第十四話 機は熟した
このごろ、ラポール伯爵領のバーやサロンでは 『新ラポール伯爵夫人』が話題になっていた。新聞売りも駅員も、最近増えた勤め人たちも企業家も、エールやワイン片手に彼女の話ばかりを口にする。
「どうやら、新しいラポール伯爵夫人は行動的らしいな。それに、老伯爵やその息子たちと違って素直で謙虚だからって、豪商のジジイどもが孫娘を可愛がるみたいに色々教えてやってる」
「実際、商売の話が分かるからだろう? ラポール伯爵家は現当主の死後、財産の大半を市に寄付するって話だ。だったら、夫人は今のうちから食い扶持を作るために躍起になるさ」
「その割には泥臭いな、農民たちと収穫祭で踊ってたらしいぞ」
「そういえば、教会の夏至祭で屋台のボランティアもやってたな」
「しっかし、伯爵が死んだらどっかの貴族と結婚するだろうさ。遺産がろくにもらえなくたって、元ラポール伯爵夫人って肩書きは消えないんだから」
「え? 騎士団ごとか?」
「え?」
「ラポール伯爵夫人に託されたラポール騎士団を要人警護に特化した組織にするってんで、王都の元近衛騎士団の重鎮が指導に来たらしいぞ」
「……何か、とんでもないことやってないか?」
「どうなっちまうんだ」
時代の流れは早く、人々の想像できる範囲は瞬く間に追い抜かれていく。
それでも、時代の先端を目指し、先駆者として将来に備えることを責務とする人々は、間違っていようが当たっていようが未来を最大限予見し、これから歩む地図を描いていく必要がある。それらの地図をたくさん集めて、少しでも予見を精密にしていくため、大勢の人々の協力を取り付けなければならない。
ラポール伯爵夫人アルビナは、老伯爵からそんな仕事を託されたのだった。
☆
忙しなく駆け回っている間に、夏が過ぎました。今年の夏は涼しく、湖畔の風は特別心地よかったため、朝食は毎日外のテラスでラポール伯爵とともに摂っていました。
ラポール伯爵から何人も優秀な人材を紹介されて私の補佐を務める顧問団を結成したことや、私の仕事のうちラポール伯爵領内の土地に関する引き継ぎや活用に関しては専門家揃いの顧問団へ全面的に任せることが決まり、私はだいぶ肩の荷が下りました。
あとは、今後もラポール伯爵家と付き合いを続けたい人々が予想よりも多く、商工会議所やギルド、農村の協同組合、各種職業団体や婦人会とも協力を取り付けられました。
たとえ統治者が変わっても、ラポール伯爵領だったことは彼らの誇りであり、今までとは違った形で繁栄をともにしていければ、という意思形成に私が携われたことで、ラポール伯爵の後継者と看做してもらえました。
これで、伯爵家の外での諸懸案は平和的に解決した、と言っていいでしょう。
次は、伯爵家の中です。
とはいえ、ここまで私が伯爵領の人々や屋敷の使用人たち、それにラポール伯爵と信頼関係を築けた以上、伯爵の子息たちは態度を軟化させてくれました。
意外だったのは、夏のバカンスに戻ってきていた長男のベルナール氏、それに次男のラルフ氏とは、私は馬が合ったのです。
家族が集まる談話室で、私たちは喧々諤々、ラポール伯爵家の今後について話し合いを重ねました。
「うちの会社から、ラポール市には格安で茶葉を卸せと!?」
王都で貿易会社を営むラルフ氏は、カールした髭の中年男性です。何かと声が大きく、あのラドル騎士団長と幼馴染だとか。
そのラルフ氏へ、私は取引を持ちかけます。
「その代わり、ラポール伯爵家の紋章を商品に使う権利を差し上げますから。ラポール伯爵家御用達と銘打ってもかまいませんし、何なら本当に使い続けて事実にするためにも、どうか!」
これなら、お互いに利益のある話です。伯爵家を継がないラルフ氏には、本来、伯爵家の紋章を使う権利がありません。それでも会社のブランドへの使用権を手に入れられるなら、全国的に名の知られているラポール伯爵との関係を商談で全面に押し出せます。
頭の中で算盤を弾き、まんざらでもない答えが出たらしいラルフ氏は、話を進めようとします。
「むう……格安とは、いくらを想定している?」
「仕入れ値の半額以下で」
「話にならんわ!」
「お兄様、そこを何とか!」
「だ、黙れ、お前の兄ではないわ! むしろ、お前が義母だろうが!」
「そんなこと言わずに、ね?」
私は知っています。ラルフ氏は年下の女性の懇願に弱いのです。
私がラポール伯爵から教えられた弱点を突かれ、明らかに狼狽えるラルフ氏を、ベルナール氏は大笑いしてからかいました。
「諦めろ諦めろ。アルビナ義母上に甘えられて満更でもないだろう。お前は子どものころ妹が欲しいと駄々をこねていたしな」
「そういう兄上こそ、ラポール騎士団のために近衛騎士団の教導役を引き抜いてくるなど、一体どんな魔法を使ったのです!?」
「勤めてくれたら年金を増やす、と言ったら二つ返事だ。ちょうど暇だったんだろうさ」
「ぐぬぬ、何たる姑息な、不正受給だ!」
「おい、間違っても口外するんじゃないぞ」
「分かっている!」
ラルフ氏はムキになって、ベルナール氏にあしらわれていました。そのベルナール氏も、ラポール伯爵の説得もあって私の顧問団の結成に力を貸してくれたのです。
他にも種々、二人はラポール伯爵家のために——と称して、私に便宜を図ってくれました。今もっとも私の立ち位置を正確に理解しているのは、おそらくこの二人でしょう。
それに対して、私は数々の見返りを用意しました。
「しかし、『私たち二人には今後ラポール家名義で興す会社の株式を無条件で一〇%以上付与する、さらに法定上限までの加算は応相談』と言われればお前だって助かるだろう」
「調べれば分かるとはいえ、表向きは伯爵家の遺産相続があるようには見えないからな……『もしアルビナに子が生まれても、ラポール伯爵家の継承どころかラポールの姓さえ名乗れない』という一文を父上の遺書に明記するというのも、思い切ったものだ」
ベルナール氏はしみじみと、それはやり過ぎではないかと言外に示してくれましたが、そうでもありません。
もともと、私はラポール伯爵家の人間ではないのですから、継ぐ意思も権利もないのです。
私はまだ若いので将来子どもを儲けることはあるかもしれませんが、少なくともその子の父親はラポール伯爵ではないでしょう。ならば、ラポール伯爵家には無関係という立場を取るべきです。
一応、私がラポール伯爵に仕事を任されたから関係があるだけ、継承権には関わらない。それでいいのです。名目上のラポール伯爵家という共同体が続いていくかどうかは、ベルナール氏やラルフ氏に一任します。
だからこそ、二人は納得してくれたのですから。
「つまるところ、父上はアルビナにある程度権益を渡す代わりに、ラポール伯爵家を確実に残す算段をつけている、ということだ。これには協力しないわけにはいくまいよ、お互いの子孫のためにも」
「保険はあればあるほどいい。その程度の話だ」
「はっ、素直じゃないな。さしずめ、アルビナはラポール伯爵家の私設銀行家だ。今後とも頼ることになるだろう」
ええ、と私は一つ頷きます。
ラポール伯爵から任された分野の財産管理をする、それは『ラポール伯爵夫人』の責務です。その肩書きがなくなったあと、私はしばらくはラポール伯爵家の顧問団の代表としてこの家に留まることになっています。
その先は——まだ、決めていませんでした。




