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老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。  作者: ルーシャオ


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第十一話 足で稼ぐ

 ラポール伯爵から任された分野は、主に三つです。


 一つは、騎士団を含めた屋敷などの建物、人材、土地。


 二つ目は、辺境部にある開発されていない、人手に渡りにくい所有地。


 それから最後に、ラポール伯爵が代表を務める様々な組織。


 騎士団や屋敷についてはまだ問題ありません。ベルナール氏らと協議しなくてはならないこともあるため、最低限騎士団の協力を取り付けたので保留です。


 辺境部の所有地に関しては情報を集めるのに時間がかかるため、まずは現地の有力者から話を聞き取ったり、新聞社やサロンのような情報の集積地に何度も赴く必要があります。それはそれで一朝一夕でできることではありませんから、ゆっくりやっていきます。


 なので、私が真っ先に手をつけるべきは、ラポール伯爵が代表を務める組織——名誉職として領主らしく名前を並べているのみか、それとも実際関与しているものかを問わず——を片っ端から訪問することです。その組織とは、都市部のギルドから農村部の協同組合、学術や美術振興の財団、地場産業の零細企業など、リストにあるだけでその数ざっと五十を超えますが、そのすべてを私が継承できるわけではないのです。


 なぜなら、ラポール伯爵から私へ代替わりしても協力してやっていけるとは限りません。その意思確認が第一、次に協力できるようなら組織の発展や収益の増加をどう進めるかの模索となります。協力してくれない場合は提携解消となりますので、ラポール伯爵の死後はラポール伯爵家との関わりを今後一切喧伝しないよう言い含めることも大事です。


 これらは、伯爵が勧めてくれた経営学の本に書かれていた手順でもあり、フィーや彼を介しての伯爵の助言があってのことです。とにかく、やることが分かったなら行動する。田舎者であるがゆえにか、足が特別頑丈なのは私の取り柄ですからね。


 毎日毎日、私は市内に出向き、目抜き通りの大商店から下町の鍛冶屋、銀行の頭取から露天の売り子を訪ね、ああでもないこうでもないと話し合いを重ねます。


 すぐに結論を出せる組織もあれば、出せない組織もあります。私の値踏みをしている人もいれば、真っ向から拒絶する人もいるのです。


 それでも、顔の売れているフィーがいてくれたおかげで、最低限の話はできました。リストにある市内の組織すべての意思確認が無事完了するまで四日もかかってしまいましたが、次は市外、農村部まで日帰りで行き来する大仕事に入ります。


 四日も同じことをしていれば、突然現れた『ラポール伯爵夫人』が伯爵から将来代表を引き継いで何かしようとしている、くらいの話が最初から通っているほど有名となり、話が早くなって行きました。


「あんたになって、何が変わるんだ?」


 そう問われて、私はこう返します。


「変えたくなければ変えなくてもかまいません。でも、変えたいことがあるのなら、お手伝いができます。どうしたいか、何がしたくないか、それを聞きたいので、たくさんお話を聞かせてほしいのです」


 私の言葉を聞いて、最初は皆、怪訝な表情ばかりです。


 そのため、彼らから話を聞き出す私の常套手段は、手土産にと持ってきたアップルサイダーやエールで喉を潤してもらい、ときに牛乳をあおってみたり、またあるときは甘い砂糖菓子で釣ったり。


 一緒に何かを飲み食いするというのは、意外にも馬鹿にできません。それに、必要なのはきっかけです。初見の外部の人間を警戒するのは当然のことですが、そこからどう関係を築くかは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 まあ、そこまでせずとも、フィーが間に入ってくれればほとんどの場合は何とかなりました。ラポール伯爵の代理人ならば騎士を連れているはずだ、そしてラポール伯爵領でもっとも顔を知られているのはフィーでした。理由は言わずもがな、中性的で美形の騎士がいれば、都市だろうが王都だろうが田舎だろうが、どこであろうと間違いなく噂になるものです。


 その分、フィーは複雑そうでしたが、やむを得ません。マスコット役に徹してもらいます。


 私は一日、また一日と費やし、一日の大半は外出しているという有様で、しかも屋敷に帰ってきたときはほぼ必ずくたくたに疲れ、汚れまみれでした。手土産に持っていくものは市内で調達し、屋敷へ持ち帰ってくるものは埃まみれの書類くらいです。


 やがて、日が暮れるギリギリに帰宅するようになった私は、屋敷のエントランスでタオルとヘアブラシを持った年配の執事長に出迎えられることが習慣化してきました。


「ただいま」


 私の姿を見た年配の執事長は、ぎこちない笑顔をすることはなくなりました。最初は見た瞬間ギョッとして、隠しきれないうろたえぶりが露わとなっていたのですが、毎日のことなのでもう慣れてしまったようです。


「おかえりなさいませ。奥様、砂埃が髪に」

「あっ! ごめんなさい、また」

「お待ちを、靴底が外れました」


 てんやわんやの大騒ぎも、毎回のことです。


 ついに靴のヒールが取れてしまい、私は大慌てて足置き台(フットマン)に座らされました。本当は足を置いて使用人に靴を直させるための台ですが、緊急時なので仕方ありません。


 私は年配の執事長が用意していたスリッパに履き替え、髪の砂を落としてもらいながら、今日も雑談に興じます。


「しかし、これほど砂の立つ場所に出向かれていたのですか?」

「ええ、市外の牧場を回ってきたの。それと、古い農家に話を聞きたくて、組合をいくつか回ってきたわ。今日は風が強かったから、砂嵐まであったのよ」


 こんな日は馬車で行けばよかったのでしょうが、いつもどおり馬に乗って日暮れまでには帰ってこられるよう急いだため、舞い上がった砂埃を全身に浴びてしまいました。


 年配の執事長が呆れた顔で、ヘアブラシをささっと私の髪に当てて砂を落としました。


「つかぬことをお伺いしますが、そのようなところに何用で?」

「それは私がご説明を」

「フィー、荷物は全部あった?」

「ご心配なく、すべて揃っております」


 馬の収容を終えて戻ってきたフィーは、すでに体についた砂埃を払っていました。手には木箱が二つ、中身の無事を確認するため片方の蓋を開けます。


 中には、ボロボロの羊皮紙や冊子が詰まっています。


 年配の執事長は、遠くから一目見ただけでその正体に気付きました。


「これは……随分古い契約書から、帳簿まで」

「アルビナ様はラポール伯爵領のことを隅から隅まで把握したいと、先月までは市街地の産業を歩き回ってお調べに、今月からは市外に足を伸ばして牧畜や農業について聞いて回っているところです」

「ははあ、だから靴底がこれほどすり減って……もしよろしければ、歩きやすい靴をご用意しましょう。使用人の買い物用の革靴で恐縮ですが、幾分マシなはずです。きちんとしたものは、また改めて靴職人を呼んで作らなければ」

「助かるわ、そうしてちょうだい。ずっと足が痛くって」


 ここまでは淑女らしさを演出するためにもヒールを履いていましたが、もうそれも限界です。名も知られてきたことですし、靴は動きやすいものに替えましょう。


 そんなことを思っていると、メイドたちがやってきました。


 そのうち、聞き覚えのある声——何度か私の陰口を言っていたメイドたちでしょう——が、私へ一礼してこう勧めてきました。


「奥様、すぐにバスルームへ。お身体を洗って、足を冷やしませんと」

「お召し物の手入れもいたします。それと、この時期はお肌が乾燥しがちですから、しっかりお手入れしてくださいな」


 彼女たちの仕事ぶりは実に素早く、私は断れそうにありません。


 戸惑いつつも、私は頷きました。


「え……あ、はい、分かったわ」


 その後、特に問題もなく私は全身を洗われて疲れた足のマッサージまで受け、夕食のあとは翌日に備えて早く休むよう完璧なベッドメイキングがされた寝室のベッドへ追い立てられました。


 ラポール伯爵家の使用人たちは元々優秀なだけあって、だんだんと私のことが分かってきたらしく、私に合わせて完璧な仕事をしようと努力してくれているようです。


 ならば、私はそれに甘えさせてもらうべきでしょう。打ち解けてきたならそれでもよし、今は深く考えず、仕事に邁進するのみです。

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