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誰も救えない僕が、それでも魔王と生きる話  作者: 霜月ルイ
序章

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03.もう、死ねない

 世界は何度も季節を巡らせた。

 春の温かい陽気、夏の蒸し暑さ、秋の風の心地よさ、冬の厳しい寒さ。

 僕の世界はまだ色褪せたままだった。


 いつもと同じことの繰り返し。

 起きて、飲んで、寝て。

 寝ている間、僕は過去に責められ続けている。

 夜中、何度も嫌な夢を見て起きることがある。

 内容は鮮明に思い出すことができない。

 寝ることがこんなにつらいことだと感じたことは今までになかった。


 寝ることが怖い。

 起きているときも苦痛でしかなかった。

 両親はきっと優しい人たちだ。

 だからこそ、苦しい。


 寝ているときに責められ、起きているときは罪悪感に苛まれ。

 何度も死にたいと願った。

 だけど、現実がそれを許してくれない。


 僕は今、僕として生きていない。

 僕じゃない誰かとして両親のもとで生きている。

 だからこそ、逃げることができない。

 死という一番確実で手っ取り早い手段を取ることができない。

 僕は、もう僕じゃないのだから。


 ♢


 この世界でどれだけの月日が流れたのかは分からない。

 簡単な会話なら理解できるほどにまで僕は成長していた。


 寝返りができるようになり、自分の力で動くことができるようになった。

 床を這うことももう出来るのだが、侍女たちがそれをさせない。

「危ないから」という単純な理由だ。

 だが、両親は僕を床に降ろし、自由にさせてくれる。


「■■■■■は本当に、しっかりした子だよ。危ないことなんてあるもんか。」

 僕の父親、『アイン』が嬉しそうに言う。


「そうね、■■は賢い子だもの。全然泣かないから心配になっちゃうけれどね。」

 母親の『ミレイユ』は困った顔で笑っていた。


 僕の名前は…ノイズがかかって聞こえない。

 僕が僕じゃないから、名前として認識できない。


「坊ちゃまが危ないと判断した時は、すぐに止めますからご安心ください。」

 侍女の『メイリス』が澄ました顔で言った。


 なんて、暖かい場所なんだろう。

 優しい父と母、そしていつも気にかけてくれる侍女たち。


 そんな優しくも残酷な世界で僕は生きていかなければならない。

 それがたまらなく苦しかった。


 ♢


 しばらくして、僕は一人で立てるようになった。

 ミレイユは喜び、アインは笑っている。


「おいで。」としゃがんだまま両手を広げるミレイユ。

 僕はミレイユのもとまで歩いて行き、抱き留められる。


「偉いぞ■■!」

 アインもミレイユから僕を抱き上げて、頭上へと持ち上げる。


「坊ちゃまの成長には、本当に驚かされてばかりです。」

 なんだかんだ、メイリスは僕に対して甘い。

 危なくなったら止める、といいつつ陰ながら見守ってくれている。


 何不自由のない生活。

 両親から、侍女たちから、愛され、守られている。


 ミレイユから褒められれば喜ぶ素振りを見せ。

 アインが構ってくれると嬉しそうにする。

 メイリスをはじめとした侍女たちにも愛想を振りまくのも忘れない。


 そんな仮初の自分を作り、僕は僕を演じて皆を騙し続けている。


 ♢


 身体は成長していく。

 歩けるようになり、言葉を理解し始め、自分でも話せるようになった。

 でも僕の心はこの身体についていくことはできない。

 いつまでも過去を引きずり、現実を見ることができない。

 優しいミレイユ、少し馬鹿だが頼りがいのあるアイン。

 僕を溺愛するメイリスを筆頭とした侍女たち。

 きっとこれを『幸せ』と呼ぶのだろう。

 だけど僕にその感覚は分からない。

 この家の子として望まれて産まれ、期待され、生きてほしいと願われる命。

 でも『僕』はこの家の子ではない。

 だからこそ、日々罪悪感だけが募って行き、今にも折れてしまいそうな心に重圧をかける。

 ただ望まれるように生きる。

 僕はミレイユ達両親を見ているとそれを拒めなかった。

 また、親の望むような生き方を選んでしまった。

 どうしようもない、だって僕は弱い人間だから。

 過去でも、今でも、僕はそれ以外の生き方を知らないのだから。

 誰かに望まれる僕を演じ、心をすり減らしながら生きてきた。

 これはもう変えることのできない僕の生き方だ。


 ♢


「■■、おいで。」


 ミレイユがリビングのソファに腰かけ、僕を呼ぶ。

 僕はまだ安定しない歩みで彼女のもとへと向かう。

 彼女は「じょうずじょうず」と嬉しそうに笑う。

 一歩、一歩と踏み出すごとにミレイユは喜ぶ。

 その度、僕の心はすり減っていく。


 そして、ミレイユのもとまでたどり着き、彼女に抱きかかえられる。


「エルディオ…、私たちの愛しい息子。」


 その時、初めて僕の名前がノイズから解放された。

 エルディオ、それが、僕の名前だということが分かった。


 お願いだ、ミレイユ。

 もうやめてくれ。

 本当は君たちの子なんかじゃない。

 愛されるような人間じゃない。

 僕を、これ以上…惨めにしないで。


「あなたはこのアルヴェイン家にとって初めての男の子。」


 僕はミレイユがその先に何を言いたいのか分かってしまった。


 やめろ、やめてくれ。

 もうあの日々には戻りたくない。

 つらく苦しい、過去のような日々に。


 みっともない、期待外れ、役立たず、家の面汚し。


 そう呼ばれるのだけはもう嫌なんだ。

 なんだってする、あなたたちの思うように生きる。

 だからその先だけは、お願いだから…


「エルディオ、あなたは――」


 やめろ、やめろ!

 その言葉を言うな!

 僕は…また!


「――アルヴェイン家の大事な()()()なのだから。」


 その一言で、僕の中の最後の何かが崩れ落ちていった。


 もう、この世界には逃げ場なんてない。

 ここで……生きるしかないんだ。





 僕…エルディオ・アルヴェインは、


 もう、死ねない。



ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


この物語は、

前向きになるための話でも、

誰かを救うための話でもありません。

それでも、生きてしまった人間の姿を

最後まで書いていくつもりです。


三話まで読んで、もし何か感じるものがあれば、

評価や感想をいただけると励みになります。


合わないと感じた方は、

ここで閉じていただいて大丈夫です。

それも、ひとつの正しい選択だと思っています。


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― 新着の感想 ―
xから来ました。 悲しい少しでも生きる希望が出てきてくれたらいいなあ でも引き込まれました。  ゆっくり続きも含めて読ませていただけたらと思います。 ブクマ 評価入れさせていただきました。 よろしけれ…
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