水は方円の器に
双子のいなくなった一階は、確かに静かにはなるのに、それでも何処か明るい。
キッチンに入ると、机の真ん中に置かれた覆いの中に、味噌汁と俯せた見覚えのある茶碗があった。
他の三人と違う柄のそれは、専用にと叶慧と奏慧がその他の日用品と一緒に買ってきたものだ。
「あ、おはよう」
洗濯籠を抱えて入ってきた心が、すぐに気づいて小さく笑う。
「ごめんね、先に食べちゃったんだ」
「いや、寝坊したのは俺だから」
「寝坊? 別に、寝坊じゃないよ」
洗濯籠をキッチンとダイニングの間において、心はきょとんとこちらを振り向いた。
「起きる時間は、自由だもん」
「でも、双子とあんたは同じタイミングで朝飯にしてる。ズレたら、面倒だからだろ」
「違うよ。一人で御飯は淋しいからなの。だから、出来たら一緒に食べたいけど、無理は駄目だよ。疲れたら、休まないと」
「なんだよ、それ」
ぱたぱたと皴を伸ばしてワイシャツをハンガーにかける心から目を反らして、炊飯器から御飯をよそる。
ふわふわと漂う湯気は、心のようだ。
つかず離れず、ぼんやりと暖かい気分になる。
ぬるま湯だと解っていても、此処は居心地が良い。
あの冷ややかな台所と比べるようもない。
「あ、お椀冷めてたら暖めてね」
助言に従った椀を電子レンジから取り出して良く見ると見慣れぬものが浮いていた。
「おい」
「なあに?」
「この味噌汁の具」
「具? ええと、お揚げと玉葱とジャガ芋と茄子?」
やはりこれは、茄子らしい。
「味噌汁に茄子ってどうなんだ」
「あれ? 変わってる?」
「食べたことないぞ」
「そうかな? あ。でも、確かに給食とかでは出ないよね」
ぱちぱちと角ハンガーにタオルを吊して、心は振り向くとぴっと指を立てて見せた。
「でもでも。田楽とか、相性は良いんだよ」
「その理屈でいくと、味噌汁に魚を突っ込んでも良いことになるぞ」
「味噌味の鰊蕎麦?」
あまりにも無邪気に答えるから、不安になって釘を刺す。
「やるなよ」
「やらないよ」
心は洗濯物を干す手を止めずに苦笑した。
味噌汁の茄子は美味しいと絶賛するようなものではなかったが、それなりに悪くはなかった。
「ごちそうさま」
此処に来てからいつのまにか癖になった言葉を零して立ち上がる。
「あ、心が洗い物するよ」
「自分の分くらい、自分で」
「代わりに、洗濯物運ぶの手伝って欲しいなぁ」
にこにこ笑う心の手元の籠はいつの間にか空っぽで、代わりに部屋に渡された物干しにはずらりとハンガーが並んでいた。
庭先と2階のベランダに物干しがあるが、心達が使うのは大抵庭先だ。
それはリビングと玄関を隔てた向こう側にある客間からが一番近い。
ふと、気づく。
結局、一人で朝飯を食べたはずなのに心はずっとそこにいた。
「運ぶ」
「ありがとう」
「食器も洗う」
きょとんとした心の手からハンガーを取り上げて、顔だけ振り返る。
「あんたも講義あるんだろ。これは良いからさっさと支度しろよ」




