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#0005 [拝啓]

 ラブレターを書いた。

 切々と思いを込め、余りに長くなったので二枚綴りになってしまった。

 可愛らしい便箋だ。百円均一のレターセットだけど。

 学年と組と名前をきちんと書き、お昼休みに屋上に一人で来てくださいと書き添えた。

 ハート柄のシールで封をして、それを翌日、相手のロッカーに貼り付けておいた。

 相手はもちろん、少女先輩である。

 自慢じゃないが、人生初のラブレターである。

 思わず気合が入った。

 気合を入れすぎて、何度も書いては消しては繰り返し、すでに美帆が寝入るくらいに遅くまでかかって、ようやく書き上げた渾身の一品なのだ。

 しかも相手が女性だなんて、禁断の愛を想像してしまう。

 どのような反応が返ってくるか楽しみで、私は鼻歌混じりに授業を受けた。

 その日の午前中は美帆だけならず、先生からも心配されたことは蛇足だ。


 そしてお昼休み。空に雲はなく、陽射しが少し暑いくらいの陽気だった。

 私は屋上に置かれたテーブルの一つに腰をかけ、携帯を弄っていた。

 屋上と言っても一面コンクリートなどではなく、人口芝の敷かれたテラスになっている。

 三階渡り廊下の上に設けられたこのスペースには、同階の階段を登れば誰でも来ることが可能だが、入り口は三つしかない。

 大抵の生徒は第二棟の階段からテラスにきて、一棟二棟間の第一テラスか、二棟実習棟間の第二テラスのうち、ジグザグに配置されたテーブルの空いているほうへ移動することが多い。

 第一棟は売店が近いので、そこからテラスに来る生徒もいるが、元より使用頻度のそこまで高くない実習棟側のテーブルには人気があまりない。

 なので私が陣取っているのはもちろん実習棟側端っこのテーブルだった。

 少し離れた位置で和やかに昼食を取る生徒たちの中、私は目の前に誰かが立った気配に顔を上げた。

「あ、少女先輩、いらっしゃい」

「三上桜ですわ!」

 少女先輩改め、桜先輩でした。

「これは一体何のつもりですか! まるで脅は――」

 テーブルに突きつけられたそれは、間違いなく私のラブレターだ。

 物騒なセリフを、私は手のひらを差し出して押し留める。

「まぁまぁ、少女先輩。落ち着いて席に着きましょうよ」

 少女先輩がしぶしぶといった様子で対面に座る。

 そういえば少女先輩はご飯食べたのかな。手ぶらだけど。

「私のラブレター読んでくださったんですね?」

「こ、これの何処がラブレターなんですの?! 脅迫文にしか見えませんわ!!」

 あれ、少女先輩ってこんなキャラだったっけ? まぁいいや。

「それは置いておいてですね」

「お、置いて……そ、そうですわね」

「まずはお茶でも」

 私は校内の売店前で購入しておいた三種類の紙パック紅茶をテーブルに並べた。

 少女先輩は少し迷った後、苺果汁が入ったものを手に取った。

 プツ。チュー。

 コクン。

「あぁ、当たりを引いてしまったか……」

 私がボソっと言うと、途端に少女先輩が咽こんだ。一瞬、周囲の視線がこちらに集まった。

「やだ、先輩大丈夫ですか?」

 優しい私が差し出したハンカチを無視して、少女先輩は自分のハンカチを口元に当てた。

 若干、涙目になりながらこちらを睨みつけてくるが、少女先輩は外見が幼く見えることもあって、子供に凄まれてる感覚だ。なんだか微笑ましく思ってしまう。

「……あなた、一体なんのつもりなの? 昨日の仕返しのつもり?」

 私はわざとらしく驚いて見せた。

「まぁ! 仕返しだなんて、とんでもない。今日は昨日のお礼にお誘いしただけです」

「嫌味? 嫌味よね?」

「いいえ。ですから、昨日のお礼に少女先輩と北条先輩の、愛のキューピットになって差し上げようかと思いまして」

 少女先輩は目を丸くした。次いで顔を赤くし、最後に眉を寄せてこちらを睨んだ。

「あなた、私をバカにしてるの?」

「とんでもないです。可哀想な頭だとは思いましたけど」

「バカにしてるじゃない!」

 勢いよく立ち上がった少女先輩の顔は真っ赤だ。余計に幼く見えるからやめてください。

「……私と北条先輩は仕事仲間なんですよ、つい数日前から。ぶっちゃけ、北条先輩には興味ないんですけど、仕事仲間だからしょうがなく着いていってるだけなんですよね。そりゃ、多少は私情込みですけど。とにかく、仕事上の付き合いにすぎないわけです」

「……それで?」

 少女先輩は椅子に座りなおし、踏ん反り返る。

「仕事上の付き合いとはいえ、ある程度一緒にいないといけない身としたら、北条先輩のあの冷ややかな目はもうヤバすぎです。ガクブルですよ! わかりますか! 一緒のクラスだったらわかりますよね!!」

 興奮気味に私が言うと、少女先輩は若干気圧されつつ頷いた。

「玲二君も前はあんな冷たくなかったのよ。一年の頃からサッカー部のエースだったんだけどね、一年の終わりくらいに突然辞めちゃって……」

 そこまでは私も学園長に聞いたので知っていたけど、黙って頷く。

「それから玲二君、夜のお店でバイトしてるとかバイト掛け持ちしてるとか噂になりはじめて、学校休んだり成績落ちたりでみんな心配してたわ。その頃から話しかけてもそっけなくされるようになったの」

 ほう。夜のバイト……掛け持ち……。

「それって……」

「……先生方にも何度も呼び出されたりしてたわ。けど、六月頃から学校休まずに来るようになって、バイトも辞めたって聞いて、みんなで話に言ったの」

 思わず突っ込みそうになるのを押し留めると、顎を引いて話を促す。

 少女先輩の嘆息。

「玲二君、ちらっと私たちのほう見て『お前らには関係ない』って……。成績も学年首位に戻ったけど、サッカー部にも戻らないし、その頃からずっとみんなに冷たいのよ」

「へぇ……」

 って、学年首位? あれ、進学校だよね、ここ……。特待生一組の首位って、ちょっと頭良すぎなんじゃ……?

「まぁ、それで。それとこれが何の関係があるの?」

「ん? あぁ、えっと。つまり、あの性格が直れば、私が仕事する上での心理的負担が減るわけですよ。やっぱり優しい先輩のほうがいいじゃないですか?」

「それはそうだけど……」

 私は熱く、こぶしを握った。

「それでですよ! 少女先輩と北条先輩がくっついちゃえば、いくら北条先輩と言えども性格が軟化すること間違いなしです! なんてったって少女先輩だし!」

「ちょっと意味がわからない」

「少女先輩は北条先輩と付き合えて、私は仕事の先輩が優しくなる! ほら、どうですか? 完璧でしょ!?」

「うーん……完璧、なのかしら? そもそもどうして私なの?」

「何言ってるんですか。私と少女先輩の仲じゃないですか!」

 少女先輩はそれに対して露骨に眉を顰めた。

「あの、そろそろその、少女先輩って言うの、いい加減にしない? そもそも私、あなたと仲良くした覚えなんてないんだけど?」

「あっ! そろそろ予鈴鳴りますよ、少女先輩! これ、私のメルアドです。登録しといてくださいね」

 用意しておいたメールアドレスを書いた紙をテーブルに載せ、私は立ち上がった

「ちょっと、あなた聞いてるの!? 待ちなさい!!」

 少女先輩も立ち上がる。

 私は屋上を移動しながら、顔だけ少女先輩に向けて言った。

「昨日あんなに心と心で語り合った仲じゃないですか。私のラブレター、読んでくれたんでしょ? 私も先輩のこと嫌いっていうわけじゃないですし、これからも仲良くしましょうね?」

 少女先輩は一人、心細そうに顔を強張らせて立ち尽くしていた。


    ◇    ◇


 話は簡単だ。

 まず学園長とコンタクトを取り、仕事内容について口外しないことを条件に、学園長から仕事を依頼されたことを話してもいいことを確認する。

 許可がもらえればあとはラブレターを書くだけ。

 典型的なイジメを受けたこと。その原因が学園長から依頼された仕事遂行上、不可欠な部分にあること。警告されたことを実行しようとすれば、仕事を辞退することになった原因を学園長に話さなければならなくなること。

 そして、これらのことについて相談があるので、昼休みに屋上まで来てほしいこと。

 ラブレターの中身はこんな感じに仕上がっていた。

 正直、少女先輩と玲二が上手くいこうがいかまいがどちらでもいい。重要なのは、過激派の筆頭になっていそうな少女先輩をこちら側に引き込み、カップル成立が上手くいけば万々歳。上手くいかなくても矢面に少女先輩が立つことで、私への被害は減る。

 内部事情を多少なりとも知った少女先輩がある程度は私を守ってくれるだろうし。

 少なくとも水をかぶっただけの見返りは得られたと思う。風邪もひかなかったしね。


 ――という内容を美帆に報告したらドン引きされた。

「加奈って、見かけによらずえげつないわね……」

「しっつれいな!」

 私にとってこれほどおいしい仕事を手放すなんて考えられないわけで。

 バカにされたまま引き下がるのも癪なわけで。

 負けず嫌いだから仕方ない。

 これは仕方ない。

「まぁ、イジメられてメソメソ泣いてるのも加奈らしくないけどさ。一生懸命なんかやってるから気になってたけど、想像を突き抜けてたわ」

「でも話がすんなり通ってよかったよ。うちの親みたいなんだったら、さすがの私もどうしようもないから……」

「あぁ……」

 頑固者の父親に分からず屋の母親。家族ですら辟易としてるのに、似たようなのが増えられたら、冗談じゃなくストレスですごいことになりそうだ。

 今は寮生活で顔を合わせずに済むから、とてものびのびしていられる。

 まったく、美帆の両親と交換してほしいくらいだ。いや、それだと美帆が可哀想だから私が美帆の家へ養子縁組してもらえば文句なし。

 弟は……なんとかいい子に育ってくれればいいかな……。

「加奈がそこまで言う親なら一度会って見たいけどね」

「あー、だめだめ。あの人ら、外面だけはいいから。近所の人からは『仲のいい家族で羨ましいわ』とか言われちゃってるし」

「しかしその実態は……ってやつか」

 大いに頷いた私は、ふと思いついた。

「あっ! そういえば、玲二が歳を取って頑固になったら、うちの親そっくりに――」

「――俺がなんだって?」

 私たちは揃って足を止めた。


 放課後になって、二人で雑談しながら実習棟へ向かっていたのだが、いつの間にか到着していたようだった。

 さすがにあの地下での恐怖体験に比べれば大したことはないが、集団に囲まれるのが怖いことには変わりない。それを言わずともわかってくれて、ついてきてくれた美帆には感謝してる。

 ――だけど。

「……じ、じゃ私、ここらへんで……」

 引きつった笑みを浮かべ、踵を返して逃げていった。薄情者め! しかし玲二は美帆には目もくれず、私に冷たい視線を投げつけている。

 冷や汗が垂れる。

「あ、ははは。さ、さて、今日も張り切ってお仕事しましょうかね!」

 ギギギ、と音がなりそうなくらいぎこちなく視線を逸らし、例の黒い扉に向かった。

 もちろん、私が先に行ったところで、南京錠の鍵は玲二が持っているので開けることはできないのだが。

 玲二は私の脇を通り抜けて、さっさと鍵を外すと中に入っていく。

 真面目に玲二が何考えてるのかわからない。こ、これが学年主席と最下位編入の六組との差なのね!

「早くしろ」

「は、はいっ!」

 慌てて中に入ると、装備を手渡される。ホルスターを身につけ、拳銃を差し込む。玲二はその間に、例のボードを取り出している。

「あのぉ……それ以外で素早く降りる方法ってないんですか……?」

 玲二は顔だけをこちらに向けて、少し考えた後。

「蹴落とせば転がって――」

「さぁ! 早く行きましょう! 今日も新しい冒険が私たちを待っていますよ!!」

 玲二は反応もせず、ボードを階段にかけてパネルを弄っている。私は恐る恐る横に乗ると服の裾を握った。

「ちゃんと捕まってろ。ボードから落ちて顔が削れても知らないぞ」

 私は慌てて玲二のお腹辺りに手を回した。

 おお。意外と鍛えられてる……。

 なんて思ったのもつかの間。

 音を立てて平らになった階段上を、ボードが滑り降り始める。

 すごい勢いで視界が流れ始め、耳元で風の唸る音がする。

 私は玲二の背中に顔を押し当て、お腹に力を入れて必死に悲鳴を押し殺し続けた。



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