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#0003 [遊弋]

「こちらK。配置についた。応答願う」

「……こちら美帆――」

「自分の名前はコードネームで言うように」

「はぁ……こちらM、配置についたよ」

「了解した。では、これから作戦を始める!」

「――――ねぇ、これやめない? 超ハズいんだけど」


 翌日。

 廊下の柱の影に隠れた私と美帆がそこにいた。

 携帯電話をトランシーバー宜しく、それっぽい行動を取っている私たちを、二年生がまるで珍獣を見るような目で見つつ通り過ぎていく。

「美帆隊員。この程度で恥ずかしがっていては、任務は遂行できないのだよ」

 美帆が大げさに嘆息してみせる。

「私は別にどーでもいんだけどなぁ」

 それを努めて無視し、こそこそと歩を進める。

 階段を登ってすぐの教室が一組のものである。次に移動教室などがなければ、ターゲットはここにいるはず……。

 そっと教室の中を伺ってみるが、ターゲットの姿がなかなか見つからない。

 そんな私に奇異の視線は集まる一方だった。

 怪しい一年生二人組。

 美帆は恥ずかしそうに俯いていたが、私を見捨てて逃げ出したりはしなかった。付き合うと約束した以上、最後までキチンと付き合ってくれるのが美帆の性格なのである。

 そんな私たちの様子に気づいた一組の女子生徒がこちらに近寄ってくる。愛らしいという言葉がよく似合う少女だ。先輩だけど。

「あら、あなたたち見ない顔ね? 誰かに用事?」

「あ、はい。あの、れ……北条先輩って、今いますか?」

 危ない危ない。憎しみの余り、玲二と呼び捨てにしてしまうところだった。

 しかし、目の前の耳聡い少女先輩は、それをオカシな方向に勘違いしたらしい。途端に目付きが剣呑になり、声にトゲトゲしいものが混ざる。

「ふぅん。玲二君ね」

 言って、教室の中に視線を巡らして、そのまま私のところに帰ってくる。

「残念だけど、玲二君、いないみたい。残念ね」

 少女先輩は何故か嫌味たっぷりに一語一句切りながら、玲二君を強調してくる。

 意味がよくわからない。

 特にその辺りに関心のない私は首を傾げながらもお礼を言った。

「あ、そうですか。ならしょうがないか。わざわざありがとうございます、失礼しますね」

 さっと立ち上がって「美帆、行こっか」と言うと、美帆がムンクの叫びみたいな顔になった。

 せっかく綺麗な顔立ちをしているのに、美帆にそんな顔は似合わないと思った。

 意味不明である。

「そ、そうね。ホントにすみませんでした。失礼します」

 美帆はやたら低姿勢にペコペコ頭を下げ、私の腕を掴むと強引に引っ張った。

「ちょ、美帆なに? どうしたの」

「どうしたもこうしたもない! 早く! 走って!」

 とりあえず困惑気味についていく。

 階段を駆け下り、遠ざかったところで美帆は立ち止まった。長い栗毛をぐしゃぐちゃを掻き混ぜて私を睨みつける。

「加奈、あんたバカじゃないの!? あの人の顔、見たでしょ。あれ絶対勘違いしてるよ!」

 それに眉を寄せた私に、美穂は呆れつつ鼻を鳴らす。

「しかも私の名前出すし。あー、最悪」

「ねぇ、どういうこと? まずいこと?」

 美帆が目を丸くした。

「ほんとにわからないの?」

「だからそう言ってるじゃん」

「あー、まぁ」

 二人は教室に戻る道すがらヒソヒソと囁きあう。

「あの人たぶん、北条先輩のファンだよ。性格があんなでも、顔があれだからね。結構人気あるんだよ」

「それは、えぇっと……まずい? ね……?」

「まずいね? じゃなくて、まずいのよ! まぁすぐにすぐ、何かあるとは思わないけど……うぅ」


 そもそも今回の件は、初仕事で業務停止命令を受けたのが始まりである。

 それを美帆に話して「理由を聞き出したい」と言い出したのは私だ。まぁ、本人がいたとしても、あの状況下と美帆の言うことを考えると、聞き出せたとしても困った事態に発展していた可能性もある。

「ねぇ、教室までいかなくても、放課後に実習棟辺りで待ってればそのうち来るんじゃないの? それじゃだめなの?」

 美帆が疲れた様子でそう言う。

 思わず手を打つ。その手があった。

「そっか! 別にあの中に入れなくてもその前で待ってればいいのよね! なるほどねぇ、さすがは美帆参謀さまさまだわ」

 何故か隣で美帆が頭を抱えた。

「……今日も部活だから付き合えないんだけど」

 それを聞いて、私はこれ以上ないくらいに、ニコニコとしながら言った。

「平気平気。しっかり思い知らせてやるんだから、期待して待っててよ! はぁ、放課後が楽しみだわ」

 「私は不安だわ」と美帆が呟いた。


    ◇    ◇


 空は白い絵の具を広げたようだ。

 廊下の縁に腰をかけながら空を見ていた私は、そんなことを思った。

 詩的だ。いい。

 授業を終えた校舎は薄いざわめきに包まれている。実習棟からはグラウンドが遠いため、さすがの風もここまで威勢のいい掛け声を運んでこない。

 時折、お喋りしながら行き交う生徒の活動音だけが満ちている。

 私がそうして和やかな時間に身を委ねていると、渡り廊下に件の人物を発見した。鞄などは持っていない。制服姿で手ぶらの様子。

 私は立ち上がると、廊下の真ん中で仁王立ちになった。

 気だるげに歩いてくる玲二が、こちらに気づいて足を止めた。

「何か用か?」

 先手を取ったのは向こう。負けてなるものかと、腰に両手を当ててふんぞり返った。

「昨日、私のことを邪魔だって言ったわね」

「あぁ……事実を言っただけだが? それがどうした」

「……私のこと知りもしないくせに、どうして邪魔になるってわかるのよ」

 その言葉を聞き、玲二の顔に嘲りが浮かぶのを見て、ついムッとしてしまう。

「犬畜生相手に悲鳴上げて逃げ回ってたくせに、どの口が役に立つって言うんだ?」

「そっ! それは、誰だってあんなのが突然向かってきたらパニくるわよ!」

「だから役に立たないと言ってる。間違ってるか?」

 そうだ。手助けする以上、あんな獣と相対することだってありえる。だがあれは突然の出来事で、武器も心も、準備が整っていなかったせいだ。

 今はあの時とは違う。

 危ないこともわかっているし、ただ逃げるだけじゃ終わらせない自信はある。

「あのときとは違います」

 決意を伝えるために、意思を込めて睨むように視線を投げつける。

 玲二は鼻を鳴らした。

「着いて来い」

 玲二が私の横を通り過ぎ、慌てて振り返ると、実習室と実習準備室との間に細い通路があった。明らかに先ほどまでなかったはずの通路があって、私は思わず目を瞠った。

 玲二は懐から鍵を取り出し、南京錠を取り外すと雁字搦めになったチェーンを解き、それらを廊下に投げた。

「あの……せ、先輩」

 玲二は返事もせず、扉を開くと中へ入っていった。

「ま、待ってよ! あれ放っといて平気なの? 誰かに見られたら」

「お前たちみたいに中に入ってくるって?」

 嘲るような挑発のそれに、あの日の無謀な行為が過ぎり、羞恥が走った。

 そんなこと既に終わったことなのに引っ張ってくるなんて、陰湿なやつ。

「その心配はない。まぁ……」

 玲二はそこで言葉を切り、歩を進めて小部屋に入った。

 部屋の隅に置かれた少し大きな箱を鍵で開け、中からあのときに見た長剣と拳銃を二つ取り出した。

 そのうち一つをこちらに放る。

「使え」

「え。えっ!? こ、これって、ほほほ」

「本物だ。どうやってアイツら追い払うつもりだ?」

 言われればその通りであるが、まず木刀とか、順序というものがあるのではないか。しかも、本物の拳銃を持ったことなど始めてのことだ。小さくて軽い。まるで玩具のようだが、これは本物なのだ。身震いがした。これが命を容易く奪ってしまうのだ。

「反動が少ないから使いやすいはずだ。装弾数は十二発。残りの弾数はよく覚えておけ」

 言いながら、玲二はスケボーっぽいものを引っ張り出している。足を乗せ、階段に前車輪をかけたところで振り返り、手招いて私を呼んだ。

「え……やだなぁ、そんな……まじ?」

「早く来い。置いていくぞ」

 慌てて横に乗ると、玲二は壁面についたパネルのようなものを操作し始めた。こんなの気づかなかった。

「しっかり捕まってろ。途中でボードから落ちたら死ぬぞ」

 それを聞いて私が慌てて玲二の腰にしがみつくと、階段が一斉に畳まれて斜面になった。私たちが乗ったボードが、その上を凄まじいスピードで駆け下り始める。


 ――ジェットコースターは好きです。でも、これは嫌いだ。


 ジェットコースターは安全であることがわかっているからこそ楽しめるのだと、私は悟った。

「にぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 加速感。

 疾走感。

 風がうねる音。

 急降下するときのような、背筋が粟立つような感覚。

 腰の痺れるような恐怖が前方から後方に突き抜けていく。

 私の絶叫はしばらく続いた。

 歩いて十数分ほどはかかった距離が、まさにあっという間だった。

 地下に到着してからもしばらくの間、私は放心状態で壁に寄りかかっていた。

 間違いなく口から魂がぷかぷか浮いていただろう。

 その間に玲二は着々と準備を進めている。

「ここで待ってるか?」

 準備ができたらしい玲二が聞いてくる。

 ハッとして、私は「行く!」と鼻息荒く返事した。

 その私に、彼は折りたたまれた紙面を渡してくる。

 開いて見ればそれは地図だった。

 地図の端には、左上から順に、縦に1から10、横にAからJまで振られている。

「ここがE9。今日はC7付近の巡回を行う予定だ。俺の後ろからついてきて、曲がり角でルートを指示しろ」

 なるほど、それくらいなら容易いことだ。

 玲二はあー言っていたが、矢面に立たなくてもいいのならそれなりの役には立てるだろう。

 私は自信満々に頷いて見せた。

「じゃ、最初の十字路は左ね!」

 かくして、アイツとワタシの、初めての防空壕巡回が始まったのである。


    ◇    ◇


 途中、二度に渡って、前回遭遇した四足獣が現れた。

 凶暴な面構えをしてうなり声を上げる姿は恐怖を誘ったが、今回は前面に玲二がいる。

 彼は危うげなく獣を一刀の元に切り伏せてしまい、私のあの苦労はなんだったのかとショックを受けた。

 絶命した四足獣は、しばらくすると泡立ちながら溶け消えてしまう。その光景は前回美帆と共に見ているので驚くほどのことはない。

 ただ、ハンカチで口元を覆った。

 どういうプロセスで肉体が溶けてしまうのかはわからないが、その際に揮発したかもしれない何かを吸い込んでしまったらと思うとひどく嫌な気持ちになるのだ。

 残された体が全て溶けると、獣がいた場所には玲瓏な丸い珠が転がっている。

 それはビー玉ほどの大きさをしていて、これを回収して学園長に提出することで追加の報酬が発生するのだとか。

 ……私、それ聞いてないけど。

 でも口には出さない。

 ただ後ろからついていくだけの私が、実際に働いている玲二から報酬を掠め取るのはよくないことだ。

「おい」

 考え事していた意識が、呼びかけに反応して体に戻ってくる。

「は! はい、なんですか先輩」

 玲二はそれに応えず、視線を巡らせた。

 それだけで悟る。

「あ、えっと! えーと……次、左ね」

 言ったとおり左の通路に進みながら、玲二が鼻を鳴らす。

 ムッとしそうになるが、今のは私が悪い。

 反省である。

 しかし、しばらく進むと丁字路のはずが、直線方向と右方向へ細い通路が伸びる三叉路なのを発見してしまった。

 なんと!

 地図が間違っている!

「あの、先輩? 地図が間違ってるんだけど……」

 その言葉に玲二は足を止め、こちらを一瞥した。

 冷たく、一言。

「お前の頭の中が間違ってるんだ。地図のせいにするな」

 なんですと!

 あれ、もしかしてさっきぼーっとしているうちに道を間違えてた?

「道間違えてた……? なんで言ってくれなかったんですか?」

「――ついてこい」

 玲二は呆れた声で告げ、右に続く通路に入っていく。気づいていたなら教えてくれればいいのに。なんだかムカムカしてきた。

 暗く、細い通路はすぐに終わって、丁字路に突き当たる。

「ここを左に進むとまた丁字路がある。そこも左に曲がって、三叉路を直線に進めば最初の十字路だ。わかったか?」

「うえっ。ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて地図を広げなおし、指先で通路を追いながら現在地を探る。

 なるほど、ここか。ということは――。

「知らない間に一度左に曲がってたのね……」

「三叉路の形状が違うことにまず気づけ」

 言われればその通りである。三叉路が丁字路だった時点で気づけば迷っていなかったはずである。それに玲二が地図を暗記していなかったら現在位置がわからなくなっていてもおかしくなかったのだ。

 ――――もし、玲二が知らない場所だったら……。

 携帯を取り出してみる。圏外。迷って場所がわからなくなっても、助けに来る人はいない。

 ゾッとした。

「あ、あの、さっきはごめ――」

「もういい」

 私の言葉を遮って、玲二はさっさと先に進み始めた。

 先ほどと違い、今度は虚しさが胸を突いた。


 ――任されたことも満足にこなせないのか。


 そう罵られたほうがマシだと思った。

 それすらもない。

 玲二に現在位置がわかったのは、入り口の近場なこともあるだろうが、きっと私のことを信頼していなかったからなのだ。

 いてもいなくても一緒。

 役立たず。

 頑張っていたつもりが、空回りして迷惑までかけている。

 滲みかけた涙を拭うと、先へと進む玲二の後姿を追いかける。

 まだ終わってない。せめて最後までしっかりやりたい。

 三叉路を直進し、十字路を右に折れる。視界に、あの扉が飛び込んできた。

 帰ってきた。

 中に入って扉を閉めると、玲二がこちらに向き直って口を開いた。

 だが、私は「やはり邪魔だった」と言わせる前に先手を切った。

「あの! この地図、借りてていいですか! 明日までに絶対覚えてくるので、今度は何処に行くか教えてください!」

 玲二は眉根を上げ、口を閉じた。

 数拍の静寂。

「B5だ」

 よし!

「ありがとうございます!」

 きっと今の私の評価はマイナス点だ。

 だけど、チャンスはもらえた。

 それはつまり、見放されていないということ。

 ここから挽回して、邪魔なんかじゃないって。役立たずじゃないんだって、認めさせてやるのだ。

 それが叶ったなら、きっと……。

 満面の笑みを浮かべた私を、玲二が透明な感情を浮かべて見ていた。



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