冷凍少女~解凍中~
0 死なない少女は幽霊だから
あるところに走ることだけが得意で肝の据わった女の子がいた。ある日、彼女は家の近くの街灯の下で綺麗な水玉模様の傘をさして群青色の着物を着た少女を見つける。空には大きくて丸い月と少しばかりの星空が散りばめられていた。
女の子は空から少女に視線を移し
「アイス食べる?」
と言って、少女の方へ歩み寄る。右側からトラックが向かってきているのを知らずに車道を超えようとする。
女の子と少女は同時に気付く。女の子は声すら出せずその場に膝をついてしまった。
トラックに轢かれるのは、死ぬのは必然だった――が、街灯の下から勢いよく飛び出して代わりに少女が轢かれた。
体は見えないが、か細い少女の腕が月よりも丸くて大きく、しかし何も感じないタイヤの下敷きとなっているのだけ見える。否、女の子にとってそのタイヤはどんな不安よりもつらかった。なぜなら、このタイヤの下には少女の体があるかもしれないから。
女の子はほんの少し前まで少なからず劇的な出会いをしたのだと思っていた。事実、今となってはあまりに劇的すぎる出会いであり、そして別れであった。
タイヤの下から少女の体をたった今まで流れていたはずの赤い血が、まるでコップからあふれ出る水のように零れている。
女の子の時が止まった。少女の命が止まったから。
「私はここにいるから、安心して」
しかし、しかしだ。街灯の下から声が聞こえた。女の子は叶うはずのない願いをその瞳に託し、視線を亡骸からそちらに移す。
水玉模様の傘を差した少女はそこにいた。
「私、死んでいるの。死んだんじゃなくて、ね。だから安心して。それよりアイス。久しぶりに食べたいな」
少女は長い睫毛に縁どられた目を開けたままそう言う。
「幽霊は何か食べるのかって? 食べようと思えば食べれるから、さっさと取ってきて。そうしたら、立ち去るから」
少女は首を傾けて微かに笑った。
女の子はつま先を女の子の方に向け、右と左を確認し目の前の少女に向かって駆け出す。
「こっちへ、来て。よかったら一緒に夕ご飯食べようよ」
満面の笑みを浮かべ少女の白い手を温かな両手で包む。
「助けてくれたお礼をしたいし、私はあなたとお話しをたくさんできそうな気がしたの。せっかく、あなたが助けてくれたのだからあなたのために時間を使いたいわ」
少女は女の子に両手を引っ張られ体が少しばかり揺らぐが右足を踏み出し、体勢を取り戻す。
「私が怖かったり、嫌いだったりしないの?」
「嫌い? どうしてはじめ手あったのにそう思うのかわからないよ」
「ずっと前に私は皆から嫌われていて……なんだっけ」
少女はおどけて舌を少しだして言う。
女の子は眉根を顰めながらも家の方へ少女を連れて向かう。
少女は女の子に聞こえないように消え入りそうな声で独り言を言う。
「私はどうしてあの子を助けたのかわかってるの? あなたが死んだら私に殺された人の数が増えてしまうからという、身勝手で恐ろしい考えからなのよ」
少女は哀しみとも喜びとも判断のつかぬ表情で女の子に手を引かれている。