縁は異なもの
目を開けても何も見えない。
闇の中は酷く重くて、瞼を押し上げるだけで精いっぱいだ。
本当なら耳を塞ぎたいのに。
そう考えて眉を顰めた。
闇の中には何の音もない。
沈み込むように、飲み込まれるように。
無音の中にいるのに、どうして耳を塞ぎたいのだろう。
遮りたい筈の音など、何もない筈なのに。
闇は深い。
自分の輪郭すらあいまいになるくらいに。
誰もいない。
何もない。
「きて、起きて。朝だよ」
唐突に耳に飛び込んできたのは、陽だまりのような声だった。
「ん」
「おはよう!」
ぼんやりとしたままうっすらと目を開けて、眼前の顔に反射的に飛び起きる。
「っ」
「大丈夫?」
危うくソファから落ちかけて、寸でのところで踏みとどまった。
睡眠中は回転をサボっていた思考が漸く正常に動き出す。
「離れろ」
間近の顔から視線を逸らすと、少女-心-が僅かに首を傾げた。
「此処は心の家だよ。昨日、雨宿りに誘ったんだけど、覚えてる?」
「解ってる」
そっけない言葉にほっとしたように心が笑うと、出会った時と同じように、高い位置でツインテールにした髪がぴょこぴょこと揺れた。
「あら、起きたの?」
洗濯カゴを抱えた叶慧が奥から顔を出して目を細める。
「あ、叶ちゃん。今日、心が当番だよ?」
「昨日雨だったから、ちょっと多いのよ」
「大丈夫だもん。任せて」
「ちょっと、心」
洗濯カゴを受け取って、心が思い出したようにこちらを振り返った。
「雨、あがったよ。今日はいい天気なの」
言葉を返す前に、心はにっこりと笑って踵を返す。
ぱたぱたと駆けていく足音を見送るとなく見送ると、残った叶慧と目があった。
「おはよ、いちみる」
「なんだよ」
「おはよう、って言ってるでしょ?」
呆れたような視線を投げられて、唐突にその言葉に思い至る。
朝の挨拶を交わす習慣なんてものはなかった。
答える気になったのは、多分『いちみる』なんて呼び名の気まぐれと昨日の叶慧の言葉のせいだ。
『郷に入っては、っていうでしょ』
「は、よ」
「声が小さい。起きたならさっさと顔洗って手伝って」
「は?」
「働かざる者、なんとやら。此処に居候するなら、それくらいしてよね?」