締める。渋々と座った事をゲームの続行と受け取ったのか、楽しげに喉を鳴らした。

「ふふ、それでは今宵の標的を……」

「チョ、チョット待ッテヨ!!」

 先程泣き出した黒フードが、慌てて口を挟む。

「今宵ッテ何!? 昼ノたーんハマダ」

「おや、過ごしたではありませんか」

「エ……?」

 どういう意味だと、場がざわめく。その反応を待っていたとばかりに、大袈裟に腕を広げる赤フード。

「皆さんは、確かに過ごしましたよ。そう、現実で、ね?」

「「「「!?」」」」

 表情が凍り付いた、気がした。現実の昼間に、赤フードの言う『昼のターン』は終わったと。それはつまり、現実とこの夢が繋がっているという事……。

 あり得ない。たかが夢の話だと、笑い飛ばせたらどんなに良かったか。しかし、現実に一人の人物が死に、この空間から参加者が消えた。今、囲んでいる円卓の柄と酷似した、カードの側で。

 もう、誰一人として笑い飛ばす事は叶わなかった。

「ふふ、わかっていただけましたか? 皆さんの立場が」

 赤フードが、また楽しげに笑う。

「さて、それではゲームを再開しましょうか。皆さん、夜が訪れたので目を」

「ジョ、冗談ジャナイ!! コンナゲーム、私ハ降リル!!」

 最初に怒鳴った黒フードが、再び苛立ちから荒々しく立ち上がった。背を向け、あるかもわからない出口へと向かう。だが、

「おや、良いんですか?」

 その背中に、赤フードの楽しげな声。

「棄権する、という事は今夜の標的は貴女になりますよ?」

「「「っ!?」」」

「ナッ!?」

 言葉を失う真銀達。そして、硬直する黒フード。赤フードは、小さく笑うだけ。

 全員、漸く理解した。この悪夢から逃れる為には、ゲームを終わらせるしか方法はない、と。

「「「「…………」」」」

 誰もが、瞳を閉じる事を躊躇った。だが、赤フードの指示通りに動かない限りこの悪夢からは目覚めない。立ち上がっていた黒フードも席に着き、それを合図に渋々とメンバーが瞳を閉じた……気がした。

 衣擦れの音が聞こえる。恐らく、赤フードが周りを見回しているのだろう。それはすぐに止んだ。

「……それでは憑き物筋の方。フードを外して、今宵の獲物を決めて下さい」

 小さく、衣擦れの音。動く気配は、今日はすぐに止んだ。

「……ふふ、今日は直ぐに決まったようですね」

 ビクリと、震える気配が伝わる。だが、瞳を閉じたままの真銀はわからない。

「それでは、今宵はおしまいです。皆さん、良い昼を……」

 クスクス、クスクス。赤フードの笑いが意識と混ざり、くるくると互いに渦を巻き――。




 ◆◇◆




 まだ、朝の光を迎えていない、真っ暗な部屋の中。

(なにっ、何よあれっ!!)

 目覚め、先程見た光景に梨絵子はただただ困惑する。自室の布団に丸まり、瞼に焼き付いたそれに怯えた。

 こっそりと、覗き見た物。それは信じられない、救いのない物だった。

(早く……早く知らせなきゃ……っ!!)

 震える手で、枕元に置いたケータイを掴む。未だに折り畳み式のそれを稼働させ、メール画面を開いた。送る人物は、勿論――。




「させませんよ?」




 身体が、硬直した。

 自分以外、誰もいない筈の部屋。そこに響いたのは、悪魔の声。

 歯の根が合わず、かたかたと鳴る。被った掛け布団の隙間から見えるのは、血のように赤いフード。

 クスクス、クスクス。可愛らしい笑い声が、まるで悪魔の声のように届く。

「ゲームによっては、夜のターンに瞳を開けられるカードもあるんですがね。ま、それも気付かれたら殺されてしまいますが」

 ひたり、ひたりと裸足の音が近付いてくる。まずい、早く、早く知らせなければ。だが、焦る思いとは裏腹に指が動かない。

「しかし、貴女は一般人です」

 赤が、近付く。

「一般人は、夜のターンには目を閉じている必要がある」

 ベッドの脇に、赤が立った。

「けれど貴女はそれを破った」

「ひゃっ!?」

 抗う暇もなく、布団が剥ぎ取られる。硬直する梨絵子は、恐怖で動けない。

 赤フードの隙間から見える、忘れられない瞳とぶつかった。

「ふふ、憑き物筋はお冠ですよ? ルールを破った者には『死』を、とね」

 まあ、こちらとしては手間が省けて良いんですがね。その楽しげな言葉は、梨絵子の耳には届かない。悲鳴すら、上げる事が叶わなかった。

「……恐怖で何も言えない、ですか。大丈夫、すぐにそれから解放されますから」

 歪んだ、三日月の笑みを唇に浮かべる赤フード。その背後から、黒く細長い獣が飛び出し――。




 ◆◇◆




『本日未明、S県××市にて女性の遺体が発見されました。女性は同県在住の輪田梨絵子さん。自宅で眠っている所を、何か鋭利な刃物で喉を切り裂かれた模様。現場には……こちらも六芒星でしょうか? そちらが刻まれた黒いカードが残されていました。警察は、先日被害にあった西東さんと何らかの関係性があるとして、調査を行っています。繰り返します。本日未明、S県××市にて女性の遺体が――』

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