闇夜の
霧雨が包み込むように俺を取り巻いていた。
灰色のパーカーはすっかり濃い色に染まって重い。
フードから滴り落ちる雨音に混ざって、俺の耳に足音が届いた。
軽い、足音。
水を弾くような足音はこちらへと近づいてくる。
橋の真ん中。
足音が自分の前で止まっても、俺は欄干に背を預け、顔を上げなかった。
「雨宿り、しようよ」
唐突に包んでいた雨が離れ、幼げな少女の声がすぐそばで聞こえる。
どうして、放っておいてくれないのだろう。
お節介な世話焼きの人間は、得てして幸せの絶頂で、視界の端で不幸な顔をしている人間を見過ごせないのだ。
自分の幸せに、ケチがつくような気がするのだろうか。
冷ややかな目を向けると、ドット柄の桃色の傘の下で、ツインテールの少女がにこりと笑った。
「ね。此処にいるなら、心と一緒に雨宿りしよう」
「……」
「あ、心は心。舘野心だよ。君は?」
こんな風に、声をかけてきた人間がいなかったわけではない。
もう何度も、いくつもの足音が近づいては遠ざかった。
足早に去っていくものが圧倒的だったが、中には興味本位に声をかけてくる者もいた。
大抵、少し邪険にすれば逆に怒り出して罵声を浴びせ、手を上げる。
殴られたり、蹴られたり、怒鳴られたり。
誰も同じだ。
そんな中途半端な親切のふりをしたお節介なんかいらない。
「るさい」
「え?」
「うるさい!」
雨を吸って重くなった腕で傘を払うと、思いの外軽かったそれは、くるくる回りながら背後の欄干を越えて、濁流の川へ落ちる。
「あ」
慌てて欄干にとりついた少女は、流れていく傘を見下ろして声を上げた。
「あれ、お気に入りだったのになぁ」
流石にそこまでするつもりもなかったので、少し罪悪感を覚えたが、振り返った少女に知らず身構えていた。
どんな言葉が、この少女からは零れるのだろうか、と。
けれど
「仕方ないね。走ろっか」
かけられた言葉の意味が解らなかった。
けれど、言葉と同時に掴まれた腕に、反射的に手を払う。
少女は一瞬だけ困ったように目を細めた。
「じゃあ、自分でついてきてくれる?」
本当に、意味が解らなかった。
多分、不可解な顔をしていたのだろう。
「傘ないから、走ろう。あんまり濡れると風邪ひいちゃうし。心も怒られるの嫌だから」
「何云って、」
「心、寒いのあんまり得意じゃないんだ」
ね、早くいこう? 促す少女に、剣呑な視線を向けると、少女はきょとんと首を傾げる。
「もしかして、心のこと、怖い? だからついてくるの、迷ってるの?」
「誰が!」
間髪入れず云い返すと、お腹に力を入れたせいか間抜けに腹の虫が鳴いた。
「!」
「良かった。じゃあ、行こう? 心のところは、ここより暖かいもん」
にこりと笑って掴まれた服の裾を、もう払うのは諦めた。