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#0006 [知らぬ者](1)

「そういえば、地図はもう完璧に覚えたと言ったな?」

「うえっ!? か、完璧……なんて言いましたっけ?」

 なんだか悪い予感を覚えつつ言ってみる。

 到着した小部屋には最初の明かりが灯され、暖かなオレンジ色を広げていた。

 玲二は顎に右手を添えて何か考えるそぶりを見せる。

 ――なんか様になっててムカつく。

「覚えているなら迷っても問題ないな。今日から俺が先行する。お前は後ろからついてきて宝玉――魔物から出る珠を拾ってついてこい」

 まってまって待ってぇぇ!!?

 私は驚嘆して目を見開く。

「ちゃんと覚えてたら迷わないと……思うんだけど」

 ちょっとした反骨心も提示しておく。

 つまり、迷ったときには既に手遅れ。

「呼べばいいだろう。そのときは俺以外を呼び寄せないように注意しろ」

「や、無理でしょ、それ」

 って無視か! 嫌なヤツだなほんと!

「珠拾ってついていくだけですか? 援護とか、なんかそういう」

「やめろ。俺を殺すつもりか」

「失礼ですね!」

 いや、確かにまだ一回も銃使ったことはないけどさ。他にもなんか、ほら。あるじゃん?

 その後移動ルートを簡単に説明される。英語と数字を使ったエリア説明を私流に解釈すると第一区画から順に第三区画まで巡回しつつ移動。その後休憩を挟んで第七区画から第五区画まで巡回してお仕事終了、という流れだ。あれ、こっちのほうが分かりやすい気がする。

「北条先輩。細かい分け方しなくても、真ん中の道から大きく分けて八つに分かれてるじゃないですか。これ、左下から上に向かって、第一から第四。右下から上に向かって、第五から第八の区画分けで呼んだほうが簡単じゃないです? B5とかF7とか、ごちゃごちゃしてわかりにくいですって」

 私が自信満々に言うと、玲二が心底呆れたような顔でこっちを見下した。

 このやろう、ちょっと背が高いからっていい気になりやがって。

 という私の視線を華麗にスルーして玲二が説明してくれる。

「アイツらの死体が残らないのはもう見ただろう。だから前の巡回で討伐したエリアに魔物がいる確率は低い。無駄に巡回ルートを増やすことはない」

 ……なんで死体が残らなかったら魔物もいないの? もうちょっと噛み砕いて説明してほしいんだけど……そんなことしませんよね、はい。私には話の繋がりがわからん。

 とにかく、討伐したエリアは次回通らないって覚えとけばいいのね。

 玲二がこちらをじーっと見てることに気づいて、私はなんとなく居住まいを正す。

 物音がなくなって、僅かな時間お互いを見つめあう形になる。

 あれ? と思ったときには、玲二は踵を返して防空壕に繋がる扉に手をかけていた。

「もし俺とはぐれたときに敵と会ったら、視線を逸らすな。背中を見せるな。銃を抜くな」

 銃を抜くな?!

「俺を呼べ」

 あ、はい。

「わかりました」

 じゃあなんのために銃持たせたんだこの野郎。

 とか思いつつ。

 玲二が扉を開く。

 冷やりとした空気が流れ込んでくる。

 懐中電灯で辺りを照らし、安全を確認してから中に入る。

 ランタンのスイッチを滑らせて明かりをつけると、周囲に光が広がる。数時間分の燃料が流れ込み、着火してくれる優れものだ。思わず安堵の息を吐くと残りの燃料量を確認しておく。

 いくら懐中電灯があっても、明度は心もとない。

 明かりというのは、そこにあるだけで不安を拭い去ってくれる優れものだ。

 玲二は早足で通路を進み、暗くなってくるとすぐ傍のランタンに明かりを灯す。私はその後を小走りで追いつつ、脳内地図で現在位置を検索して周囲の様子を観察しておく。

 道沿いの物陰に伏せていた四足獣が起き上がり、威嚇しつつ向かってくる。

 脇道から飛び出しつつ駆けて来る四足獣。

 玲二はそれらを一刀の元に切り伏せ、そうでなくとも長剣で迎撃し、返し様に両断させる。めちゃくちゃ強い。

 剣の軌道が見えないとか、そういうファンタジーなまでの速度ではないものの、十二分に早く、そして力強いだろうことは分かる。

 カボチャとか切らせたら便利だろうなぁ。

 なんて思いつつ、死体が消えるのを待ち、宝玉を回収する。ちなみに手袋装着の上、ティッシュも駆使して万全の体制である。

 そんなことをしている間にも玲二はさっさと先に進んでいく。

 私は宝玉を皮袋に突っ込むと、慌ててその後を追いかける。

 そして追いついた頃にはまた別の四足獣を切り伏せているのだ。

 呼吸を整える暇すらない。

 いや、あるにはあるが、目の前で死体が泡立っている状況で深呼吸などする気も起きない。

 ――玲二の後姿が消えないうちに追いつきたい。

 ――でも宝玉がまだ出てこない。

 ――出てきた。

 ――拾って全力疾走する。

 ――次の戦闘が始まってる。

 というループである。

 正直、調子乗ってました。

 元々、玲二と私ではコンパスの長さが違うのだ。

 私の体力が持たないのは至極当然の事実だったわけで。

 第二区画の巡回を終えて第三区画へ向かう道すがら、私はとうとう玲二にストップをかけたのだった。

「あ……あの、すみま……せんっ! ……ちょっと、ま……待って……」

 息も絶え絶えに私が言うと、視線の先で玲二が足を止め、こちらを振り返った。

 なんとか追いつくと、たまらず座り込んでしまう。酸素が足りない……。

「運動不足か」

 文句を言う余裕もない。

 確かにそこまで運動はしてなかったけど、それとこれは別だろう。

 走りすぎて脇腹が痛い。

 玲二は私の呼吸が落ち着くまで傍にいてくれた。

 長剣は鞘に収めているが、視線は周囲に油断なく向けられている。

 例の四足獣――名前があるのか知らない――は基本的に単体で通路をうろついている。たまに二匹固まっているときもあるが、吠えて仲間を呼ぶわけではなさそうだし、観察した限りではそこまで強くなさそうだった。

 もちろん、玲二が強すぎることもあるのだろうが、落ち着いてさえいれば私でも倒せそう。

 倒すなんて言っているが、暴力的に言えば殺すということ。

 死体が残らないだけイメージしにくいが殺害行為なのだ。いくら身の危険があるとはいえ、それが自分に出来るかどうかはそのときになってみないとわからなかった。

 わからないといえば、この防空壕っぽい場所がなんなのかさえ知らない。

 ここにいる犬みたいなのが、なんで切られたら消えちゃうのか。

 消えたらなんて珠が残るのか。

 これがなんなのか。

 そもそもなんで犬がいるのか。

 ――ていうか、私らって銃刀法違反じゃね?

「行くぞ」

「あ、うん」

 立ち上がる。玲二はもう先に進んでいる。質問できる雰囲気でもない。

 まぁいいか、と思い直す。難しいこと言われても理解できるとも限らないし。

 私はバカではないけど、頭がいいわけでもない。

 こうやって後ろついていって珠拾ってるだけで収入になる、という事実だけ分かればいい。

 知らなくて困ることは、困ってから聞けばいいのだ。


 ――――ま、さすがに私もその日のうちに知らなくて困ることが起きるなんて、思ってもみなかったわけなのだけれど。


    ◇    ◇


 それが起きたのは第六区画の長い通路を走っているときのことだった。

 第六区画の入り口部分はU字型に折れ曲がっていて、そこから東に向かって長い通路に繋がっている。

 視界の先には既に遠くなった玲二の後姿があり、私はそろそろ重くなってきた腰にぶら下がった宝玉入れの皮袋を気にしていた。

 その通路の途中にあった、用途不明の箱やらなんやらが詰まれた小さな袋小路に差し掛かったときのこと。視界の隅で何かが動いた気がして、私は足を止めた。

 少し戻って袋小路を覗いて見ると、薄汚れた小さな袋のような物体がもぞもぞと動いていることに気がついた。

 勝手に行動してはまずいかもしれない。私が玲二に一声かけようと視線を巡らせると、玲二の後姿はかなり遠く、大声を上げなければ聞こえなさそうに思えた。

 そんなことをすればまず間違いなく、先に気づくのは玲二ではなく目の前の物体だ。

 とりあえずジコチュー玲二は放っておいて、袋のようなそれを観察してみることにする。光の届かない袋小路の先は薄暗く、良く見えない。だが、何かがいるのは間違いなかった。

「誰かいるの?」

 声をかけてみると、その何かは動きを止めた。ということは最低限の意思疎通は通じる相手だろうと予想できる。

「何してるの?」

 一歩踏み込んでみる。

 今まで魔物は、あの大型犬っぽい四足獣しか見てない。言葉が通じるということは、もしかしたらこの大きすぎる防空壕で迷ってしまった学園生かもしれない。

 そう思えば躊躇いはぐっと減った。さらに近づくと、その布がこちらを向いた。

 目が合った。

 女の子だ。

 臙脂色の裾がぞろりと長いワンピースと菖蒲色の長い髪をまるごと覆うように薄汚れた布を羽織っている。顔は小さく丸く、見開かれた瞳は大きく輝いていた。十歳前後に見える。

 かわいい。

 いつもの私ならダッシュで駆け寄って抱きしめているところだけど、彼女の表情に浮かんだ驚愕と畏怖が、何よりこの防空壕の中という状況がそれを押し留めていた。

「……た」

「た?」

「助けて! あたし悪いことしてない! お願い!」

 少女は顔を強張らせ、これ以上下がれないくらいに壁面に張り付いて言った。

「だ、大丈夫。何もしないよ? 安心して?」

 私は少しでも彼女の不安を減らそうと、優しい笑みを浮かべて手を伸ばしながらゆっくりと近寄った。

「止まれ」

 否。止められた。

 目の前の少女が、ヒッと息を呑んだ。

 私が恐る恐る振り返ってみると、いつの間にか戻ってきていた玲二が長剣を構えた状態で立っていた。

「なっ! 何やってるんですか? それ下ろしてくださいよ、怖がってるでしょう!」

 食って掛かった私を、玲二は一瞥もせずに無視した。

「やめてくださいってば!」

 両手を広げて立ちふさがった私を、ようやく玲二は見た。まるで羽虫を見るような目で。

 背筋が震える。

 それでも私は玲二を睨み返し、一歩も引かない意思を見せた。

「お前が庇っているそれは先ほどの魔獣と同類だぞ。人を襲い害を成す存在だ」

「あ、あたしそんなことしてない!」

 少女が震えた声で言うと、玲二が鼻であしらう。

「害されてからでは遅い」

 私は愕然として玲二を見た。次いで背後の少女を見て、再び玲二に視線を戻す。

「それ、本気で言ってるんですか? こんな小さい子にそんなことできるわけないじゃないですか! それにこの子は人間でしょう!?」

「魔物だ。下手に自我がある分、魔獣よりよほど危険だ。どけ」

「どきません!」

 冷気そのもののような視線を浴びるが、へこたれない。

「地下の全ての魔物を斃すのが俺の仕事だ。サポート役が、邪魔をするな」

「お、おかしいです、そんなこと! この子が魔物だっていう証拠はあるんですか!」

 ビビビビビ。

 数秒間、睨みあいが続いた結果、勝ったのは私だった。

「――――もういい」

 玲二は嘆息して頭を振った。

「もう面倒だ。勝手にしろ。ただし何があっても俺はしらん」

 剣を納め、踵を返して通路に消えた玲二を見送って、私は安堵しながら振り返った。

 少女は隅に小さくなってこちらを伺っていた。目が合うとびくりと身を竦ませる。

「こっ、来ないで! そんなこと言って、昨日みたいにあたしを騙すんでしょ! あたしは騙されないんだから、あっちに行って!」

 昨日みたいに、とか、騙す、とか。不穏なセリフが飛び出して困惑してしまい、躊躇する。

 直後。

 ぐぅ、と気の抜ける音がした。呆然とする私の前で、少女はサッとお腹辺りに視線を走らせると顔を赤らめた。

 お腹が鳴った音だった。

 思わず破顔してポケットから飴を三つほど取り出した。

「大丈夫だよ。玲二は冷血漢だから、私が守ってあげる。ほら」

 私が飴を差し出すと、少女は上目遣いに私と飴玉に視線を巡らせた。

「遠慮しなくていいよ」

 それでもまだ思案を続けた少女は、しかし再度お腹がくぅと鳴るに至って、ようやくおずおずと近づいてきた。

 手のひらに転がった飴玉から苺味のものを手に取り、しげしげと眺める。

 それが何であるか分かっていないような顔をしている。

「こうやって開けるんだよ」

 暖かい気持ちが体にとろりと流れ込み、私は思わず笑顔になった。

 お手本にカシス味の飴を包装から取り出して口に入れる。

 少女はそれを見て、同じように飴を食べた。

 モゴモゴ。

 ゴクン。

「え?!」

「なくなった」

「そりゃそうだよ! これは食べるものじゃなくて舐めるものなんだよ」

 というか、良く飲み込めたね……。

 それを聞いてしょんぼりしてしまった少女に、残った飴を渡す。

「これもあげるよ。飲んじゃダメだよ?」

「あ。あり、ありがと……」

 少女は恥ずかしそうに言って、飴を口に運んだ。

 モゴモゴ。

「食べちゃダメだよ」

 ……モゴモゴ。

 飲み込まずに口の中で転がしているのを数秒見て、私は笑った。

「ね、あなたなんて言うの?」

「……もほぽ」

「あぁ、口に飴が入ってるからね……まぁあとでにしようか」

 私は強引に手をとって歩き出した。少し驚いた様子を見せた少女は、しかし大人しくされるがままについてくる。

 嗚呼、可愛いなぁ。“イエス”も“ノー”も言える素直な子は大好きだ。

 手を繋いだままで奥に進むと、三箇所左へ曲がる通路が並んでいる。どれも同じ場所に繋がっているので最初の通路を入ると少し広いホールに出た。すり鉢状に広がったホールは数本の柱に支えられていて、玲二はその真ん中で四足獣を切り伏せたところだった。

 その姿を捉えた少女は、サッと私の背後に隠れた。その頭をそっと撫でる。

「奥はもういない。次行くぞ」

「あの」

 そっけなく言い捨てて引き返そうとする玲二を、私は呼び止める。

 彼は不機嫌そうに立ち止まった。

「昨日、この子と会ったんですか?」

「……そうだな」

「騙したって本当ですか?」

「……だからどうした」

「……謝ってください」

 途端、憑き物が落ちたような無表情になった玲二が冷ややかな視線を向けた。そこに映る感情が読み取れず、私は思わず後ずさりした。

「…………お前は、何もわかってない」

 抑圧された声音が私の心根を突き刺しながら通り過ぎていく。立ち尽くした私の隣をすり抜けて、玲二は遠ざかっていった。

 凍りついた私を、少女が袖口を引っ張って覚醒させた。「大丈夫。ごめんね」とぎこちなく笑って、宝玉を拾いに向かう。

 わかってないって、何だろう。確かに私は何もわかってない。知ろうともしてない。けれどそれでいいと思ってた。

 玲二の後ろからついていって宝玉を拾うだけの仕事だと。

 私はバカだ。




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