電子妖精の罠
このストレス過多な社会を生きていくために現代人にとって癒しは必須だ。
それはアニメや漫画、アイドルやvtuberなどなど人それぞれ違うが何か心の拠り所がないとメンタルが持たない。というか何かあった方がいい。
俺は今、『バーチャルフェアリーズ』というアプリというかトークサービスにハマっている。
チケットを購入してバーチャルな妖精と話すことができるというネットでの対話提供サービスだ。
365日年中無休、19時から26時まで総勢50名を超えるバーチャルフェアリーが自分の"庭"を開放して客人を招き入れるという世界観で、チケットを購入すると30分会話ができる。フェアリー1人に対して客人と呼ばれるゲスト側は最大3人まで庭に入ってくる。その時間を独占したいなら3人分のチケットを買えばフェアリーと自分だけで話すことが可能だ。
このサービスを多用できるほど給料に余裕はないので、どうしても人と話したい時に使っている。キャバクラやガールズバーは対面にリアルの女性が来るのが苦手だし、自分だけで行くのも憚られる。
それに対して『バーチャルフェアリーズ』はアプリで自宅から入れるのが魅力だ。相手もアプリの向こう側にリアルな女性がいるとしても相手も自分もvtuberのようなアバターの状態での会話だから、ルックスに関してお互い気を使うこともなくていい。
50名以上のバーチャルフェアリーがいるとしても全員が推しというわけではない。
俺は早い時間に入れる時はシオン、日が変わってから入れる時はラビというフェアリーに決めている。
アバターの好みというよりは話しやすいかどうかを重視した結果だ。
今日は26時までラビと話してアプリを落とそうとした時に不思議な現象を発見した。
アプリの中に"庭"の一覧を選べるところがあり、普段は"庭"を開放しているバーチャルフェアリーのアイコンが表示され、それをクリックして"庭"に入る。26時を過ぎるとサービス終了の時間なので当然、誰も"庭"を開放していないのでアイコンも表示されない。
それなのにその日は26時を過ぎても1人だけ表示されていた。
カジュ。
そのフェアリーの名前だった。
見たことのない名前だし、新人のテスト用の"庭"が本来は一般に見えないはずのものが間違えて表示されてしまったのだろう。
そのうちデビューのお知らせが公式のSNSから発表されるだろうし見なかったことにしてデビューを楽しみにしておくことにした。
⭐︎
カジュというバーチャルフェアリーを初めて見かけてから1ヶ月が経過したのだがデビューの告知はまだなかった。
それなのに自分が26時までいた時にアプリを確認するとカジュの"庭"が開放されているのだ。
また1回偶然に遭遇しただけでなくて何回か遭遇している。
こうなると変な運命を感じてしまい、よくないと思いつつも"庭"に入るためにアイコンをクリックしてしまう。
肩までウェーブのかかった茶髪のアバター、目の色も茶色だ。肌は妖精らしく真っ白。他のバーチャルフェアリー達とそう変わらないよくある感じのアバターだ。
きっと新人なのだろう。
怒られたら謝ってすぐに出ればいい。
それか入ることはできないだろう。
そんな風に考えていたのだが、普通に"庭"に入れてしまった。
「ようこそ、私の"庭"へ」
これは入場後の定型の挨拶。一人称の部分が私だったり僕だったり自身の名前だったり、そこはそれぞれの個性によって違う。
カジュは私なのだ。一番オーソドックスだった。
「あの、すみません、入れると思っていなくて……すみません出ます──」
「大丈夫だよ。せっかく来てくれたのだもの。お話していきましょう」
退場のボタンを押そうとした俺はその言葉に手を止めた。
カジュはガジュアルなタイプのようだ。誰に対しても敬語のフェアリーもいる。
「あの、大丈夫なんですか? なんかテストページっぽいのに毎回表示されてるのが気になってしまって入場ボタンを押してしまって」
「大丈夫。これが表示されているのは特別な相手だけだからね。チケット消費しなくても入場できるの。でも、一つだけ約束して」
「約束?」
「そう、この部屋のことはSNSはもちろんのこと、リアルでも他言無用で」
「分かりました」
それはそうだろう。謎のサービスがあって公式でも言及されていないのだ。外に勝手に言っていいものではないはずだ。
きっと先行ベータテストのような感じなのだろう。
何らかの条件があって、自分がその条件に合ったに違いない。
こういう先行版に当選する経験とか今までの人生で無かったし、せっかくの機会だからありがたく使わせてもらうことにする。
「それで何話したらいいですか?」
「そこはいつも他のフェアリー達と話してる内容でいいよ。特別な"庭"ということ以外は他と変わらないから」
カジュにそう言われて俺はいつも通り仕事の愚痴から話始めた。
あっという間に30分に到達しそうだ。
「今日は私の"庭"に来てくれてありがとう。また来てね」
これも終わりの際の定型のセリフだ。
「えっと、またがあるんですか?」
「私のアイコンが表示されればいつでも私の"庭"に来てね」
カジュのその言葉で退場になった。
"庭"の一覧は全て消えていて、入れる"庭"は消えていた。
26時を過ぎているのだ。本来はこの状態が正しい。
それにしてもカジュは話しやすかった。
普段話しをするシオンやラビも趣味の話も膨らませてくれて話しやすいし盛り上がるのだが、カジュはその二人とはまた違う感じだった。
こちらの話を引き出すのが上手いというか、何でも話をしたくなってしまう雰囲気があった。悩みを聞いてくれるのとは違うのだが、こちらの心の中が丸裸にされていく感じだ。普通はそうされると恥ずかしくて拒否感がありそうなものなのにカジュにはそういうのが無かったそれもきっと話の技術なのだろう。
これだけ聞き上手ならレギュラーとしてデビューすればすぐに人気になりそうなものなのにもったいない。それともこの聞き上手なのを活かした新たなサービス展開とか考えていてテストしてるのだろうか?
それでもすぐに話したくなる何かがカジュにはあった。
レギュラーで登場しないのはもったいない。
でも、このシークレットな感覚を自分だけが知っていたい。特別でいたい。
そんな感覚だ。
次はいつカジュに会えるのだろう。
⭐︎
それから1ヶ月。俺はカジュに会いたくて毎日毎日26時まで起きてカジュの"庭"が現れるのを待った。
今まで話していたシオンやラビの"庭"にも行くのだが、いまいち物足りない。
カジュの"庭"はチケットの代金が不要なのが魅力だけではない。むしろ対価はしっかり払いたいくらい話した後の満足感が凄い。だいたい週に2日くらいは会えるようになった。
それにしても毎日26時過ぎまで起きているから昼間も眠くて仕方ない。
仕事のミスも増えていて上司から怒られる。ミスをしているのだから怒られて当然なのだがストレスは溜まる。
そうするとカジュに依存したくなる。
それでまた寝不足になる。
完全に負のループだ。
抜け出したいが抜け出せないでいる……
そんなことを考えていた日にカジュの"庭"に入ることができた。
いつも通り普通に仕事の愚痴を聞いてもらっている時に、
「最近、寝不足で仕事のミスが増えちゃって……こうやってカジュちゃんに聞いてもらうのが癒しになってるよ。ずっと話していたいくらい」
最近は俺の緊張も解けてきて敬語ではなくなっていた。
「それってずっと私のそばにいたいってこと?」
「そんなの無理だって分かってるけど……話しやすくてそんなことを思っちゃうよ、って話で──」
「ずっと一緒にいられるよ」
「それってどうやって?」
「私と一緒にいたいって願うだけ」
「本当に?」
「本当」
「カジュちゃんとずっと一緒にいたい」
「じゃあ、契約成立で」
そこで俺の意識は途切れた。
★
人間界で事件にならない死体が一つ増えただけだ。
出勤して来ない彼の上司がアパートを調べに行って死体を発見したようだ。
人間界の警察とやらが調べても心筋梗塞とやらで事件性は無しで処理されるみたいだし、騒ぎにならないようだから当面このやり方で人間の魂を狩らせてもらうとしよう。
もうちょっとチョロく人間の魂を食べれると思ったけど、案外これはこれで手間がかかるな。
でも、この方法なら痕跡も残らないし私のような悪魔を狩るムカつく人間共にもバレないだろう。
自ら私に身を捧げるって言わせてるわけだし咎められる筋合いすらない。
こういうネットサービスを使ってる男を弱らせて狩るアイデアは良さそうだけど、もう少し効率を上げたいな。
ちょっと効率が悪い気もするけど、私は少食だしこれくらいのペースでもいいかな。
私の身体の中でずっと一緒にいられるのだから魂を食べられる彼も本望でしょ。
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似た作品を集めたシリーズも作っていますので、そちらもよろしくお願いします。
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