あまりにも想定外
なぁみんな。
テンプレって言葉、知ってるか?
知ってるよな? そう、有名なアレだよ。
天涯孤独な男が事故に遭って、女神に会って、中世ヨーロッパとかの時代感覚の異世界に言って、冒険者ギルドに登録して勇者みたいな活躍をして、魔王を討伐してパーティメンバーのおネエちゃんたちとハーレム展開になるアレさ。
俺も、冒頭部分だけ合致してるって分かったときは興奮したよ。
正直に言おう、脳汁がドバって出て、軽くイったね。
ただ、アレが女神といってよかったのかどうかは、今は疑問だね。
もし女神だとしたら、俺は今頃冒険者ギルドかどっかで不味いエールでも飲んでるはずだ。
「◯◯△◯□◆!! △◯! ◆□◆□◆!!」
「え? いや、ちょっと待って、落ち着けって。な?」
が、俺は『こっちの世界』に来てからというもの、木製の檻に入れられている。
洞窟の中と思しき空間で、壁には松明のようなものがかけられており、薄暗く周囲が照らされていた。
眼の前にいる男は、腰に毛皮っぽい何かを巻いて裸足に上裸、そして木の棒の先に黒曜石っぽい石器の刃物みたいなのをくくりつけている。
言葉も何言ってるのかさっぱり分からない。
何だよ、テンプレじゃ言葉の自動翻訳とかあるんじゃないのか。
それに、時代背景にしたってどう考えたって中世じゃない。石器時代辺りなんじゃないか。
眼の前でヤリを構えている男にしたって、現生人類というよりもネアンデルタール人とかその辺の大昔の人類みたいな感じだ。
「△△△◯△!! △! ◯△ッッ◆△イ!!」
「分かった、分かったから落ち着いてくれ、頼む、言葉が分からないんだよ。な? 言葉が、分からない、俺が言ってることわかるか?」
「★△!?」
不意に、槍を構えた男が怯えたような声を上げ、槍を地面においてひれ伏した。
どうやら俺の言葉が通じた——というわけではないようだ。
暗闇の向こう側から、少しばかり姿の違う男女が現れる。この原始人っぽい男は、この男女に恐れひれ伏しているようだった。
「△◯タ△、□◆バ★◆◆ル◯?」
一部は少し聞き取れる言葉が増えたけれど、まだ分からない。
視線がこちらに向けられていることからも、恐らく俺に話しかけているんだろう。
声をかけてきたのは女の方だったけれど、その発音はどう考えても俺が知るどんな言語でもない。
「私の言葉は理解できるかね?」
「えっ」
男の方が静かに口を開く。
日本語だ。
異世界ものでよくある、『日本語ではないが意味がわかる』というものではない。明らかに日本語だ。
「わ、わかります……」
「あぁ、日本人だったのね。あなたが覚えている最後の年は何年だった?」
女の言葉も突然流暢な日本語になった。
どうやら、どの言葉が通じるかを探っていた途中だった、という事情であるようだ。
「覚えてる最後の年……? あ、あの、俺が覚えているのは令和——」
「元号はちょっと分からないから、西暦で教えてくれないかしら?」
「せ、西暦は……2038年……です」
「なるほど、令和20年か。であれば、アレは体験していないな。よし、じゃあ連れて行こう」
「え? えっ? あの、す、すみません、ここってその、異世界ですよね?」
「異世界?」
壁の松明の炎が大きく揺れて、男の顔を照らし出した。
人間と同じ顔のパーツの配置で、おそらくは解剖学的にも人間と同じような感じだろう。
巨人だったり小人だったりするわけでもない。身長170センチの俺よりもやや高い程度か。
「どうやら少しお互いに認識の齟齬があるようだ。とりあえずこちらへ来たまえ」
腰に毛皮を巻いた原始人と全く違い、眼の前の男女はベージュ色の長い布を身体に巻き付けた、ローマ人の装束のような服を身につけている。
「まず希望を壊してしまうようで申し訳ないんだが、ここは異世界じゃない。君が言うところの地球だ」
「ち、きゅう……ですか……」
「そう。ただし、キミたちのいう西暦で言えば25221年になるな」
「…………は?」
「まぁ信じられないだろうが、異世界の存在を信じられるならタイムトラベルも信じられるだろう。君は、私が作った極小ワームホールに飲み込まれてこの時代に転移してきた。不運なことだな」
分からない。
男が話している言葉は分かるし意味もわかる。
でも、何を話しているのか、脳が理解を拒んでいる。
「そ、そんな、俺は、どうして? 何のために? なんで俺が?」
「君である必要は特になかった。必要なのは、君のDNAだ」
「DNAって……?」
「戸惑うのも無理はない。ところで、疑問に思わなかったかね? ネアンデルタール人が存在する、君が居た時代に存在したであろう発展した文明も無い、にも関わらず、日本語を理解する我々のような存在がいることを」
言われて改めて気がついた。
明らかに歪だ。
眼の前の男女は、流暢に完璧な日本語を話している。一方で、さっきの檻の前にいた原始人は、かろうじて言語っぽいものを話していたが、発音そのものが人類のそれとは大幅に異なっているように思える。
「君にとっては絶望的な話かもしれないが、私たちは西暦3050年に作られたアンドロイドだ」
「アンドロイド……ですか……」
「私たちが作られてから22171年で、文明が3度滅びた。いずれも最終戦争が原因で、最後の文明が戦争で滅んでから、今年で4121年経過している」
「え? あの、3度って?」
「人類が滅んで、また文明を最初から築いて、発展して、最終戦争を起こして、また絶滅寸前まで追いやられて、また文明を興して、という歴史が3度繰り返した事を、私たちは目撃している」
話についていけない。
人類が滅んだ?
3度も?
それを繰り返してる?
じゃあ、コイツらは一体何なんだ?
「私たちは、西暦3050年の人類に作られたあと、人類の行く末を見守っている。2度目の文明のときには私たちは神と呼ばれていた。保存されているDNAコードをもとにして絶滅した人類を再興させて来たが、さすがにDNAのバリエーションが枯渇してきた。そこで、私たちが生み出される前の人類の遺伝子が欲しかったのだよ」
「じゃあその……俺は今からどうすれば——」
「君は何もしなくて良い。すぐ楽になる」
「え——」
突然俺の後ろから、女がしがみついて羽交い締めにしてきた。
身動きが全くとれない。
関節の動きを巧みに封じられている上、異様に強い力で羽交い締めにされている。
「恨んでくれて構わない。これも次の人類のためだ。4回目のね」
「ま、待ってくれ! 何を? 俺に何をする気だ!?」
男が注射器のような物を取り出して、俺の腕の静脈に突き刺した。
ふわ、とシリンジの中に血が逆流したのを確認してから、透明な液体が血管に流し込まれる。
「大丈夫だ、苦しくはないはずだ。君は新たな文明の礎となれる。誇りに思うと良い」
急激に眠気が襲ってくる。
あぁダメだ、これで眠ったら俺は多分二度と目覚めない。
「さぁ、準備を始めようか、イヴ」
「もう出来てるわ。アダム。早速始めましょう」
畜生、何がアダムとイヴだ、ふざけ——
異世界召喚とか転移、というよりは、SFに近いのかもしれませんね。




