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いちみる  作者: 蛍灯 もゆる
一章
2/57

郷に入っては

少女が足を止めたのは、いくつもの角を曲がった突き当りに立地する白い家。

四角、という表現が合うような不思議な家だった。


「此処だよ」


窓から煌々と漏れる灯りに一瞬だけ躊躇ったが、少女はさっさと扉を開ける。


「ただいま! かなちゃん、そうちゃん」


声を上げた少女に、家の奥から足音が響く。


「おかえり、心。遅かっ…… なにしてんのよ! びしょびしょじゃない!」


叶ちゃん。

奏ちゃん。

父親でも母親でもないその呼びかけに眉を顰めると同時に、奥から現れた女が叫ぶのが同時だった。

明らかに母親ではない。

ショートカットにメガネ。

知的な印象の少女の後ろから、よく似たそれでいて違った印象の少年が顔を出す。


「心、それは?」


少女と違う髪質はふわふわとしていて、どこか女性的だが、その瞳の奥に宿る深さに一瞬言葉を飲み込んだ。


「雨宿りに呼んだの。あのね、二人が叶ちゃんと奏ちゃん。双子なの」


いくつか湧いた疑問に、けれどよく似た少女と少年はそろって俺を瞳に映す。


叶慧かなえよ。よろしくね」

「はじめまして。奏慧そうえです」


特に疑問を呈することなく名乗る二人に呆気にとられた。


「奏、バスタオル持ってきて」

「はいはい。心、お風呂湧いてるから」

「わあい。ありがとう。風邪ひかないうちに、お風呂いいよ!」


特に疑問も感じていないように、叶慧と名乗った少女は俺に視線を移してにこりと笑う。


「先にいっとくけど、此処に住んでるのはあたしたち三人よ。だから遠慮せずにさっさと風呂入ってきなさい」

「そうそう。君が入らないと、心が入れなくて風邪ひくから」


特に不審がる様子もなく差し出されたタオルに、手を伸ばすのを躊躇うと奏慧が近寄ってそっと囁いた。


「心配しなくても、取って食ったりしないから」

「なっ」

「残念ながら、心はもとよりあたしも奏も腕力には自信がないの」


だから、少しは肩の力抜いたら? 目を細めて、叶慧はくすりと笑う。


「この子ね、すぐ拾ってくるのよ。猫でも、犬でも」

「俺は」

「解ってるわ。ていうか、帰るとこあるならついてきたりしないでしょ」


呆れたような物言いにむっとすると、心が不意に服を引いた。


「嫌だったら、帰ってもいいから。でも服は着替えて、傘も持って行ってね」


心底お人よしな台詞に、苛立ちより先に呆れが来て、肩ひじを張っている自分がなんだか馬鹿らしくなってくる。


「それで、名前は?」


奏慧の差し出すタオルをおずおずと受け取ると、叶慧が心に視線を投げた。


「え? 心の?」

「違うわよ。こっち」


叶慧の視線に一瞬だけ口をつぐんで、視線を逸らす。


「名前なんてない。呼ぶ人間もいなければ必要ないだろ」

「えー。困るわ、こっちが呼ぶんだけど」


怒るでもなく、ただ当たり前のことのように告げる叶慧に驚いて、けれど口をつぐんだままでいると、呆れたようにため息が零れる。


「強情ね」

「名乗らないなら、心が名前付けちゃうよ?」


奏慧にわしゃわしゃとタオルで髪をかき混ぜられていた心がぴょこんと俺の前に顔を出す。


「は?」

「呼び方ないと不便だもん。名乗らないなら、心が勝手につけちゃうよ?」


心が本気なのを見て取って、タオルをかぶって投げやりな気分で吐き捨てた。


「勝手にしろ」

「はーい。じゃあ、いちみる、ね」

「は?」

「え?」

「ちょっと、心?」


三者三様の反応に、心はえへへと照れ臭そうに笑う。


「“いちごみるく”を、略して、”いちみる”。可愛いよね」

「なっふざけんなっ」


噛みつく様に叫べば、横で叶慧も呆れたように肩を竦める。


「心、それ本気なの?」

「え? うん。心、いちごみるく、だーいすきだもん」

「心がいいなら良いよ。心が連れてきたんだし」

「おい、ちょっと」


慌てて反論しようとすれば、にこりと凄みを込めて叶慧が笑った。


「名乗らないなら“いちみる”。郷に入っては郷に従え、よね」

「っ」


いちごみるくなんて少女趣味な名前は正直遠慮したいところだが、呼んでほしい名前なんて思いつかない。

少しでも近い偽名を名乗るくらいなら、全く別の、誰かに与えられた記号で、自分を呼んでいるとわからない名前の方が随分とましだ。


「わかった」

「え?」

「好きにしろ」


投げやりにそう云えば、叶慧がにっこりと笑って手を出した。


「それじゃ、いちみる。改めてよろしくね」




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