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いちみる  作者: 蛍灯 もゆる
一章
1/57

闇夜の



霧雨が包み込むように俺を取り巻いていた。

灰色のパーカーはすっかり濃い色に染まって重い。

フードから滴り落ちる雨音に混ざって、俺の耳に足音が届いた。

軽い、足音。

水を弾くような足音はこちらへと近づいてくる。

橋の真ん中。

足音が自分の前で止まっても、俺は欄干に背を預け、顔を上げなかった。


「雨宿り、しようよ」


唐突に包んでいた雨が離れ、幼げな少女の声がすぐそばで聞こえる。

どうして、放っておいてくれないのだろう。

お節介な世話焼きの人間は、得てして幸せの絶頂で、視界の端で不幸な顔をしている人間を見過ごせないのだ。

自分の幸せに、ケチがつくような気がするのだろうか。

冷ややかな目を向けると、ドット柄の桃色の傘の下で、ツインテールの少女がにこりと笑った。


「ね。此処にいるなら、こころと一緒に雨宿りしよう」

「……」

「あ、心は心。舘野たての心だよ。君は?」


こんな風に、声をかけてきた人間がいなかったわけではない。

もう何度も、いくつもの足音が近づいては遠ざかった。

足早に去っていくものが圧倒的だったが、中には興味本位に声をかけてくる者もいた。

大抵、少し邪険にすれば逆に怒り出して罵声を浴びせ、手を上げる。

殴られたり、蹴られたり、怒鳴られたり。

誰も同じだ。

そんな中途半端な親切のふりをしたお節介なんかいらない。


「るさい」

「え?」

「うるさい!」


雨を吸って重くなった腕で傘を払うと、思いの外軽かったそれは、くるくる回りながら背後の欄干を越えて、濁流の川へ落ちる。


「あ」


慌てて欄干にとりついた少女は、流れていく傘を見下ろして声を上げた。


「あれ、お気に入りだったのになぁ」


流石にそこまでするつもりもなかったので、少し罪悪感を覚えたが、振り返った少女に知らず身構えていた。

どんな言葉が、この少女からは零れるのだろうか、と。

けれど


「仕方ないね。走ろっか」


かけられた言葉の意味が解らなかった。

けれど、言葉と同時に掴まれた腕に、反射的に手を払う。

少女は一瞬だけ困ったように目を細めた。


「じゃあ、自分でついてきてくれる?」


本当に、意味が解らなかった。

多分、不可解な顔をしていたのだろう。


「傘ないから、走ろう。あんまり濡れると風邪ひいちゃうし。心も怒られるの嫌だから」

「何云って、」

「心、寒いのあんまり得意じゃないんだ」


ね、早くいこう? 促す少女に、剣呑な視線を向けると、少女はきょとんと首を傾げる。


「もしかして、心のこと、怖い? だからついてくるの、迷ってるの?」

「誰が!」


間髪入れず云い返すと、お腹に力を入れたせいか間抜けに腹の虫が鳴いた。


「!」

「良かった。じゃあ、行こう? 心のところは、ここより暖かいもん」


にこりと笑って掴まれた服の裾を、もう払うのは諦めた。





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