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「星読みの巫女は不吉だと追放されたので、虹色の羽衣を着て気ままな天気予報士になります~ハズレ巫女ですが何か?~」

作者: uta
掲載日:2026/07/29

「星読みの巫女ミラ――お前の予言は不吉ばかりだ。神殿から追放する!」


大神官オズヴァルドの声が、大理石の神殿にびりびりと響いた。


金糸の祭服をこれ見よがしに纏った初老の男が、壇上から私を見下ろしている。慈悲深い聖職者の仮面の下で、その目は「厄介払いできる」という安堵にゆるんでいた。


ああ、なるほど。


私――ミラ・ステラートは、内心で静かに息をついた。


(不吉って言われてもねぇ。当たってるだけなんだけど……)


「あなたの星読みのせいで、作物が枯れたのよ……!」


涙ながらに声を張り上げたのは、同僚巫女のセラフィナ。亜麻色の巻き毛を揺らし、大きな翠の瞳から涙をこぼしながら、まるで悲劇の主人公のように私を糾弾する。


お姉さま、お姉さま、と私を慕っていた義妹分。その正体が、この星読みの座を狙う野心家だと、私はとっくに気づいていた。


周囲の巫女たちがざわめき、私を白い目で見る。


でも、ね。


私の前世は、現代日本の気象予報士だった。ついでに大の天文オタク。


この世界で『星読みギフト』と呼ばれる私の力は、要するに超高精度の気象・災害予測能力だ。私が『不吉』と告げた予言――大雨、干ばつ、魔物の氾濫。あれは全部、的中していた。


神殿はその警告を握り潰し、「外れた」ことにして、責任を私に押し付けていただけ。


知ってる。全部、知ってる。


「――はいはい。追放ですね。承知しました」


私は淡々と頭を下げた。


静寂。


喚くと思ったのだろう。すがると思ったのだろう。大神官もセラフィナも、面食らった顔で固まっている。


「え……? お、お姉さま、抵抗なさらないの……?」


セラフィナが呆然とつぶやく。


(喚いても意味ないもの。前世で嫌というほど学んだわ、理不尽に叫んでも状況は変わらないって)


「では、荷物をまとめて出ていきます。あ、ひとつだけ持ち出したいものがあるんですけど」


「な、何をだ」


「宝物庫の羽衣です。あれ、代々の星読みの巫女のもの。つまり――私のものですよね?」


大神官は鼻を鳴らした。


「……ふん。そんなボロ切れでよければ、持っていくがいい」


「ええ、遠慮なく。慈悲深いこと」


私はにっこり微笑んで、宝物庫へ向かった。


───


宝物庫の奥、埃をかぶった台座に、それは飾られていた。


『虹霓の羽衣』。


代々の星読みの巫女に受け継がれながら、誰一人使いこなせず、ただの飾りと化していた一枚布。


(埃をかぶった台座の、この一枚布……代々誰も使いこなせなかった飾り物ね)


「どうした。さっさと持って出ていけ」


後ろからついてきたオズヴァルドが、苛立たしげに言う。


「はい。それじゃ、失礼して――」


私は羽衣にそっと手を伸ばした。


その瞬間。


ふわり、と。


色のない布が、七色に輝きはじめた。


「なっ……!? ひ、光ってるわ……!」


扉の陰から覗いていたセラフィナが悲鳴をあげる。


赤、橙、黄、緑、青、藍、紫――虹の帯が羽衣の縁を流れ、光の粒が空気を舐めるように舞う。


(ふふ。やっぱりね)


これは大気の光屈折を操り、可視化する魔道具。前世の言葉で言うなら、虹、ハロ、彩雲――光の現象そのものを、目に見える形で描き出す。


つまり私はこの羽衣で、気圧も、湿度も、魔素の流れも、空に絵として読み解ける。


災害予測の、最強の相棒だ。


「ば、馬鹿な……その羽衣は、ただの飾りのはず……!」


「ま、まぐれだ! そんなもの、ただの光の反射に決まっている!」


オズヴァルドが上ずった声で叫ぶ。


私は肩をすくめて、羽衣を羽織った。


「そうですね。ただの光の反射です。――それじゃ、お世話になりました」


「お、お待ちになって、お姉さま……!」


「もうお姉さまじゃないでしょう。さようなら、セラフィナ」


くるり、と背を向ける。


白い神殿の廊下を、七色の光の残滓を引きながら歩く私を、誰も引き止められなかった。


(さて、と。第二の人生、始めますか)


扉の外は、抜けるような青空。


空を見上げて、私は久しぶりに――ほんの少しだけ、笑った。


「明日は、いい天気になりそう」


───


王都を出た私が真っ先に向かったのは、冒険者ギルドだった。


食べていかなきゃいけないもの。前世でも今世でも、霞を食べて生きられるほど巫女は万能じゃない。


「ステータス鑑定を、お願いします」


受付でそう告げると、職員が水晶に手をかざし――そして固まった。


「せ、星読み……伝説級……!? こ、こんな鑑定結果、見たことが……!」


職員が腰を浮かせ、周囲の冒険者たちがどよめく。


でも、私の関心はそこにない。


「あの、それより。この辺で天気予報が必要な村、ありませんか」


「て、天気……予報?」


「はい。明日の天気、当てます。日給でお願いします」


「で、伝説級のギフトで……日給……?」


ぽかん、とする職員。


(実利ですよ、実利。自由、実利、趣味優先。壮大な使命なんていらないの)


私の価値観はシンプルだ。美味しいものを食べて、星を眺めて、気ままに暮らせればそれでいい。


紹介されたのは、東の農村。干ばつが囁かれ、村人たちが不安に沈む土地だった。


「巫女さま、ほんとに雨が降らねえのか……?」


村長が不安げに尋ねる。そばには、そばかすの散った素朴な顔の少女が、じっと私を見上げていた。


私は空を見上げ、羽衣をふわりと広げた。


七色の光が空にすうっと弧を描く。大気の乾き、雲の薄さ、風の流れ――全部が、私には見える。


「三日後まで雨は降りません。その後、恵みの雨が二日続きます。だから今のうちに、北の水路から灌漑を引いてください。畑の東側を優先に」


「そ、そんな細かく……?」


「当たりますから」


そして三日後――


乾いた大地に、ぽつり、ぽつりと。


約束通りの雨が降り出した。


「降った……降ったぞ! 巫女さまの言うとおりだ!」


村中が沸き立つ中、あのそばかすの少女が、目を輝かせて駆け寄ってきた。


「巫女さま! あたし、リタっていうんだ! 巫女さまの言うとおりにしたら、うちの畑だけ無事だったんだよ!」


「それはよかった。灌漑、頑張ったのね」


「ねえ、この予報の紙、村のみんなに配ってもいい? みんなに知らせたいんだ!」


私は少し考えて、頷いた。


「ええ、どうぞ。……大切に取っておいてね」


(この紙が、いつか役に立つかもしれない)


そのときの私は、まだ半分冗談のつもりだった。


───


村々を回り、天気を売る日々。


干ばつ前に灌漑を、豪雨前に堤防補強を。私の予報は次々と的中し、『お天気屋さん』の噂は静かに広がっていった。


そんなある雨の日。


宿場町の路地裏で、私は思いがけないものを目撃した。


身長百九十を超える巨漢が、しゃがみ込んでいる。首筋には赤銅色の鱗。竜人だ。鋭い金の瞳、刀傷の残る強面――酒場なら誰もが道を空けるだろう威圧感。


その男が。


ずぶ濡れの子猫に、自分の外套をそっとかけてやっていた。


「……ほら。もう濡れんぞ」


ぶっきらぼうな声。だけどその手つきは、驚くほど優しい。


(……見ちゃった。強面の竜人が、子猫に外套かけてる)


思わず立ち止まった私に気づき、男はぎくりと肩を震わせ、慌てて立ち上がった。


「……なんだ、お前」


「いえ、別に。いい人だなって」


「……別に。暇だっただけだ」


(あからさまに顔を背けて……なんだかおかしい)


彼はガルド・ドラグヴァイン。竜人のSランク冒険者だと、あとで知った。


そして数日後、私はギルドで彼に護衛を依頼した――というより、ギルドが強面の彼を割り当てたのだが。


「で。依頼はなんだ」


必要最低限しか喋らない彼に、私は淡々と告げた。


「魔物の氾濫――スタンピードが、三日後に来ます。東の谷から。だから、その前に村人を避難させたいんです」


ガルドの金の瞳が、すっと細くなった。


「……三日後? 東の谷? 根拠は」


「魔素の流れです。羽衣で見えるので」


「……はっ。星読みってのは、天気だけじゃなく魔物の動きまで読むのか」


「半信半疑って顔ですね。まあ、当たれば分かります」


そして三日後の夜明け。


東の谷から、黒い魔物の群れが地響きとともに押し寄せた。


私の予報した、寸分違わぬ方角から。


避難を終えた村を背に、ガルドが単身、群れの先頭を薙ぎ払う。


すべてが収束したあと、彼は血に濡れた剣を鞘に納め、私のところへ歩いてきた。


そして、無言で。


深く、頭を下げた。


「……あんたの言うことは、信じる。これからは、俺が護る」


「あら。暇だからじゃなくて?」


「……うるさい」


そっぽを向いた彼の頬が、ほんのり赤い。


(甘党で、涙もろくて、照れ屋さん。……悪くない相棒ね)


───


――一方、その頃。神殿にて。


セラフィナ・ヴェルネは、爪を噛みながら水晶盤を睨みつけていた。


「なぜ……なぜ当たらないの……!」


ミラを追放し、念願だった星読みの巫女の座を手に入れた。清楚で可憐な演技で大神官を取り込み、周囲の同情を操り、すべては計画通りだったはずだ。


なのに。


彼女が告げる予言は、ことごとく外れた。


「『晴れ』と言えば嵐が来て、『豊作』と言えば作物が枯れる……的中率ゼロですって……!?」


「おかしいわ……あの女の予言は、全部インチキだったはずなのに……!」


セラフィナは知らなかった。


ミラの『不吉な予言』が、実はすべて的中していたことを。神殿がそれを握り潰し、外れたことにしていたことを。


彼女はただ、ミラを妬み、その座を奪えば同じ力が手に入ると信じていただけの――才無き野心家に過ぎなかった。


「セラフィナ様」


大神官オズヴァルドが、青ざめた顔で部屋に入ってきた。


「……厄介なことになった。古い記録によれば、まもなく『百年に一度の大災厄』が来る。魔素嵐と、大氾濫だ」


「だ、大災厄……!? そんなの、どうすれば……!」


「お前が予言するのだ。星読みの巫女として!」


「わ、わたくしにできるわけ――」


言いかけて、セラフィナは口をつぐんだ。


(……できない、なんて言えない。認めれば、この座を失う。あの女を陥れた嘘が、すべて暴かれる)


「……大丈夫、当たりますわ。わたくし、聖なる星読みの巫女ですもの」


引きつった笑みを浮かべる彼女の背に、冷たい汗が伝う。


窓の外、遠い空の彼方で。


不穏な雲が、ゆっくりと渦を巻き始めていた。


そして――その空を、遥か遠くの旅先で見上げる者がいることを、セラフィナはまだ知らない。


───


「……来るわね。それも、想像以上に大きい」


旅の途上、私は空を見上げてつぶやいた。


羽衣が映し出す魔素の流れが、これまで見たこともない濃さで渦を巻いている。魔素嵐と、大氾濫。百年に一度の大災厄。


しかも、その進路は――王都のど真ん中。


「王都、だと? あんたを追放した、あの神殿のある?」


隣のガルドが眉をひそめた。


「そう。あの神殿のある王都」


「……放っておけばいいんじゃないか。あんたを不吉呼ばわりした連中だぞ」


私を『不吉』と断罪し、追放した街。私怨で言うなら、放っておけばいい。ざまぁ、で片付く話だ。


でも。


「王都の民に、罪はないので」


私は静かに言った。


「大神官もセラフィナも許すつもりはないわ。でも、子どもも、老人も、リタみたいな人たちも……災厄に呑まれるのを見過ごすのは、違うでしょう」


ガルドは黙って私を見ている。


「前世で、警告を握り潰されても職務を全うしてきた気象予報士として。それだけは、譲れないの」


「……ああ。だが、報酬はしっかり取れよ。あんたはお天気屋さんなんだからな」


「もちろん。タダ働きはしません」


ふっ、と笑い合う。


王都に着いた私は、城門前で羽衣を大きく広げた。


ふわり――


七色の光が、天へと駆け上がる。


空一面に、巨大な虹の警告が描かれた。赤い帯が魔素嵐の中心を示し、青い筋が氾濫の進路を、緑の環が安全な避難路を、すべて可視化する。


「な、なんだあれは……! 空に……虹が……!」


王都の人々が空を見上げ、どよめく。


私は声を張り上げた。淡々と、けれど確かに届く声で。


「大災厄が来ます。半刻後、東より魔素嵐。続いて大氾濫。――でも、落ち着いて。私の描く虹に従えば、必ず助かります」


そのとき、群衆をかき分けて駆けてくる小さな影があった。


「巫女さま! 避難の先導、あたしに任せて! この道筋ね!?」


リタだ。村から駆けつけてくれたらしい。


「ええ、頼りにしてるわ、リタ」


(さあ――お仕事の時間よ)


空を見上げ、私は羽衣を翻した。


───


魔素嵐が、王都の東の空を黒く染めた。


轟音。閃光。渦巻く魔素が、大氾濫の魔物を呼び寄せる。


だが――私の虹は、寸分の狂いもなかった。


避難路は的確に人々を導き、結界の配置点には冒険者が待ち構える。ガルドが最前線で竜の咆哮を上げ、押し寄せる魔物を薙ぎ払う。


「ミラ! 東の結界、頼む!」


「はい、任せて! 三、二、一――今!」


私の合図に合わせ、羽衣が虹の帯を放つ。光の屈折が魔素の流れを乱し、結界が発動する。魔物の群れが、道筋に沿って封じ込められていく。


最小の被害で。


最大の効率で。


「……見事だ。寸分の狂いもねえ」


ガルドが息を切らせながら、感嘆の声を漏らした。


そして――嵐が去ったあと。


王都の広場に、避難した人々が続々と戻ってきた。誰一人、命を落とさずに。


そこで、真相が明るみに出た。


「これを見てくれ! 巫女さまが、村に配った予報記録だ!」


リタが、村々から集めた大量の記録を掲げた。


「干ばつ、豪雨、スタンピード――日付入りで、全部当たってる! 追放前の『不吉な予言』の写しまであるんだ!」


そのすべてが、当たっていた。


「星読みの巫女さまの予言は、全部当たってた……!」

「神殿は、それを握り潰してたのか!?」


広場がざわめき、怒りに満ちていく。


そこへ、青ざめた大神官オズヴァルドが現れた。


「ま、待て! そんな記録は捏造だ! あの女は不吉な――」


「不吉?」


私は静かに空を指した。


羽衣が描いた七色の道筋。その通りに、街は救われた。空にはまだ、消えかけの虹が残っている。


「この虹が、捏造だと?」


「そ、それは……!」


オズヴァルドが言葉を失う。


人々の視線が、握り潰された記録が、空の虹が――すべてが、彼の嘘を暴いていた。


「わ、私は……民のために……」


「民のために記録を握り潰し、責任を私に押し付けたと? ――大神官さま。あなたが失脚するのは、私の私怨じゃありません。あなた自身の行いですよ」


静かな断罪。


怒鳴りもせず、ただ事実だけを突きつける私の言葉に、オズヴァルドはがくりと膝をついた。


「あ……あ……」


───


群衆の中に、セラフィナがいた。


巫女の白い衣を纏ったまま、震えながら後ずさっている。


「ち、違う……わたくしは……」


「あら、セラフィナ」


私が名を呼ぶと、彼女はびくりと肩を跳ねさせた。


かつて「お姉さま」と私を慕う演技をし、涙ながらに「あなたのせいで作物が枯れた」と糾弾した、あの可憐な巫女。


その面影は、今や跡形もない。


「あなたが座を奪ってからの予言――的中率、ゼロだったそうね」


「そ、それは……! あの災厄のせいで、星が乱れて……!」


「星は乱れてないわ。ほら、こんなに綺麗に読めるもの」


私が羽衣を軽く揺らすと、空に小さな虹がふわりと浮かぶ。


人々がそれを見て、そしてセラフィナを見る。


「あの巫女、一度も当てたことないってよ……」

「本物を追放して、偽物が居座ってたのか」


ざわめきが、冷たい視線に変わっていく。


「ち、違うの! わたくしは悪くない! 全部、あの女が……あの女がインチキだったから――」


「インチキ、ねぇ」


私はため息をついた。


「あなたね、セラフィナ。星読みは、妬んで奪えば手に入る力じゃないの。何百回、空を見上げて学ぶか。何度、外して悔しがって、また学び直すか。――そういう積み重ねなのよ」


前世で、天気図と睨めっこした日々。外して頭を下げた朝。それでも空を見上げ続けた、あの時間。


彼女には、その一秒もなかった。


「あ……あ……」


セラフィナが崩れ落ちる。


『的中率ゼロの偽巫女』。その烙印は、もう誰にも覆せない。彼女は信用のすべてを失い、群衆の中でひとり、うずくまった。


私は、それ以上何も言わなかった。


(ざまぁ、なんて言わないわ。……事実が、勝手にそう言ってくれるもの)


背を向けて歩き出す私に、ガルドが並ぶ。


「……いいのか。もっと言ってやっても」


「いいの。私、暇じゃないので。次の天気を読まなきゃ」


ガルドが、ふっと笑った。


───


災厄が去り、真相が公になった数日後。


王家からの使者が、恭しく私の前に膝をついた。


「ミラ・ステラート殿。此度の功績、誠に比類なきもの。つきましては――貴殿を『国家気象顧問』に任じ、宮廷にお迎えしたく存じます。俸給、屋敷、地位、すべて破格の待遇をご用意いたします」


周囲がどよめいた。


追放されたハズレ巫女が、一転して国家の要職。破格どころではない、望外の栄誉だ。


「巫女さま、すごい……!」


リタが目を輝かせ、ガルドは腕を組んで黙って私を見ている。


私は、少し考えるふりをして。


それから、にっこりと微笑んだ。


「お断りします」


「……は?」


使者が固まる。ざわ、と周囲が揺れる。


「わ、私、宮仕えより――自由な予報士のほうが、性に合うので」


「し、しかし、これほどの待遇を……! 屋敷も、地位も――」


「屋敷にいたら、星がよく見えないでしょう?」


私は空を見上げた。


宮廷に縛られ、誰かの都合で予言を握り潰される日々なんて、もうごめんだ。私の力は、私のもの。自由に、実利のために、そして何より――好きな空を、好きなだけ眺めるために使う。


「私は、気ままなお天気屋さんでいます。全国どこへでも、天気を売りに行きますよ。日給で」


くすくす、と人々の間に笑いが広がった。


伝説級の巫女が、日給のお天気屋さん。呆れるほど自由で、けれど、なんだか清々しい。


「……ふん。相変わらずだな」


ガルドが呆れたように言いながら、私の隣に立つ。


「で。俺はどうすればいい」


「あら。ついてきてくれるの?」


「……別に。暇だっただけだ」


「ふふ。じゃあ、行きましょうか」


羽衣をひらり、と翻す。


七色の光が、旅立ちを祝うように空に広がった。


───


王都を出て、街道を行く。


空はどこまでも青く、頬を撫でる風は穏やかだった。


「なあ。これから、どこへ行くんだ」


隣を歩くガルドが、ぶっきらぼうに口を開いた。懐からは、いつの間にか拾った子猫が顔を覗かせている。


「決めてないわ。天気の悪そうな村を探して、予報を売りに行くの」


「……計画性がないな」


「自由って、そういうものよ」


くすり、と笑う。


そのとき、ガルドがそっと差し出したものがあった。蜂蜜のたっぷりかかった、焼き菓子。


「……食うか。腹、減ってるだろ」


「あら。甘党のガルドが、私に分けてくれるの?」


「べ、別に。多く買いすぎただけだ」


そっぽを向く彼の頬が、また少し赤い。


(ほんとに、素直じゃないんだから)


「……いただきます。うん、甘くて優しい味」


ありがたく受け取って、一口。甘くて、優しい味がした。


ふと、空を見上げる。


太陽の周りに、淡い虹色の雲が――彩雲が、ゆらゆらと輝いていた。


羽衣がなくても、これくらいは読める。前世からの、長い長い付き合いだから。


大気の状態、風の向き、湿度の流れ。空が私に語りかけてくる。


「……ふうん」


私は目を細めた。


「どうした。空なんか見上げて」


「明日は――」


彩雲を見上げたまま、私は静かに微笑んだ。


「大きな出会いが、ありそう」


「出会い? 天気の話じゃないのか」


「さあ、どうかしら。当たるかもしれないし、外れるかもしれない。……でも、楽しみでしょう?」


ガルドが、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑った。


子猫が「なーぉ」と鳴いて、風がふわりと羽衣を揺らす。


七色の光を引きながら、私たちは新しい街道を歩いていく。


次の依頼へ。次の空へ。


気ままなお天気屋さんの旅は、まだ始まったばかり。


(さて。明日の天気は――上々よ)

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